茶碗と湯呑み
井守と家守、八重は頭を寄せ合って、大きな
「よし、ではゆくぞ」
「はい!」
井守がそっと
「……雁首そろえて何してんだァ?」
「ひゃああ!!」
八重はたまらず悲鳴を上げた。
「わっ、あ!」
井守は八重の悲鳴に驚いて手元を狂わせた。
「わああ、わあ!」
「あぁあぁ、なァにやってんだよ」
呆れたように声をかけてきたのは、
「
「すみません、私が大声を出したばっかりに!」
跳ねて暴れる鮎を慌てて捕まえ、全て
「それで
「どうしたもこうしたもねェよ。ホラ、頼まれてたもんだ」
用向きを問う家守に、
「おお、有難い」
「全く、頼まれたもんを届けて怒鳴られるんじゃしようがねェや」
「はっはっは、申し訳ない」
やれやれと頭を掻く
「八重殿、これを」
ちょいと呼ばれて八重が近寄ると、家守は箱の中身を見るよう指し示す。覗き込めばそこには、茶碗と湯呑みが一揃え入っていた。
温かみのある白を基調に、貫入の入った茶碗と湯呑みは、外側はそのまま白に、内側には梅の花が絵付けされている。上品で美しい一揃えだった。
「八重殿の茶碗と湯呑みだ。
八重殿は塩むすびをお気に召していたから屋敷のものは使わなかったが、折角だからな、と家守は笑う。八重は茶碗を持ち上げるのも勿体ないと、そっと指を伸ばして梅の花をなぞった。
「こんなに美しいものを、私が使ってよろしいのでしょうか」
息を詰めるようにささやく八重に、
「巫女殿のために焼いたんだ、見事なもんだろうが」
「はい、はい、触るのもおそろしいほど美しいです……!」
「気にせず使えばいいさ。もし割ったら金継ぎしてやる」
「
「はい! 梅が見たいと、先日お話したのです」
目止めをする、という家守に茶碗を渡し、八重は
「それにしてもよォ……なんだァ? そのけったいなもんは」
「その、私が作った
「ハアー、それでそんな奇妙なことになってんのか。相変わらず加減を知らねェやつだ」
八重は誰も彼もが
「……しかしこれじゃあ、川か海の浅い場所でしか使えねェな。もうちっと目覚めりゃ霧も晴れるだろうに」
「どうだい巫女殿、釣り竿でも作ってやろうか」
「釣り竿……ですか?」
「知らねェかい? 棒ッ切れの先に糸と針を付けた、魚を釣る道具だよ」
「見たことはありますが、使ったことはないのです」
里では、鹿の角から削り出した釣り針で釣りをする人を見かけることがあった。ただ
「『火』こそ我が権能ッてな。火ィ使って作るもんは何だって作ってやるさ」
「火を」
「なんだよ、針は鉄ッだろうが」
ぽかんとする八重に、
「海は深ェからよ。霧が晴れたら折角だ、海釣りでもやってみろよ」
「はい……! とてもたのしみです!!」
満面の笑みを浮かべる八重に、
ナズナは家守につままれて、むずがるように身を震わせる。「これから目止めに米粉で煮るのだぞ。お前も共に煮てしまうではないか」と続く小言から逃げるように家守の手から抜け出し、ナズナは八重の元へとやってきた。
ナズナは八重の手の上で飛び跳ねて、家守はナズナに向かって「お前と言うやつは……」と呆れたように呟く。何か、まだ八重には聞こえない会話を交わしているのだろう、と思い、八重はくすくす笑いながらナズナをつついた。
(もうすぐ、霧が晴れる)
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