TSJK金太郎ちゃん

キリン

金太郎ちゃんJKになる 編

「第一話」フライパン担いだ金太郎ちゃん


 『金時。本当に、本当に行ってしまうのか?』

 『ああ、もう決めたことなんだ』


 山の方を向いたオレは振り向かないまま、自分の主君にそう言った。

 妙に浮ついた客観的な感覚は、これが夢であることを端的に告げている。まぁなんとも珍しい、オレの前世の記憶から作り出された夢だった。


 『そうか。お前がそう決めたのであれば、私はもうなにも言わない』


 この時のオレは振り返らなかった。

 いいや、振り返りたい気持ちを堪えていた。この人の……頼光さんの顔を見れば、オレは絶対に留まってしまうと、つけるべきケジメから逃げてしまうからと。


 オレはただひたすらに無言を貫き、背中越しの彼もそれの意を組むように黙っていた。


 『……金太郎!』


 山に入りかけたオレを呼んだ。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに止まる自分の足が情けなくて、でも振り返ることもできなくて、そして。


 『また、必ず、どこかで会おう。……必ずだ』


 行かないでくれ。

 ずっとここにいてくれ。


 そんな甘い言葉をかけてくれることを、心の何処かで願っていたのだろう。

 だから、『ああ』と。オレは守るつもりなんて無い約束を交わしてしまった。


 逃げるように山に帰っていったオレは、結局それを守ること無く土に還った。


 あの時のあの人が……頼光さんがどんな顔をしながらオレの背中を見ていたのか。

 今はもう、知る由もない。


 



 「……大将」 


 ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。

 鳴り響く目覚まし時計のアラームに叩き起こされたアタシは、とっ散らかった部屋のベッドの上で目を覚ます。

 

 むくり、起き上がってぽたりと……自分の目から涙が滴り落ちていることに気づいた。

 どんな夢を見ていたんだろう。……駄目だ、もう思い出せない。ふわっと寝ぼけている意識の中、アタシはぼーっとさっきまで見ていた夢を思い出そうとしていた。


 「……」


 8時15分。

 ふと目をやったデジタル時計には、8時15分という数字が表示されていた。


 「……学校」


 特になにも考えていなかった。

 だが自分の口から出された言葉を、アタシの耳が聞き取り、そして思い出した。


 今日から!

 学校だった!


 「こら金華! あんたいつまで寝てるの!?」

 「うわぁぁ! 行く、今行くぅ!!!」


 頭から水をぶっかけられたような衝撃。アタシは寝ぼけた身体を叩き起こし、散らかった部屋から制服やら鞄やらを発掘してから階段を降りる。


 「あっ、金華! あんたまた下着で寝てたでしょ!? やめなさいよアンタ女の子なのよ!?」

 「今それどころじゃねーだろ!? えーっと顔洗わなきゃ……いや、それよりも飯!」

 「食べてる場合じゃないでしょうが! 自腹で購買か何かで買いなさい、ほらもうすぐバスが出る時間よ!」


 ひぃいっ! 制服に袖を通しながら顔を洗い、壁に立てかけられた時計をちらほら見ながら……ああ、間に合わない!


 「行ってくらぁ!」

 「初日から遅刻なんかしたら、ご飯抜きだからね!?」


 ひぃいいいっ! アタシは空腹のままとにかく町中を走る。

 なんて日なんだ、今日は。クソしんどい高校受験を終え、しばらく勉強をしなくていいという安息の日々を過ごしていて……気づいたら休みは終わり! あっという間に今日を、入学式を迎えてしまった!


 (今月の小遣いはピンチだ! もうとっくに前借りしまくってるし……ああっ、弁当忘れたぁ!)


 これで晩飯まで抜かれてしまっては飢え死にする。

 アタシは冷や汗をかきながら、とにかくバス停に向かって走りまくった。


 (大丈夫、まだ全然間に合う──)


 ぞわり、背筋を伝うような悪寒。

 アタシは即座にその場に立ち止まり、その悪寒の存在に疑問を浮かべた。


 何故、未だに妖気が漂っている?

 妖怪か? 悪霊か? いいや、いいや……それら全ては既に、既にで一匹残らず殲滅したはずだったじゃないか。


 (いや、それよりも)


 踵を返し、アタシは走る。

 こんな時間、しかも住宅街に妖気が漂っている。──即ち、今この場で誰が妖怪に食い殺されてもおかしくない!


 アタシは走りながら鞄の中をチラ見する。

 よし、”アレ”は入っているな。


 (日課で鍛えといてよかった……この身体なら、雑魚妖怪ぐらいなら殴り飛ばせる)


 間に合ってくれよ、と。

 祈るような気持ちで走っていると、遂にアタシの目はそれを捉えた。


 「君、大丈夫かい?」

 「ぁ、ぁあぁぁ……!」


 その場で震え怯える少女。

 心配そうにかがみ込んで手を差し伸べようとしている、中年ぐらいのおっさん。──それらを、太陽を背にして影で覆う巨大なバケモノ。

 

 「駄目だ、逃げ──」


 ぶちゅっ。惨劇は、アタシの警告よりも早く起きてしまった。

 涎を垂らす宙に浮かぶ生首。長い無精髭を生やしたそれには手も足も、それどころか首から下の胴体も無い。


 妖魔の名は大顔。

 巨大な生首の人食い妖怪は、少女に手を差し伸べていたおっさんの上半身を食い千切った。


 「あぁ、あぁぁ……」

 (畜生! 遅かった!)


 目の前で人が死に、腰が抜けて尻餅をつく少女。同時に食いちぎられた男性の下半身が力なく崩れ落ち、断面から臓腑や鮮血がどくどくと溢れてくる。


 『おえっ、やっぱ中年はまっじぃな……食うならやっぱ、お前みたいな若い生娘がいいよなぁ?』

 「ひっ、ひぃっ……」

 『そんじゃあ、頂きまぁーすっぐっらぶぁっ!?!?』


 オラァッ! 間一髪、大顔の顎が開かれる寸前に飛び上がり、その大きな鼻っ柱にドロップキックをお見舞いする。──ずどん。真っ直ぐな道をゴロゴロと吹っ飛び転がっていく。


 「えっ、あっ……アナタは」

 「大丈夫か? 安心しな、アタシが来たからにはもう安心だ」


 振り返らず、アタシは襲われていた少女を背に大顔を睨んだ。


 『ってぇ……テメェ、オレが見えるってこたぁただの人間じゃあねぇな。まさか、この時代にも源氏の侍かぁ?』

 「まぁそんなとこだな。さぁて、きっちり落とし前付けてやろうじゃねぇか」

 『あぁ? 何言ってんだオメェ、まさかオレに勝つつもりかぁ?』


 鼻っ柱をヒクヒクとさせながら起き上がる大顔に、変化が起きる。

 纏っている妖気が、数十倍に増しているのだ。


 「……テメェ、喰ったのは十人そこらじゃ済まねぇだろ」

 『五十人喰ったぜぇ! ここらは食べごろの女やガキが多いからな、妖力もマシマシで最高の気分だぜ……その証拠に、なぁ?』


 大顔の顔が大きく、禍々しく変貌していく。

 その様はまさしく妖魔、人外の化け物、心無き外道に相応しい醜さそのものだった。


 『今のオレは最強だ! 源氏の侍だろうがなんだろうが、纏めて全員ぶっ殺してやれる! 泣いて謝るなら許してやれるぜ? そこのガキと一緒に苦しまねぇように喰ってやるからよぉ〜』

 「あ、あぁぁっ……」


 背後の少女が怯えている、震えている。

 恐怖し、絶望している。


 「わ、わたしっ、まだ、まだ」

 「安心しろって、お嬢ちゃん」


 ならば、ならば。

 それに応えるのが、完膚なきまでに救うのが源氏だ。


 「あの顔面野郎は、ちゃあんとぶっ飛ばしてやるからよ」

 『なぁぁめぇるぅなぁよぉおおおおおおおおお!?!?!』


 大顔が顎を開き、その巨体を以て喰らおうとしてくる。避けることも、受け止めることも考えられないような一撃……の、ように見えた。


 『……あっ、がぇ?』

 「きったねぇ歯だな、ちゃんと磨けよ」


 ボロボロと砕き割れ、大顔の歯の全てに亀裂が入っていく。

 ばきぃっ! やがてそれらは音を立てて崩れ落ち、粉微塵になって風に攫われていった。


 『!?!??!?!? いっ、いへぇ! なんあおあえ、まはあ、おえをはをぶんなぐってわったってのかぁ!?』

 「ああ、脆すぎて……飴細工かと思ったよ」 


 ぞくり。

 恐れを感じたのか、大顔は露骨に距離を取ろうと離れようとする。だがアタシは、その大顔の長い長い無精髭を鷲掴みにし、力いっぱいに引っ張った!!

 

 『うぉぉおお!? にっ、人間の力じゃねぇ!? テメェは、テメェは一体……!?』

 「冥土の土産に、アタシの新しい相棒でぶち殺してやるよ」


 片腕で髭を引っ張りながら、鞄に忍ばせていた武器の取っ手を掴んで取り出す。


 『フ、だとぉ!?』

 「この時代の法律ってのは厄介でねぇ……マサカリ代わりにはもってこいってわけよ!」

 『マサカリ、馬鹿げた怪力……まさか、まさか。お前は……っっ!?』

 「御名答。アタシは、オレは……──」


 ぐんっ。引っ張り、力いっぱい握りしめたフライパンを……鼻っ柱にぶっ叩き込む!!!!!


 「サマだぁっっっ!!!!!!!!!」


 ドォン! 轟音が鳴り響き、衝撃が大顔の顔面全体を駆け巡ってものの一瞬で灰燼とした! 圧倒的、初めから勝負はついていたと言わんばかりの余裕と呆気なさに、ただただ衝撃による風が巻き起こっていた。


 「……ふぅ」


 案外戦えるもんだな、と。アタシは肩を回しながらフライパンに息を吹きかけた。実践で使ったのは初めてだが、中々の威力だ。


 おっと、危ない危ない。忘れるところだった。


 「終わったぜ、お嬢ちゃん。怪我は──」


 振り向いて、直視する。

 着ているのはアタシが今着ている制服と同じだった。上は茶色、下はチェック柄のスカート……校章まで同じだ。


 違う。

 そこじゃない。


 「……よ」


 長い黒髪。

 黒真珠のような美しく大きな瞳。

 覚えている。男のくせに、恐ろしく美しい白い肌とその美貌を。


 「、さん?」


 瓜二つ、なんて生易しい言葉で言い表せるものではなかった。

 生前の主君の生き写しは、ただただ息を荒げながら胸元を押さえているばかりだった。



   

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