不登校の陰陽師 編

「第七話」口端の米粒

 

 「起きて、金華ちゃん」

 「んぁ……?」


 揺さぶられながら目を覚ます。なんだ、もう朝か。ごろんと寝返りを打った先には、同じくベッドの上に寝そべる雷火がいた。


 「……えっ、雷火?」

 「おはよう、金華ちゃん。いい朝だね」


 ……ああ、そっか。


 (今日から一緒に住むんだったな……)


 やれやれ、自分から言いだしたこととはいえ朝っぱらから心臓に悪い。アタシとしてはてっきり、昨日の勢いでそのまま家に持ち帰って……みたいなことを想像してしまったじゃないか。


 「ん、いい朝だな」


 すっかり目が覚めてしまった。二度寝を決め込む気も起きず、アタシは大人しくベッドから身を起こした。──デジタル時計には7時丁度と示されていた。こんなに早い時間に起きたのは何年ぶりだろうか?


 「よく眠れたか? アタシのいびきとか、うるさくなかったか?」

 「全然大丈夫だよ。むしろぐっすり快眠!」


 両の掌を合わせそれを頬に添える……うん、かわいい。なんだこいつ可愛いぞ。


 「ところで、なんでアタシの部屋で寝てんの?」

 「えっ? あっ、その……」

 「ん?」

 「おっ、おばさんが! 金華のお母さんが、ベッドが足りないから一緒に寝なさいって!」


 なんだ、そういうことか。

 アタシとしてはもしかしたら”夜中にベッドに忍び込んできた”かと思ったんだが、やれやれ眠くなると記憶力があやふやになるのがアタシの悪い癖だな。


 「えっと、それよりおばさんが呼んでたよ! 朝ご飯できてるって」

 「おっ、マジか! じゃあさっさと行こうぜ!」

 

 アタシはベッドから飛び上がり、雷火の手を握って階段を駆け降りた。直後、鼻腔をくすぐるいい香りが漂う……ううん、これは間違いなく白米だ! しかも炊きたて!


 「……ビンゴだ!」


 食卓に行くと、そこにはソーセージ、卵焼き、プチトマトにベーコン、おまけにバナナ! その中心に君臨するかのように、ホカホカの白米が収められた炊飯器がどーんと構えていた。

 

 「あっ、起きたわね」


 ガスコンロの火を一旦消し、母ちゃんがアタシたちの前に来る。


 「二人ともおはよう! 雷火ちゃん、昨日は眠れたかしら?」

 「はい! すみません、昨日はいきなり押しかけてしまって」

 「いいのいいの! あなたみたいな”THE女の子”って感じの可愛い子がいてくれれば、うちの金華もちょっとは女の子っぽくなるだろうし」

 

 ゲラゲラと笑う母ちゃん。

 うるせぇ、こちとら前世は半裸の金太郎だぞ。


 「おいおい母ちゃん……やめてくれよそういうの」

 「あなたが女の子らしくなってくれれば、やめてあげるわよん」


 なんだか上機嫌な母ちゃん。すぐに踵を返し、再びガスコンロの火を付けてせっせと料理を再開してしまった。

 両親がいないだの、一人暮らしだのの事情を話したからだろうか? とにかく母ちゃんは雷火をこの家に受け入れることを全面的に推し進めているように見えるし、雷火もそれを喜んでいるように見える。


 「やっぱり面白いお母さんだね」

 「そうかぁ?」


 雷火もニコニコ笑っている。なんだよ、これじゃあアタシだけが子供みたいじゃないか。


 「……飯食うぞ、飯!」

 「うん!」


 アタシはいつも座っている席に座り込み、雷火はその隣に座り込む。気のせいかちょっとだけ距離感が近いような気もするが……女同士というのはこんなものなのだろうか?


 (中学とかでもよく女同士が抱きついてたりしてたけど、これがいわゆるスキンシップってやつか?)

 

 炊きたての米を様々なおかずと共にありがたく咀嚼し、飲み込みながら……ぼーっとアタシはそんな事を考えていた。案外アタシが気にしすぎているだけで、女同士での距離感というのは実はものすごくインファイトなのではないだろうか?


 「ふぅ、ごちそうさま!」

 

 そんな事を考えているうちに、楽しい食事の時間が終わった。


 「ご馳走様でした」


 雷火もお行儀よく静かに手を合わせていた。気のせいか、母ちゃんが向こうですごーくニヤニヤしている気がする。ムカつく。


 「……よし、学校行くか! 部屋から制服取ってくるわ」

 「あっ、待って金華ちゃん」

 

 あん? 呼び止められ、振り返る。すると雷火はそのきれいな手をアタシの顔に伸ばし、口元に指を添えて……何かを、取る。


 「口、米粒ついてたよ」

 「……おう」


 ぱくり、と。そのまま雷火は取った米粒を口に運んだ。

 その後の小さい舌なめずりが、唇を彼女自身の唾液で濡らしていく。


 「……」

 「どうしたの? 顔が赤いけど、もしかして熱──」

 「なっ、なんでもない! なんでもねぇって!」


 アタシは逃げるように額へと伸ばされる手を避け、二階に駆け上がっていった。

 頭の奥がチリチリと熱く、重く、変に心地よかった。

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