「第三話」アンタは悪くない
数時間の話し合いによる事情説明により、アタシはどうにか職員室から釈放された。
不幸中の幸いといったところだろうか? 事件が起きたのが昼休みだったこともあり、事の顛末を把握している目撃者がとても多かったのが救いだ。
結果的にアタシは、”女に暴力を振るういじめっ子から体を張って友達を守ったヒーロー”として他の奴らの目には写っていたのだろう。
(すまねぇ、頼光さん。また暴力で解決しちまった)
深い溜め息をつきながら、廊下の窓ガラスに目をやる。外はもう暗いし、カラスが鳴いていた。
早く帰ろう。そう思いながらアタシは自分の教室に行き、扉を開けた。
「……あれ、雷火さん?」
「っ」
そこには、自分の席で俯いていた雷火さんがいた。
彼女はアタシの声掛けに気づき、ゆっくりと自分の席から立ち上がった。
「もう下校時刻過ぎてんだろ。居残りか?」
「そういうわけじゃないんです。その、ちょっとお話がしたくて」
弱々しい態度が、しおれた花のように更に弱まっていた。彼女にもなにか思うところがあるのだろうか? アタシは教室の扉を閉め、ゆっくりと雷火さんの隣の席に座った。
「話って?」
「恭太が。……あの人が言ってたこと、なんですけど」
「悪霊がどうとかそういう話? いや、そんなのただの言いがかり……」
言いかけて、アタシは”ああ”と察し、理解した。
雷火さんには、あの馬鹿げた真実に関して心当たりがあるようだった。
「あの人、有名なお寺の出身らしくて。私みたいに妖魔が見えるんですよ、生まれつき」
雷火さんは小さく口を開いた。
「大きな目玉だったり、トカゲのオバケみたいなのだったり……いっぱい見えるんです。それから、あっち側から私に寄ってくるんです。お父さんもお母さんも、妹もそれで」
とても辛そうだった。
「だから中学校には怖くて行けませんでした。私が引き寄せた化け物が、今日みたいに誰かを……殺してしまったら」
ごめんなさい。
雷火さんは、ただそう言って俯いた。
アタシにはそれが、罪の独白のように見えた。黙っていてごめんなさい、危険な目に合わせてごめんなさい……そんな、そんな一ミリたりとも筋の通っていない謝罪のようだった。
「だから恭太が言っていたことは間違いじゃないんです。私は、紛れもないバケモノなんです。バケモノを引き寄せる、バケモノなんです」
ムカつく。
ああ、すげぇムカつく。
「……悪くねぇじゃん」
「え?」
アタシは怒りに身を任せ、誰もいない教室で勢いよく立ち上がる。
「雷火さんは悪くねぇじゃねぇか! 寧ろ被害者だ、何もしてないのに人殺し扱いされるなんて胸糞悪ィなんてもんじゃねぇ!!」
「……でも、人が……今日も、食べられて」
「っ!」
もう駄目だ、と。
アタシは俯く雷火さんの胸ぐらをつかみ、無理矢理上を向かせた。
「き、金華さん……?」
「アンタは悪くない!!」
罵声に近い声を張り上げる。
「アンタは悪くない。だって……」
ああ、クソっ。
出てくんな、出てくんな……潰れるほどに瞑った眼から、抑えきれずにそれはボロリと溢れた。溢れてしまった。
「アンタは、悪くねぇんだもん……!」
理不尽が嫌いだ。
不条理に吐き気がする。
この人は全然悪くないのに、ただただ妖魔を引き寄せてしまうだけなのに……ああ、そもそもどうしてこの人がそんな業を背負わされなきゃいけないんだ。なにか悪いことをしたのか? そんなわけがないだろう、あんまりだ。
「……金華さん」
「くそっ、見んなよ。泣いてるとこなんてかっこ悪い」
背を向け、ボロボロ出てくる涙を拭いまくる。
ああかっこ悪い、みっともない。──背後からふんわりと、抱擁。
「……え?」
「ごめんなさい。……ううん」
ぎゅっ、と。
縋るような痛々しさの籠もった腕が、アタシを掴んで離さない。
「ありがとう」
絞り出したような声が聞こえた。
制服の背中側がどんどん熱く濡れていくのを感じた。
ああ、そうか。
やっぱり似ている。この人は、優しい頼光さんに似ているんだ。
「……うん」
どういたしまして。
そう言ってアタシは誰もいない教室の中で、静かにこの人を守ろうと誓った。
◇《恭太視点》
「クソっ、クソっ!」
保健室の中で俺は苛立っていた。
何が退学だ、何が自業自得だ。俺はただ疫病神をぶち殺してやろうと思っていただけなのに、危ない爆弾を自分から処理してやろうと思っていたのに。
それをなんだあの金華とかいう女は。
俺の正義を真正面から邪魔しただけではなく、この俺に全治二ヶ月の重症を負わせやがった! なのになんでアイツも退学処分にならない? 俺は悪くないのに!
「妖魔に喰われても知らねぇぞ、くそっ……!」
もう、寺の役目など知ったことか。
どうにかしてあいつらに復讐がしたい。
殺したい、嬲りたい、尊厳を失うほどにぐちゃぐちゃに辱めてやりたい……どす黒い感情は増幅していき、しかしそれは痛めつけられた体を動かすほどのものではなかった。
「……畜生」
せめてこのボコボコにされた身体が治れば。
そんなファンタジーな思考に舌を打ち、俺はひとまず寝ようと瞼をそっと閉じた。
『丁度いい。その体と悪しき魂、この大顔が貰うぞぉ……!』
「は? なっ、ばけも──」
閉じる寸前、何かが俺の中に入ってきた。
激痛、目眩、吐き気……その他諸々を一気に飲み込んだような不快感の渦に飲み込まれ、俺はがっくりと意識を失った。
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