新たな目覚め
八重は膳を運んだ際、どんなに驚いたかを身振り手振りを交えて白陽に話した。「こんな
白陽は「それは驚いただろうね」と、珍しく高らかに笑った。白陽は動かない。目も口も開かず、表情を変えることはなかった。それでも、笑い方や声音から伝わってくる感情に、八重はあんぐりと口を開けて頬を染めた。数度瞬いて、「はい」と返す。顔を真っ赤にして照れながら、微笑みを浮かべて。
膳を下げて、八重は自分の夕餉を前に手を合わせた。
鮎と山女は、桶で泳いでいる。残った
家守は限られた材料で、驚くほど豊かに膳を彩る。それでももっと、苦労なく腕を振るって欲しいと八重は思う。
稲はもうすぐ出穂する頃だ。あの稲が実れば、次に目覚めるのは、上天にも、人の世にも届けられるものは、きっと――
八重はきれいに空になった膳に手を合わせた。食事が美味しい。働くことが楽しい。日々の暮らしが、有難かった。
稲は出穂し、たわわに実った。八重はその世話をしながら、山菜を採り、時折川で魚を取る。
そうして日々を繰り返すうちに、稲穂は色付き、重く頭を垂れる。波打つように風になびく姿は、まるで黄金に輝く川のようだ。八重は、三度目の収穫を迎えていた。
稲を刈り、田面に並べる。稲束は以前よりもずっしりと重かった。塩水選の効果が現れたのだろう、実付きが良いのだ。一日干した稲束を、白陽の元へ運ぶ。その重さが、増えた往復回数が、確かな手応えだった。
「稲穂を、白陽様に奉納致します」
八重は積み上げた稲穂を前に額づいた。
「ああ、受け取る」
稲穂は光の渦となって掻き消える。また、白陽の指先が光を湛えた。
「八重、手を出しなさい」
「はい」
八重は頭を上げて、両手を差し出した。空中に光が集まり、輝く雫となる。その雫は以前よりも強く輝き、八重の手のひらの上に落ちて、しゃん、と高く澄んだ音を立てた。
「八重、日々よく力を尽くしたね。歌の奉納と、稲穂の奉納。どちらも以前よりずっと力を増している。此度は二柱、目覚めさせることが出来る」
八重は白陽の言葉に、驚いて目を見開いた。
「さあ、鳥居に向かいなさい。
「はい、はい……!」
望んでもみないことだった。八重はぎゅうと目を閉じ、両手を押し頂く。
「行って参ります」
八重は立ち上がり、強く一歩踏み出した。
灰の町を進む。通り過ぎた参道に、色を取り戻した屋敷は一軒。そしてきっと、今からそれが三軒になる。鳥居を見上げ、八重は町を振り返った。
その場に座し、
「上天に
合わせた手が光り輝く。しゃん、しゃんと鈴の音が鳴り響く。一際大きな音が鳴った瞬間、光が弾けた。吹き抜けた風に瞼を開けると、目の前には二柱、男神と女神が姿を現していた。
よく日に焼けた肌に刈り込まれた黒の髪と無精髭。黒柿色の着物に藍墨茶色の袴姿の男神は、頭に二本、前にせり出す角を生やしている。そして女神は、青白い肌に結わえた白髪。黒地に赤と金で彼岸花が刺繍された、正絹の着物を身に纏っていた。
守護神らが手を打ち鳴らす。手元から、芽生え実るように、灰を打ち払うように、清い波動が発される。八重の視界の先で、屋敷が二軒、色を取り戻した。
「礼を言おう、巫女殿」
「そなたのおかげで目覚めることが出来た」
額づく八重に、二柱が声を掛ける。
「病を集め、喰ろうてやろう」
「さあ巫女殿、共に実りをもたらそうぞ!」
「はい……!」
八重は頭を上げて、大きく返事をする。行く先の道に、強く光が差した気がした。
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