「第二話」鉄拳制裁
初日から遅刻した。
金が無い、弁当も無い……朝メシも食っていない、トドメの『今日の晩飯は抜き』という事実が、アタシの精神を蝕んだ。
「終わった……」
昼休み。アタシはぐったりと机に突っ伏している。
授業中もずぅっと腹が鳴りっぱなしだった。
えっ? アタシこのまま午後の授業も受けるの? 数学とか理科とか、そういう頭がこんがらがる教科を、この状態で? 無理だよ頭に糖分とかの栄養が行ってないよ死んでるよ。
ぐーぐーぐーぐー五月蝿い。
それどころかもう倒れそうなんだけど。
「あっ、あの」
「ん? ああ、頼光……」
じゃ、無かったよなそういえば。
この少女は違う、別人だ。
いくら似ていても、この人は源頼光ではないのだ。
「同じクラスだったんだな。……えっと」
「あっ、まだ名乗っていませんでしたよね。私は源雷火っていいます」
「み、源……へー」
名字まで同じかよ、クソっ。
……とりあえず、名乗られたのだからこっちも名乗らなくては。
「アタシは坂田金華だ。よろしくな」
「金華さん、ですね。あの、助けてくれてありがとうございました!」
「あーうん、いいってことよ。ほら、頭上げてくれよ頼むから」
その顔で、簡単に頭を下げて欲しくなかった。別人だと、無関係だと分かっていても……内側から来るムカムカした感情を抑えられなかった。
深く下げられた頭を上げ、雷火さんはにっこりと笑った。
「本当に、本当にありがとうございました」
「いいって。ほら、座れば?」
「は、はいっ」
そう言って雷火さんはアタシの隣にピタリと並ぶように椅子を持ってきて座った。まだ怯えているのか、ちょっと脅かしてやればすぐにビビって抱きついてきそうだった。
(……やっぱ、呪われてるな)
微かに、微かに漂う怨念の気配。
それは陰湿で、粘着質で……十年百年という生半可なレベルのものではなく、数千年の時を超えてもなお力を増し続けている”呪い”だった。
町で妖魔に襲われたのもこれのせいだろう。
あまりにも強すぎる妖気、怨念の気配が、知らず知らずのうちに妖魔を引き寄せてしまっていたのだ。
(多分本人は気づいていないし、気付かないほうがいいよな)
それにしても随分と気弱そうな子だなぁ、と。アタシは横目で雷火さんの顔を見ていた。
(……やっぱ似過ぎだよなぁ)
ぐぅううううううううっ。
「……」
「……あっ」
恥ずい。
物凄く複雑なことを考えていただけに、これはまぁ恥ずかしい。
「えっと、金華さんもしかしてお腹空いてたりします?」
「あっ、ああまぁ、うん。寝坊しちまって」
「……もしよかったら、その」
雷火さんはそう言って、肩から下げていた鞄のチャックを開けて中から何かを取り出した。四角い、布でくるまれた……あれ、これってもしかして。
「お弁当……!?」
「はい。手作りなので、味の保証とかはできませんけど……」
「いっ、いいのか!? アンタの分だろ!?」
「大丈夫です! もう一個あるので!」
とりあえずツッコむよりも前にありがた〜くお弁当を頂戴する。開けるとそこにはぎっしりと白米、梅干し、ウィンナー卵焼きひじきにプチトマトッ……!!
「宝石箱だ」
「そうですか? 気に入ってくれたならまぁ、嬉しいですけど……」
「頂きます!!!」
この国の神々、いいやそれ以外の神っぽい存在全てに感謝を捧げながら、アタシはマイ箸を引き抜き……白米にするりと突き刺し、持ち上げた。
(飯だぁぁぁああああああああ!)
胃袋が震える、唾液腺が踊る! ああ、ようやっと飯に。
「あんれぇ〜? なんでこんなところに疫病神ちゃんがいるのかなぁぁぁん!?」
「──」
──ぶっ飛んできた野球のボール。それはアタシの箸にぶち当たり、乗っていた白米を空中にぶちまけた後に、窓ガラスを突き破る。
「きゃあっ!」
「……」
雷火さんが頭を抑えて蹲る。椅子に座ったまま、ブルブルと震えている。
そんな彼女の怯え様を、制服を着崩した赤髪の男が、向こう側でひどく満足そうに眺めていた。
「へっ、『きゃあっ』だとぉ? 人間ぶるのも大概にしろよな」
「……」
教室の中のざわつきを気にもとめず、男は掃除用の箒を握りしめていた。
「会うのは小学校以来か? 中学は不登校で逃げ切ったつもりなんだろうが……今度こそ、お前の化けの皮引っ剥がしてやるッ!」
男が殺意と敵意を剥き出しにして迫ってくる。それらは雷火さんに集中しており、遂に勢いに任せて彼女の背中に向かって箒が振り下ろされた。
「おい、退けよ」
「……っ、金華さん!?」
アタシは無言で、ただただ無言でその箒を受け止めていた。
これに込められた力は本気だった。当たれば怪我は勿論……打ち所が悪ければ、最悪の場合死んでいたかもしれない。
「どういうつもりだよ、テメェ」
「お前こそ、そいつがなんなのか分かってんのかぁ? バケモンだぞ、バケモン。そいつには悪霊が憑いてんだ……そいつの側にいる奴らはみーんな悪霊に食い殺されて死ぬんだ。そいつの親も兄弟も、そいつが殺したってウワサだぜ?」
「……」
「小学校のうちに息の根止めとけばよかったぜ。だがまぁこうなったらもうアレだ、ここで俺がバッチリ退治してやる。──オラ、退けよ。お前もぶっ殺……っ!?」
「やれるもんなら──」
胸ぐらをつかみ、引き寄せ……額をドタマにぶっつける!!!!!!!
「ぅ、ぁ」
「やってみろっ、クソガキッッ!!」
頭部を揺さぶられふらつく赤髪の男。
一度は踏みとどまったものの、長くは踏ん張りきれずにその場に崩れ落ちてしまう。
「ん、だぁ……テメェ、いきなりなにすんだ……!?」
「いきなり? 今いきなりっつったのかテメェは」
眉間のピクつきを抑えながら、しかし怒りは全面に押し出して男を睨みつける。
「ひっ」
「一つ、お前は教室でボールを人に投げた。ガラスも割った、これは立派な校則違反だ」
ゆっくりと椅子から立ち上がり、アタシは腕を組みながら男を見下す。
「二つ、テメェはアタシの飯を奪った……食べ物を粗末にしたんだ」
「いっ、いやっ……でもよぉ! そいつは、そいつはバケモノ……えっ、いやっ」
「んで、三つ目」
尻餅をつきながら後ずさる男の胸ぐらをつかみ、ぐいっと持ち上げる。デコとデコがくっつくぐらいに、眼力でこいつの目を睨み殺すぐらいの距離で。
「あ、ぁぁぁああ」
「お前は、一番やっちゃいけねぇことを、他の誰でもねぇ……アタシの前でやっちまったんだ」
察させる。
お前はもう、終わりなんだと。──握りしめた拳を、顔面にぶっこむ。
「──ぁ」
「男が女泣かせて笑ってんじゃ──ねぇっ!!!!!!!!!」
めりっ、ごりっ。
そんな音を立てながら突き刺さったアタシの拳は、そのまま後頭部から男を床に叩きつけた。
「はぁ、はぁ……」
静まり返っている教室。
口元を抑えて顔を真っ青にしている雷火さん。
泡を吹いて気絶している糞男。……それを床にめり込ませている、アタシの拳。
「……」
ふと、我に返る。
「……あっ」
気づいてももう遅い。
既にやっちまった。
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