第32話 映画中に

 ショッピングモールの映画館に到着した三人は、アクション映画を見るためにチケットを買い、ポップコーンや飲み物を手に劇場内に入った。座席は中央の列。悠真を真ん中に、右に綾音、左に美咲が座るという配置だった。


 劇場内は薄暗く、スクリーンにはこれから始まる映画の予告が映し出されている。観客たちが次々と席に着く中、悠真は両隣にいる綾音と美咲の存在を強く意識していた。二人とも表向きはリラックスしているように見えたが、何か微妙な緊張感が漂っていた。


 映画が始まる直前、綾音が先に口を開いた。


「日向君、ポップコーン食べる? 甘いのとしょっぱいの、両方買ったから、どっちもどうぞ!」


 彼女は笑顔で悠真にポップコーンを差し出した。その優しい笑顔に悠真は一瞬和んだが、その視線を隣の美咲に移すと、彼女が不満そうに顔を背けているのに気づいた。


「……ふん、ポップコーンなんて、あんたに全部あげればいいんじゃないの?」


 美咲はわざとそっけない態度を取りつつ、悠真が綾音からの好意を受け入れている様子に内心焦りを感じていた。彼女は自分でも気づかないうちに、悠真との距離感が崩れつつあるように感じていた。


「いや、流石に全部入らないよ」


 悠真は美咲にもポップコーンを勧めたが、彼女はそれを頑なに拒むように腕を組んでしまった。その動作に、悠真はどうしたらいいのか分からず、困惑した表情を浮かべた。


「……別に、いらないし。私は映画に集中するから」


 美咲は強がってそう言ったが、その表情には微妙な不機嫌さがにじみ出ていた。悠真が綾音とばかり親しくしていることが、彼女の心を少しずつ揺さぶっていた。


 映画が始まると、綾音はすぐに映画の世界に引き込まれたようで、楽しそうにスクリーンを見つめていた。アクションシーンが続く中、時折驚いたり、笑ったりしている綾音の表情が印象的だった。


 一方、美咲は集中すると言いながらも、どこか落ち着かない様子でスクリーンを見つめていた。彼女の視線は時折、悠真と綾音の方に向けられ、そのたびに無意識にため息をついていた。


 そして、映画の中でドキッとするようなシーンが訪れる。主人公が危険な状況に追い込まれ、スリリングな場面が展開されると、綾音が思わず悠真の腕に軽く手を置いた。


「わぁ、すごい迫力……怖いかも」


 綾音が軽く身を寄せるようにすると、悠真は驚いたが、すぐに笑顔で彼女を落ち着かせた。


「大丈夫だよ橘。映画だからさ」


 その優しい言葉に、綾音は少し顔を赤らめながら微笑んだ。しかし、その光景を横目で見ていた美咲の表情は明らかに険しかった。彼女は歯を食いしばりながら、心の中でモヤモヤした感情を抱えていた。


「……映画のくせに、大げさすぎでしょ」


 美咲は小声でつぶやいたが、その言葉は皮肉を含んでいた。綾音が悠真に自然に近づいていることに、ますます焦りを感じていたのだ。


 映画が進むにつれて、美咲の心の中で何かがはじけたように、彼女も行動を起こさなければという強い衝動が湧き上がってきた。これまで控えめにしていた自分が悔しかった。そう思った瞬間、美咲は綾音に負けじと、無意識に悠真の袖を軽く引っ張った。


「……ねえ、日向君」


 美咲は少し震える声で話しかけた。彼女は普段とは違う、少し素直なトーンを使っていた。悠真が驚いて彼女の方を向くと、彼女は何かを言いたげな表情を浮かべていた。


「ん? どうした霧崎?」


 悠真は美咲の異変に気づき、心配そうに聞いた。すると、美咲はそのまま彼の腕に軽く寄り添った。彼女もまた、悠真に近づくことで綾音に対抗しようとしていたのだ。少し強引ではあったが、彼女の中ではこれが限界のアピールだった。


「映画の音が大きすぎて……ちょっと怖いかも」


 彼女は照れ隠しのように小さな声でつぶやき、顔を赤くしながら、悠真にぴたりと体を寄せた。美咲のその行動に、悠真は驚きを隠せなかったが、彼女の不器用な感情表現に気づき、思わず笑みをこぼした。


「霧崎も怖いんだな。大丈夫、俺もいるし」


 悠真は自然な感じで美咲に優しく声をかけたが、隣に座っていた綾音はそのやり取りを見て、彼女の笑顔が少し引きつったのを隠せなかった。悠真に寄り添っている美咲の姿が、綾音にとってはライバルとしての存在感を強く印象づけた。


「……美咲ちゃんも怖がりなんだね。日向君、やっぱり優しいよね」


 綾音は、少し皮肉交じりの声で微笑んだが、その表情の裏にはわずかな嫉妬が感じられた。美咲が悠真にスキンシップを取る姿が、綾音の心を複雑にさせていた。


「……そんなことないし。私はただ……」


 美咲も綾音の皮肉を察知し、反論しようとしたが、すぐに言葉を飲み込んでしまった。彼女自身も、自分が悠真に近づこうとしていることに気づいていたが、それを堂々と表現する勇気がまだ足りなかったのだ。


 悠真はそんな二人の間に漂う微妙な空気に気づきながらも、どう対処すべきか分からず、ただ静かに映画に戻ろうとした。


 映画の音響がさらに大きくなり、アクションシーンが激しくなっていく中で、綾音もまた悠真に少し寄り添い始めた。両隣から感じる二人の気配に、悠真はますます困惑していた。

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