「第十二話」天才陰陽師
初めは、気付かなかった。
屋敷全体が妖気ではない、しかしそれと同じような不可解な力に満たされていたから……こいつ単体の力なんてそれに埋もれる程度でしか無いのだと。そう、思っていた。
「埋もれてたんじゃねぇ。この屋敷全体を、お前の霊力が覆ってたんだな」
自分の口から出してみても、やはり恐ろしい真実だ。
このレベルの霊力、そしてあの不死身のマネキン式神……並の妖魔なら結界に阻まれ敷地内に入ることすらできず、入ったとしてもその先は見え透いている。
蘆屋道満。
かつて平安最強の陰陽師と呼ばれ数多くの功績を残した”安倍晴明”と唯一拮抗し得た存在であり、彼との戦いによる呪い返しにより命を落とした……とされている人物。
(その生まれ変わりが、目の前にいる)
先程のようなふざけ合いなどではなく、本気で戦うとすれば、まぁまず双方無事で済まないだろう。
フライパンの柄を握り締める手が、汗で生ぬるく濡れていく。
「待って、なんでボクは臨戦態勢で睨まれてるの?」
「あ?」
拍子抜け。それでも決して警戒は解かず、目の前の脅威を睨み続ける。
「いや、だって……え? ボク別に君と戦うつもりなんて無いんだけど」
「ああ? じゃあなんでお前、雷火を部屋から追い出してまでこんな……」
「呪われてるでしょ、あの人」
こいつ。
「なにから呪われてるかまではまだ分からないけど、あれ相当強い……執念深い呪いがかかってる。何度魂が肉体を変えても落ちないような、魂自体にこびりついた汚れみたいだ」
「……そんなにやべぇのかよ、雷火さんは」
「まぁ普通の人なら生まれた瞬間に妖魔にやられて即死だろうね。最も、今もそうなってない理由があまりにも強すぎて……今日まで生きてこれたんだろうけど」
もう君も気づいているんだろう?
道満は、道子はアタシを見上げて言った。
「彼女の前世は源頼光。かつて君が、坂田金時が仕えた存在なんだ」
「違う」
アタシはフライパンの縁を、ムカつくぐらいスカした顔面に突きつける。
「違う、あいつは……雷火は頼光さんじゃない。だって、だったらなんで……」
「”オレのことを覚えてくれてないんだ”とか言うつもり?」
図星だった。
どうしようもないぐらい、図星だった。
「なにを勘違いしているのか知らないけど、そもそもボクたちがイレギュラーすぎるんだよ。生前の記憶、力、経験……それら全てを引き継いだ状態での転生なんて通常はありえない」
苛立ちを抑えていた、撲殺を自ら御していた。
なんだよ、そんなこと分かってるよ。分かってたよ……でも、でもさぁ。じゃあなんであんなに、見た目も中身もそっくりなんだよ。
「……まぁ、そこはとりあえずいいや。ボクが言いたいのは、彼女はこのままだと間違いなく死ぬってことさ」
「っ……テメェいい加減に!」
「酒呑童子の首塚が何者かに荒らされた」
フライパンを振り下ろしかけて、止まる。
「……冗談で言ってるならタダじゃおかねぇぞ」
「高校生にもなってネットも知らないのかい? この間Twitterでトレンドに上がってたけど」
「つ、ついったー? とれんど?」
「とにかく酒呑童子の封印は解かれた。それは同時に、妖魔全盛期である平安の世の妖気が現世に漏れ出してるってことを示してる」
この意味が分かるかい? 道子は分かりきった答えを、勿体ぶって問うてくる。
アタシはそれを、歯噛みしながら答えた。
「……大量の妖魔が、現世に涌く」
「まぁそうだろうね。最悪だ、これは最悪の事態だ……そして近い内に力の強い妖魔も目覚め、現れ、力も記憶も失ってしまった源頼光の魂を喰い潰そうとやってくる」
ああ最悪だ、これが本当ならとんでもないことが同時に起きまくっていることになる。酒呑童子の首と妖気が掘り起こされ、それらの影響によって力を増した妖魔たちが……寄って集って雷火を、頼光さんを殺しに来る。
守れるのか。
アタシ一人で、それら全てから守り切れるのか?
「まぁ、無理だろうね」
道子は冷静に、そう評した。
怒りはあった、ぶん殴ってやりたかった。でも何より、それをすぐに認めて諦めを思い浮かべたアタシに対して……一番、すごく、腹が立った。
「でもまぁ、君たちは運がいいよね」
「なに?」
「だってさ、この問題の原点としては……雷火さんへの魂への呪いがまず最初にあるんだよね?」
「それが、どうし──テメェ、まさか」
「ま、乗りかかった船だ。せっかくだし乗ってあげるよ」
にやり、と。
かつて輝かしき天才の影に埋もれてしまった、もう一人の才人は笑う。
「助けてあげるよ。このボク、天才陰陽師……蘆屋道子サマがね」
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