「第十一話」蘆屋道子

 「ずびばぜんでじだ」

 「わかりゃーいいんだよわかりゃ」


 頭にデカいたんこぶをサーテ◯ーワンアイスクリームみたいに特盛にした暴言女はその場で正座していた。顔面は蜂に刺されたようにボッコボコにされている……っていうかした、アタシがボコボコにした。


 「そういやまだ名前聞いてなかったな。蘆屋……下の名前は?」

 「き、道子……蘆屋あしや道子みちこでず」

 「道子、ねぇ。んで道子、なんでお前はマネキン式神使ってアタシたちを襲ったんだ? ええ?」

 「やめてぇ……もう殴らないでぇ……ボク非力なんです……ぶたないでぇ……」


 ブルブル震えるその様子がなんか哀れだったので、とりあえず拳は引っ込めてその場にあぐらをかく。安心したのか、道子はほっと一息をついて喋りだした。


 「ボク、ゲームが好きなんだ」

 「まぁこの部屋見れば分かるけどさ」

 

 色々なゲームのソフトや機種が一杯ある。部屋自体はめちゃくちゃに汚いが、ゲーム関連のものだけはきちんと綺麗に整理されていた。


 「それで、えっと……あんまり邪魔されたくなくって」

 「マネキン人形に警備させてた、と」

 「そう! でも安心してよ、今まで入ってきた人たちは捕まえた後は適当に外に追い出してぇええええなんだよなんだよ暴力反対暴力反対!!!!!!」

 「んなクソみたいな理由で許せるわけねぇだろもう一発殴らせろやぁ!」

 「やめて金華ちゃん! もう十分お仕置きしたと思う!」


 雷火が余りにも潤んだ目で言うので、アタシは掴んだ胸ぐらを離した。


 「うっ、うううっ……ひどいやひどいや」

 「だ、大丈夫……じゃぁ、無いよね。ごめんね、痛かったでしょ?」

 「うん……」


 なんだこいつ、雷火に抱きついて……甘えてんのか? あーやだやだ見た目も言動もガキなら心までガキなのかよ、だっせーでやんの。

 

 「……ムカつく」

 「えっ、金華ちゃんなんか言った?」

 「なんもねぇよ、それよりほら……これ」


 担いでいた鞄を降ろし、アタシは中身を道子に見せた。


 「なにこれ?」

 「教科書だよ、教科書。お前が学校にも来ないで音信不通だったから、アタシたちが届けに来てやったんだ感謝しやがれ」

 「……ごめん、ボクそれいらない」

 「はぁ? なに言ってんだよお前」

 「だって学校行きたくないもん……悪いけど、それは持って帰ってもらえると嬉しいっていうか……」

 「ふざけんな。こちとらセン公から頼まれてここに来たんだ。いらねぇって言われても教科書はここに置いてくからな」


 俯いた表情をする道子。なんだよ、そんな顔したってアタシはなにもしないからな。


 「大体、なんで学校来ねぇんだよ。受験したんだろ? 勉強っていうダルい地獄を乗り切ったんだ、行かなきゃ勿体ないだろ」

 「別にあんなの苦でもなんでもないよ、簡単だったし」

 「あ、ああ……そうかい」


 ものすごーくぶん殴ってやりたかったがここは堪えた。

 偉いぞ、アタシ。


 「じゃあなにが嫌なんだよ。学校に嫌なやつでもいるのかよ」

 「……いないから」

 「あ?」

 「友達! いないから!」


 ……。

 ……へ?


 「そんだけ?」

 「そ、そんだけってなんだよ! ボクにとってはものすごく頭を抱えるような大問題なんだぞ!?」

 「だっていないなら作ればいいじゃねぇかよ、なにがそんなに問題なんだよ」

 「こんのぉ……ああこれだから陽キャは嫌いなんだ!」

 

 顔を真っ赤にしてブチギレているところ大変申し訳無いのだが、アタシにはこいつが怒っている理由がさっぱり分からない。

 友達がいないなら、欲しいなら作ればいいのだと。

 やれることをやればいいだけなんだと、当たり前のことを言っているだけなのに。


 (でもまぁ、どうすっかなぁ) 


困った困った。

そう思っていたアタシの肩にぽん、と。雷火が手を置いた。

 

 「ん? どうした?」

 「金華ちゃん、ここは私に任せてよ」 

 

 なんか急にイケボっていうか、キマった顔をしてらっしゃる。

 面白そうだから任せてみるか。


 「ん、わかった」

 「よぅし!」


 アタシが座っていた場所に、代わりに雷火が座り込む。すると彼女は即座に行動を、とんでもない行動をぶっ放したのである。──背中を向けて塞ぎ込んでいる道子の脇下に手を容赦なく突っ込んだ!


 「え」

 「ふぇっ?」

 

 こちょこちょこちょこちょ。


 「ぶぎゃああうひゃうひゃひゃあああああああ!?!?!?!?!」


 容赦がなかった。

 手加減などそこにはなかった。

 ガッチリ脇の下に突っ込まれた雷火の手はウネウネと動き、確実に道子の貧弱な脇をくすぐり倒していたのだ。


 「あああああやめぇやめぇらめぇえええええええっっ!!!!!」

 「行く? ねぇ行くでしょ? 学校行くって言って!?」

 「んんぁぁぁぁイクゥ! イクからぁぁあああああ服の中に入ってくるのはやめてぇエエエあああ!!!!」


 若干イタズラ心が働いたのか、雷火は道子が降参してもなお脇をくすぐり続けた。


 「はぁ、はぁ……ああクソッ! なにすんだ!」

 「道子ちゃんをくすぐった!」

 「そういうことを聞いてるんじゃァない!!!!!」


 はぁ、と。道子はため息をついた。


 「友達、ちゃんと作れるかなぁ……」

 「えっ、なに言ってるの道子ちゃん」

 

 雷火は自分自身を指差し、道子に笑って言った。


 「私達、もう友達でしょ?」

 「──」


 呆然。

 しかし、なんだか嬉しそうで……でもそれをぽいっとそっぽを向き、アタシたちの方に見せないようにしている。なんだこいつ、急に可愛いじゃん。


 「よかったな、脇友達できて」

 「うっさい! なんだよ脇友達ってきもち……わ、るい……」


 急に目を丸くした道子。いきなりアタシの顔を見つめてきて、なんのつもりだ?


 「……雷火さん、だっけ? ごめん、ちょっと外してくれないかな」

 「えっ? えっと、うん……?」

 「ありがとう。大丈夫、学校にはちゃんと行くから」


 急に声に筋が通り始めたかと思いきや、いきなり雷火を部屋から追い出しやがった。がちゃん、部屋のドアが閉まった直後に明かりがついた。


 「なんのつもりだよ、アタシと二人きりで何か話したいことでも」

 「いつまで初対面続けるつもり?」


 ああ、なるほど。

 こいつ、アタシと同じか。


 「……式神、その口調。ああ覚えてるよ、お前を……アタシは、いいやオレは覚えてる」

 「ボクも覚えているよ。寧ろ君みたいな乱暴で雑な奴を忘れるなんて、普通はできないだろ」


 互いに見合い、オレはかつての知り合いと睨み合った。


 「久しぶりだな、泣き虫道満」

 「君だけには言われたくないなぁ……金太郎。いいや、坂田金時殿?」


 播磨の怪僧。不撓不屈の陰陽師……蘆屋道満と。



 

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