「第五話」憑依


 いつ乗っても”車”という乗り物は凄いと思う。

 馬や牛みたいに車両を引っ張ってくれる動力があるわけでもないのに、内蔵された機械やエンジンがどうのこうのして……いつでもどこでも車を動かせる。まぁそりゃ、免許とかは必要だが。


 (まぁでも、アタシはやっぱりあのバイクってやつに興味があるな。自転車みたいに乗りやすそうで、そのくせ早いらしいし)

 「金華、さっきからずっと外見てるけどどうしたの?」

 

 おっと、いけないいけない。雷火をほったらかしにしてしまっていた。


 「もしかして車好きなの?」

 「まぁな、あんま乗ったことねぇんだよ。とーちゃんもかーちゃんも免許持ってねーし、だから家に車ねーんだわ」

 「……そう、なんだ」


 あっ、やばい。

 そういえば親がどうのこうのとか言ってたな。地雷踏んじまったか?


 (……っていうか)


 冷静に考えてみて、雷火はどうやって今まで生きてきたんだ?

 呪いのせいで妖魔が常に引き寄せられる体質で、守ってくれる人もいない……なのに、何故? そもそも、何故引き寄せられた妖魔は毎度のごとく雷火を襲おうとしなかったんだ?


 (……まさか、な)


 有り得ない。

 自分という例外を頭の隅に追いやり、そんな都合の良い幻想は無いのだと言い聞かせた。


 さて、そうなると雷火は常に危険な状況で日々を生きていることになる。

 かと言ってこの人を守ってくれる心優しい人が、かつ守れるほどの実力を持った都合の人間がいるわけでもない……で、あれば。やはりこうするぐらいしか他に道はないだろう。


 「なぁ雷火、アンタって今一人暮らしだよな?」

 「うっ、うん。それがどうかしたの?」

 「アタシん家に来いよ」


 沈黙。

 雷火の表情筋は、五秒後に動いた。


 「えっ?」

 「だってよ、いつ妖魔共が襲ってくるか分かんねぇんだぜ? 一緒にいれば、いつでもアタシが守ってやれる」

 「いや、でも……金華ちゃんのお父さんと、お母さんは?」

 「ウチはホームステイを受け入れてるような家だぜ? 事情とか話せば、まぁ分かってくれるだろ」


 雷火はとても驚いたような顔をしていた。が、すぐに頷いた。


 「……じゃ、決まりだな」


 アタシは背もたれに寄り掛かった。

 これでいい。そうだ、これが今のアタシがこの人にできる最善の策なのだ。


 「……ねぇ、金華ちゃん」

 「ん?」


 うたた寝をしようとしていた矢先、車がバス停に停車したタイミングで雷火がアタシの制服の袖を掴んだ。

 強かった。

 凄く強く、掴んでいた。


 「……どうした」


 アタシは鞄の中からフライパンを取り出し……雷火の見ている方向、バス車両の前方を見た。──そこには、アタシが教室でボコったはずの糞男、恭太が立っていた。


 精算機の前で立ち尽くしている。

 おいおい、まさかこのバスに乗る気か? 勘弁してくれよ変える方向が同じだなんて……いや、待て。


 「……雷火、離れんなよ」

 「え? う、うん?」


 取り出したフライパンを握りしめながら、アタシは座席を立ち上がり……座席と座席の間の通路に出た。


 その直後、どさり。

 運転席に座っていたはずの運転手……齧られたような傷を顔面に大きく負った死体が、精算機に寄り掛かるように力なく倒れたのだ。


 「ひっ」

 「……こりゃあ、面倒くせえ事になりやがったな」


 呆然と立ち尽くす恭太。それに怯える雷火の声。

 応じるようにゆっくりと、ゆっくりとそれはこちらを向いた。


 「なぁ、クソ妖魔の大顔さんよぉ……!」


 揺れる赤髪の向こう側。そこには悍ましい半分の顔が、人間離れした半分の顔があった。

 車内は既に、の妖気で満たされつつあった。

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TSJK金太郎ちゃん キリン @nyu_kirin

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