第2話

 午後、学校に併設された屋外射場、その待機位置にて90式は74式と10式の3人はかれこれ1時間程弾道データ表と気象データを囲んで話し込んでいた。


「この時期の気温は北海道の初夏で対応出来るんですが……」

「湿度なんだよなぁーこれ、冬だもんねー」

「この時期の風はマイナス方向なのであとはなんぼ取るかですね」


 90式の言葉に74式が難しそうな顔をする。

 因みにこの基本射撃の科目は午後一杯に設定されており、授業が終わるまでに試験官役の教師の下で規定の的を撃ち、規定の点数を取れば良い簡単なものだ。更に言えば、何度でも挑戦出来る。現にこの場にいる半数は既にクリアしており、一番最初に臨んだのはアメリカ戦車達で授業開始直後に挑み、クリアする。

 大体の者は90式達がいる点検射射場で姿勢や弾を見て挑むが、それでも早くて5分、遅くとも15から20分で終わって試験に向かった。

 未だに1発も撃って居ないのはこの日本の3両だけである。


「もー何でもいーから試射すればいーじゃん」


 呆れた声で3人の話し合いに割り込むのはアメリカ戦車娘である。エイブラムスである。


「ちょっと!A2さん」

「そーそーA2の言う通り!

 取り敢えず撃って考えなって!」


 双子の様にそっくりな、A1がやって来てA2が取り上げた書類を受け取り一瞥した後に74式の胸に押し付けた。


「まーエイブラ姉妹の言う通り取り敢えず、此処での諸元集めを兼ねて何発か撃っとくか」


 74式がはーっと溜め息を吐くと書類を揃えながら告げた。


「そうですね。

 諸元取りかねて撃ちます」

「キューマル姉さんがんば!」


 90式は試射場に入る。パンと両手を叩き、気合いを入れると、変身した。右肩から前方には砲身と砲架部が一体化した様なパーツ、下半身は履帯の様な装甲、背面には機関部の様なパーツが合わさる。

 戦車娘の通常バトルモードと呼ばれる姿である。さながら変身ヒーローが変身したかのように周りから口笛や歓声が上がった。

 90式はそれらに一切答えることなく左腕に現れたテンキーを押して諸元を入力していく。それに合わせてヘッドセットのゴーグル部分に各種諸元の合った位置にレチクルが動く。

 そして、砲を構えたと思ったら砲を仰角いっぱいに上げる。


「74、90準備良し」

「74了!

 10計測」


 後ろで同じ様にバトルモードになった74式が10式に告げた。


「10了解、準備良し」

「74了。

 90、74。点検射、90弾込め」

「弾込めー!

 砲下げ!目標確認、確認良し」


 90式は砲を下げると素早く眼前にある的を確認する。500メートルづつ置かれており、徹甲弾でも対戦車榴弾でも何でも撃って良い的である。


「諸元入力、入力良し!

 ALS確認、ALS良し!

 火器選択確認、砲良し!

 弾種確認対榴、対榴良し!

 装填可確認、装填可良し!

 薬室確認、薬室良し!

 装填しまーす」


 各種安全点検を声出し、指差し確認して90式は74式や10式に宣言する様に告げると、装填する。90式をはじめとした一部の戦車は自動装填装置を付けている。背負い式の砲はスイッチ一つで90式が望んだ弾を砲に詰めるのだ。

 ガラガラガシャンと装填角を取っていた砲に弾が込まさると90式の狙い通りに砲口が動く。


「74、90射撃準備完了、準備良し!」

「74了、射撃開始!」


 74式の言葉に90式は頷くと、1500の位置にある的に狙いを付けて撃つ。弾はど真ん中に当たる。

 90式は空かさず装填し、今度は2000メートル的を撃つ。これもど真ん中。それから3000メートル先の的まで全て的のど真ん中に当てた。


「74、90射撃終了。

 続けて徹甲弾の点検射に移る」

「74了。

 撃ち方待て!弾種変更徹甲装填!」

「撃ち方待て!

 火器選択中立確認、確認良し!

 弾種変更徹甲!

 徹甲切り替え、切り替え良し!

 諸元変更、変更良し!

 火器選択砲確認、確認良し!

 ALS確認、確認良し!

 装填可確認、装填可良し!

 薬室確認、薬室良し!

 装填しまーす」


 再度90式が宣言する。そして、装填ボタンが押されると同時に自動装填装置から砲弾が選ばれて薬室に運ばれた。

 薬室に砲弾が飛び込むと同時に閉鎖機が閉まり、砲口は装填角から90式が狙う1500の的へ。


「74、90装塡良し。射撃準備完了、準備良し」

「74了。撃て」


 90式は先程と同じ様に弾を当てて行く。3000メートル的まで命中させるとバトルモードを解除した。


「取り敢えず、今日の諸元はバッチリです!」

「後で諸元表に纏めましょう」

「はい」


 それからまた3人で集まってあーだこーだと話し始めるので今度はヤタハーンがやって来る。


「もーちょっとちょっと!

 合格貰ってないの貴女達だけよ?

 その試射の腕あれば合格するわよ」


 呆れ返った様子で告げるヤタハーンに90式を始め10式も74式も少し渋い顔をする。


「不安要素は多いですが、行きますぅ?」


 10式の本当に行くのか?と言わんばかりの声色に74式も苦笑まじりに答える。


「んーまーそうねー

 私としても、もーちょっとデータ欲しいわよねー」

「ですよねー」


 74式の言葉に10式も反対する理由が無いと言わんばかりに苦笑する。


「大丈夫だから!

 絶対合格するから!レオ2A4やA6だってもう終わってるわ!」


 ヤタハーンの言葉に3両以外の全員がその通りと頷いた。


「まー日本あっちじゃこんなに点検射出来ないし、キューマル姉さんなら最低限的には入るんじゃ無いですか?」


 10式がうーんと考えて告げると74式も確かにと頷く。90式も2人が言うのならと頷き試験会場として用意された隣のレーンに向かった。

 90式一行が動くと全員がその後に続く様動く。皆、転校生の実力を見たいのだ。


「あ、カルロ先生寝てる!」


 そして、椅子に腰掛けてウトウトしていた小さな教員を見つけた10式は大きな声を出す。カルロと呼ばれた戦車娘、カルロ・アルマートM13/41だ。


「ふがっ!?」


 そして、10式の言葉にM13/41がビクンと跳ね起きる。


「寝てましぇんよ!

 誰でふか!」


 M13/41が前後不覚になりつつも全く説得力ない言い訳をする。


「日本国90式戦車、試験を願います」

「ひぇ!?は、はい!」


 そして、中戦車とはいえ小柄なM13/41の前に立つ90式は見上げるほどに大きい。


「ルール説明はしますか?」

「いえ、概要は知っています。

 採点と弾痕確認お願いします」


 90式の言葉にM13/41は任せろと頷く。


「令和の北方射撃競技会仕様で良いですか?」

「ええ、お願い」


 的の現出装置の前に座った10式の問いに90式は頷いた。


「さーて、どんくらい当たるかな?」

「キューマル姉さんなら百発百中です!」


 74式の言葉に10式は満面の笑みで答えると、全ての的を出す。

 出た的を全て確認すると90式は10式に手を挙げ、それから74式に無線を送る。


「90、74的確認良し」

「74了。

 90は単車戦闘射撃に移行する。

 90射撃用意!」


 74式の号令に合わせて90式は先程のような指差した呼称による点検を実施する。


「90、74射撃用意良し」

「74了、当初稜線射撃、対榴装填」

「90了、対榴装填」


 90式が所定の手順で弾を込めると報告。それから稜線を四つん這いで登り、頭を少し出す。


「74、90稜線射撃位置進入良し。視察可能区域左1170ミルから右1105ミル。射撃可能区域についても同じ。

 現在まで敵見えず、引き続き警戒を実施する」

「的現出」


 74式の言葉に合わせて10式がボタンを押すと約3000メートルの距離に戦車の形をした的が出る。

 それに合わせて90が膝立ちになり砲を構えた。


「74、90的現出!

 90射撃する!」


 そう宣言するが早いか、砲は火を吹いた。山成に飛んでいく対戦車榴弾を全員が追う。瞬き2つ分程掛けて的に当たると90はすかさず姿勢を下げた。


「命中!撃ち方待て!残弾!」


 全員がドッと湧く。しかし、射撃は終わっていない。


「砲腔内1、HEATあり」

「74了、打ち切り的、同一目標続けて撃て」

「90了」


 90式は先程撃った的に再びHEAT弾を撃ち込み命中させた。

 それから90式は素早く報告を終えると稜線から下がり今度は稜線の裏で待機する。


「続いて横行行進射、つづけて直行行進射を実施する」

「90了」


 74式の言葉と90式の返答に観客と化した生徒達は大興奮だ。


「ついにあのキューマルの行進射撃が見れるぞ!」

「私達を震えさせたあの射撃をもう一度生で見れるんだ!」


 特にアメリカ戦車達は大興奮だ。エイブラムスシスターズは勿論、パットンシスターズも何故か国歌を歌い大盛り上がりだ。


「90準備よし」

「74了。

 90躍進用意!」


 74式の号令に合わせて90式のパワーパックは唸りをあげて馬力を貯める。90式の視界に回転数も表示され、それは躍進するに十分だと表示されると90式は答える。


「90準備良し」

「前へ!」


 号令に合わせて90式は全速力で駆け出す。時速で言えば15キロ程だろう。方を横に向け、索敵。すると、戦車的が横移動して現れる。


「的確認!

 90射撃する!」


 1発目は的の前端に当たる。


「続けて射撃する!」


 2発目はど真ん中に当たり、そこで的は消えた。


「90、右へ」


 号令に合わせて90式は直行コースに入る。速度は更に上がって約30キロだ。


「おいおい!

 あの速さで撃つのか!?」

「いくら何でもそれは無理よ!」

「停止射でもあそこまで速いとかなり流れるわよ」


 戦車娘達は90式の行動に唖然とする。

 此処でいう流れるとは、制動をかけた際にどうしても慣性の法則によって照準は動いていく。そして、それは砲もそうで此処で射撃をすると的の位置によっては擬似的な横行射にもなり得るのだ。

 そんな心配を他所に90式は速度を出して35キロ行くかいかないかだ。その瞬間、10式が的を出す。次の瞬間90式が地面に足を踏ん張り急制動。


「殺人ブレーキ!」

「何だあの制動力は!?」


 直後、ドンと90式が砲を撃ち、74式が命中と告げた。直後、90式は再び走り出す。


「何処まで行くんだ?」

「分からん」


 全員がかなり奥の方まで走っていく90式を見つめるが、彼女の走りは再びすぐに止まる。


「前方ミサイル」


 74式が言うと個人携帯用の対戦車ミサイルを構えた人型の的が出て来る。90式はそれに合わせて急制動からの連装銃を発射する。そのまま上半身を後ろに向けながら来た道をまた猛ダッシュで戻って来る。

 連装銃は的に当たり、倒れると90式は撃つのをやめて更に速度を上げて2km程下がって来ると止まる。


「74、90、前方に敵散兵。我の射撃により撃破」

「74了。

 前方戦車」

「前方戦車90射撃する!」


 90式が一息つく間もなく的が現れ、90式は何の迷いもなくそれを撃ちなく。そして90式がまた直行に入った付近まで戻って来る。全員が拍手喝采のスタンディングオベーションだ。


「74、90。

 90は開始の位置まで退避。火点GC001に砲弾要求5分間、時速やか」

「74了」


 90式達に駆け寄ろうとした戦車娘達が74式と90式とのやり取りに止まる。


「おいおいおい!

 これ以上の何を見せてくれるんだよ!」

「此処まで完璧な射撃をしたまだたらないわけ?!」

「90、80。

 煙弾混用5分間トキ1546初弾命中」


 74式が告げると90式はそれに応える。全員が自身の腕にある時計を見るとあと1分だった。


「74、90。90は引き続き前進する」

「74了」


 90式は再び躍進態勢に入った。

 誰からとも無く、15秒前になり声を上げる。


「15秒前!」


 それに続き、10秒前で全員がカウントを始める。


「10秒前!」

「9!」

「8!」

「7」

「6」

「90、80。弾着5秒前!」

「4!」

「3!」

「だんちゃーく、今!」


 74式の言葉に合わせ90式は前に出る先ほどと違って20キロほどだ。10式は90式の動きに合わせて敵を出して行く。左右同時に出したり時間差を使ったり。

 止めと言わんばかりに歩兵の移動的も出す。全員が呆気に取られた。当たり前だ全ての的に弾をぶち込んだのだから。

 奥まで走った90式はまた74式と10式の位置に戻って来る。全員も90式のを祝おうと駆け寄るが90式の言葉に唖然とした。


「申し訳ありません、1発外しました。

 まだまだ未熟者です」


 90式の言葉に、表情に、誰一人として理解出来なかった。いや、74式と10式は仕方ない言う顔で90式の肩を叩く。


「私なんか全部停止射よ?

 10式なんか移動的とMG的全部外してたし」

「そうですよ!

 キューマル姉さんは今の所日本の主力戦車の中ではトップです!」


 10式の言葉に90式は苦笑する。


「主力戦車は私入れて4両でしょ?

 此処には他の国の人もいるわ。

 きっと同じ条件でやればドイツやイギリスみたいなヨーロッパ戦車やアメリカさんの方が上よ」


 そして、90式の言葉にその場にいた全員がんな訳あるか!!と叫びそうになったが、それを阻止したのは74式の気を付けの号令だった。


「おーやっぱりヒトマルの時も凄かったが、キューマルも凄まじいものですな姉上」


 チハが感心と言う顔で頷き隣を歩く八九式がその言葉に頷いた。


「貴女方がいれば少なくとも我々の様な無様な戦いにはならないでしょう」

「穴に埋められたり、爆弾を括り付けられたり」


 チハ思い出したくも無いと言う顔だ。

 そんなチハの隣に立つ八九式は74式の取っていた記録を見つつ、鋭い視線を後輩たる3両に向けた。


「ですが、こんな物は射的です。

 実戦では出来て当たり前、基本中の基本、基礎中の基礎です。河原で空き缶に向かって石を投げるのと何ら変わりません。

 貴方達には恐れ多くも菊の御門は有りませんが、その胸にある桜のマークは防人としての誓い。

 ゆめゆめ努力を怠ってはいけませんよ?」


 八九式の言葉に90式を筆頭に3両は背筋を伸ばしハイと声を張り上げた。


「ですが、頑張りました。

 引き続き私達が他の国の先生方に自慢出来るよう精進するように」


 八九式はイタズラっぽく笑うとチハを連れて帰って行く。3両は2両が見えなくなるまで不動の姿勢を保ち、居なくなると同時にホッとしたようにその場にしゃがんだ。


「いやービビった……」

「61姉さんも怖いけど、戦中戦車のお姉様方はもっと怖い」

「本当に、あんな小柄なのに私の倍以上の圧力が有るわ」


 それからM13/41が74式と10式にもさっさと終わらせろと言うので2両は停止射にやるデータ集めを兼ねた各弾種各距離の射撃を実施する。当たり前だが満点だった。

 この日最高得点はもちろん90式だし、張り出された点数表のトップは90式戦車になったのは言うまでも無く、それから暫くしてこの射撃方法は「ジャパニーズスタイル」と名付けられて新しい射撃の評価基準になったが90式を抜ける者は出て来なかった。

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