「第九話」人外のおもてなし

 焦げ茶色の煉瓦で作られた暗い色の洋館だった

 外壁に植物のツルが怪しげに絡まり、窓の掃除もそんなに行き届いているわけではない……人間が住む家というよりは、なんだかお化け屋敷のような感じだ。


 「……本当にここなのか?」

 「そう、らしいね」


 開きっぱなしの門の前で若干の困惑を抱きながら、アタシは重たい教科書の入った鞄を地面に置いた。

 いやまぁそりゃあね? 蘆屋とかいういかにもな名字の時点でもうなんかあるだろうなーとは思ってたよ、でもこれはいくらなんでも非現実だろうが。


 「帰るか」

 「ここまで来たんだから行くしか無いでしょ」


 雷火の冷静なツッコミにため息を吐いた。

 だがまぁ事実である。引き受けておいて”家の見た目がキモすぎたのでやっぱやめました”なんて言えるわけがないのだ。


 「しゃーねぇ、行くか」

 

 アタシは腹を括り、置いていたクソ重い教科書の入ったカバンを持つ。そのまま門をくぐり、屋敷の敷地内へと入っていった。


 ──がちゃん。音を立てて閉まる門。

 

 「!?」

 「えっ、何!?」


 振り返るが、誰もいない。

 門は勝手に閉まったのか? 幸いにも鍵は内側から簡単に外せる感じだったので、閉じ込められるって感じではないだろうが……それよりも、ちょっとまずいことになったかもしれない。


 (なんだ、この気配)


 確実に異様な気配。

 しかし、妖魔の放つ妖気のような邪悪な気配でもない……寧ろ清らかで、しかし決してこちら側に対して有効的ではないような、そんな力を感じる。


 おそらく、屋敷の外に出られないようにされている。

 そしてそれをやっているヤツは、この屋敷の中にいる。


 「びっくりしたね。……金華ちゃん、どうしたの?」

 「なんでもない。でも危ねぇかも知れねぇから、なるべく近くにいてくれ」


 頷く雷火。あくまで危険の可能性は”もしかしたら”という範囲に留める。 

 彼女にはなるべく恐怖を感じてほしくない。それに、この程度の気配なら抑え込むのは造作もない。


 (マサカリ……フライパンは、使わない)


 適当に結界を張った奴をシメて、教科書とプリント置いてさっさと帰る。

 第一目標を”死なずに家に帰ること”にしたアタシは、若干の緊張感を持って屋敷の中へと入っていった。


 「すご……広い」

 「……」


 中は暗く広かったが、特にヤバいものは無さそうだった。なにもない、何の変哲もない……ただの不気味で薄暗いだけの屋敷。


 (なのに、なんだ?)


 さっきから、なんとなく危険を感じる。

 何か、なにか嫌な予感だけがどんどんアタシの中で膨らんでいっている。


 「これだけ広いと、迷子になっちゃいそうだね」

 「そうだな」


 拳を握りしめ、アタシは警戒した。──その、直後。


 「あっ、人だ」

 (人?)


 気配を感じなかった。そうか、この屋敷にも人がいたのか──いや、待て。


 「……違う」

 「え?」

 

 フライパンを使わないとか言っている場合ではない。アタシは自分の鞄の中からフライパンを取り出し、雷火の前に飛び出して構えた。


 「あれは、人間じゃない!」


 薄暗い屋敷だから、一瞬アタシも見分けがつかなかった。

 だが、だが。揺れる黒いカーテンから差し込む光は……それの正体を確かに、はっきりと映し出していた。

 

 マネキン。頭部に、何か紙……いいや札のようなものが貼ってあった。

 無機物であるはずのそれは確かに四肢をぎこちなく動かしながら、確実にこちらへと迫ってきていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る