第31話 お出かけ

 週末、悠真、綾音、美咲の三人は一緒に出かけることになった。綾音が最初に提案した「みんなで行こう」という誘いを、美咲がしぶしぶ承諾した形だったが、当日を迎えると、美咲はそれほど嫌な顔はしていない。むしろ、悠真と一緒にいられるという事実が、彼女にとって少しは嬉しかったのかもしれない。


 集合場所は街中の駅前で、天気は快晴だった。悠真は駅に着くと、すでに綾音と美咲が並んで待っていた。綾音は明るく手を振りながら、相変わらずの笑顔で悠真に挨拶をした。


「おはよう、日向君! いい天気でよかったね!」


「おはよう……」


 一方、美咲は少し素っ気なく挨拶をするが、その視線はどこか落ち着かないように見える。彼女が普段のようにツンとした態度を取りつつも、今日は何か違う感情を抱えているようだった。


「おはよう、二人とも。今日は楽しもうな」


 悠真は二人の間に立ち、何とか場の空気を和らげようとした。彼の中で、綾音と美咲が微妙な緊張感を抱えていることは感じ取れていたが、それを表に出さないように振る舞うのが精一杯だった。


 三人はまずショッピングモールへと向かった。綾音は、さっそく洋服店に目を向けて楽しそうにしていた。


「ねえ、日向君、ちょっとこの服どう思う?」


 綾音は、店先に並んだワンピースを指差して、悠真に意見を求めてきた。彼女は洋服選びの時間を楽しんでいるように見える。


「うーん、似合うんじゃないかな?」


 悠真は素直にそう答えると、綾音は嬉しそうに笑みを浮かべた。その瞬間、美咲が少しムッとした表情を見せたことに、悠真は気づかずにはいられなかった。彼女もまた、悠真と一緒に過ごしたいという気持ちが強くなっていたのだろう。


「ふん……」


 美咲は視線をそらして、店の奥の方を見つめた。彼女はあまりファッションには興味がないように見えたが、内心では悠真が綾音とばかり話していることに少し嫉妬しているのだろう。


 綾音は嬉しそうにワンピースを手に取り、鏡の前で当ててみたり、タグを確認したりしていた。一方、悠真はその様子をぼんやりと見つめながら、ふと美咲の方に目を向けた。彼女は相変わらず店の奥を見つめているが、明らかに綾音とのやり取りを意識しているようだった。


「美咲、こっちに来てみれば? 別に買わなくてもいいからさ」


 悠真はそう言って、美咲にも気を使おうとした。しかし、美咲は少し拗ねたような表情を浮かべ、顔をそむけた。


「別に……私はファッションに興味ないし。あんたと橘が好きにすればいいでしょ」


 その言葉には、明らかに嫉妬の色が感じられた。悠真もそれに気づいたが、どう接すればいいのか分からず、気まずい沈黙が流れる。


 綾音が鏡越しに二人の様子に気づき、少し心配そうな表情を見せた。これも作戦のうちなのだろうか。


「美咲ちゃん、何か気になるものとかない? 別に無理に買わなくてもいいから、みんなで楽しもうよ!」


 彼女の声は優しく、何気ない気遣いが込められていた。しかし、それが美咲には逆に挑発のように感じられた。彼女は自分の感情をうまく表現できず、イライラしたまま、再び口を開いた。


「別に。あんたが日向君と楽しそうにしてるんだから、私はどうでもいいでしょ?」


 美咲の声は少し冷たかった。彼女の言葉に、綾音は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑顔で応じた。


「そんなことないよ! 私たち、せっかく三人で来たんだから、楽しまなきゃ損だよね?」


 綾音は努めて明るく振る舞い、場の空気を和らげようとした。だが、美咲は綾音の明るさに対してさらに反発心を抱いたようで、悠真に対してわずかに不満そうな視線を送った。


「……なんで、あんたは橘とばっかり楽しそうなのよ。私は……」


 美咲は言葉を詰まらせたが、その表情には明らかに不満が見て取れた。悠真は、彼女の言葉に一瞬戸惑いを感じたが、彼女の不安と嫉妬に気づき、急いでフォローしようとした。


「ごめん霧崎。俺、別に橘とばかり話してるつもりはないよ。美咲ともちゃんと楽しみたいんだ」


 悠真は真剣に言葉をかけた。その言葉を聞いて、美咲は少しだけ顔を赤らめたが、それでもまだ心の中では葛藤が続いているようだった。


「ふん……じゃあ、そうしてよね。私を放っておかないで」


 美咲のその言葉には、少し素直な気持ちがこもっていた。彼女が悠真にもっと気にかけてほしいという願いが、ようやく少しだけ表に出たのだ。


 悠真は、美咲の態度が少し柔らかくなったことに気づき、ホッとした気持ちで二人の間のバランスを取ることに成功したように感じた。


「よし、じゃあ次は霧崎が行きたいところに行こうか」


 悠真がそう提案すると、美咲は一瞬戸惑った表情を見せたが、少し考えてから返事をした。


「うーん……映画とかかな」


 美咲は悠真の提案に乗りつつ、自分なりに楽しみたいと思ったことを素直に伝えた。綾音もその提案にすぐに賛同した。


「いいね! みんなで映画、楽しそう!」


 三人の間には、まだ微妙な緊張感が残っていたが、少しずつ和らいできた。悠真は二人と一緒にいることが嬉しい反面、どちらかを選ばなければならないという現実に、心の奥で次第に重いプレッシャーを感じていた。

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