「第十三話」オールナイト・ゲーム
月明かりが強い夜だった。
アタシは部屋のカーテンをいつもよりも半分閉めたが、それでも部屋の中は目が冴えるほどに明るい……気が、した。
(寢れねぇ)
目を瞑っても、力を抜いても、睡魔がベッドに寝そべるアタシの意識に忍び寄ってくることはない。
なぜならアタシは力んでいるからだ。力んでいるのは怖がっているからだ、いつ妖魔が壁をぶち破って襲ってくるかわからないからだ。
フライパンの柄を握る手に、力が入りっぱなしだ。
気のせいか、パジャマと肌の隙間がしっとりと汗に濡れていた。
酒呑童子の首塚荒らし。
それに伴う妖魔の活性化。
それから、雷火が……頼光さんの生まれ変わりだってこと。
気付かなかった、気付けなかった。この世に二度目の生を受けてからもうすぐ16年なのに、どうしてこのタイミングで再び妖魔が現れたのか……それを考えていなかった。いいや、寧ろ。
「考えることを、避けてたんだろうな」
情けないというより、衰えたな坂田金時と自らを嗤った。
敵がいれば叩き潰す、単純なそれだけの目的を難なく成してきたオレが……現実に迫っている危機、脅威から目を背けて”そんなわけがない”と気付かないふりをしていた。
これも女になった影響だろうか? 正直なところ、転生してから初めて妖魔と戦ったあの日のアタシは、少なからず恐怖を感じていた。あんな、あんなデコピン一発で倒せるような雑魚妖魔に。
「寝れないの?」
背中越しに、雷火のふわっとした声が響いた。
「すまん、起こしちまったか?」
「ううん、私もなんだか眠れなかったから」
「……そっか」
道子との、蘆屋道満との会話は聞かれていないはずだ。
だからこの人は、自分が呪われている理由を知らない。それが、どうしようもない魂に定められた不可避の運命だということを、知らない。
(……クソッタレが)
怒りが湧いてきた。殴り飛ばす対象がどこにもいない怒りが。
雷火は悪くない、なんにも悪くない。なのに頼光さんの生まれ変わりだというだけで勝手に狙われ、知らない間に妖魔の脅威にさらされ、家族を失いその人生を大きく狂わされた。
「道子ちゃん、ゲームが好きなんだって」
「ん?」
「その、ス◯ブラ? いっぱい話してくれたけど、私あんまりやったことないからさ……金華ちゃん、知ってる?」
「えっ、いや……まぁ、ちょっとだけならいじったことあるけど」
真面目なことを考えていたのに、なんだか急に肩の力を抜かざるを得なくなった。
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと教えてほしいんだ。明日道子ちゃんが学校に来るでしょ? 昼休みに一緒にやりたいんだって」
「学校にまでゲームかよ……いやまぁ、アイツらしいといえばらしいけど。でも、そんなに気を張らなくてもいいんじゃねぇか?」
まったく、道子のやつはなにを考えているんだか……学校に妖魔が来るかも知れないんだぞ? ゲームなんてやってる暇があるなら、雷火の呪いについてどうにかしてほしいところなんだが。
「嬉しいんだ、私」
「嬉しい?」
「だって、友達とゲームだよ? 今までそういうの、全然できてなかったからさ」
「──」
アタシはなにを、勘違いしていたのだろう。
そうだ、雷火は知らない。自分が今置かれている状況が綱渡りだということを、なにも知らない……知らないまま、今を普通に生きている女の子なんだ。
「……うっし、やるか」
「えっ?」
アタシはベッドから飛び起き、ソロリソロリと自分の部屋を漁る……確かこの辺にあったはずだが……おっ、あったあった。
「えっ、今からやるの?」
「どうせ寢れねぇんだ、寝落ちするまでやろうぜ」
コントローラーを本体から右と左でそれぞれ取り外し、そのうち片方を雷火に差し出す。
「言っとくけど、アタシVIP行ってるから強いぜ?」
「び、びっぷ? ……よくわかんないけど、お願いします!」
握手代わりに、雷火はコントローラーを受け取る。
(そうだ、なにも……そんなに気を張らなくったっていいんだ)
今ボタンを、スティックをいじりながらゲームを楽しんでいるのは、かつての坂田金時ではない。
「そらっ、復帰阻止!」
「あっ、ちょ……復帰ってどうやるの!?」
アタシは坂田金華。
源雷火を、アタシの大切な友達を守ると誓った女だ。
TSJK金太郎ちゃん キリン @nyu_kirin
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