第30話 微妙な競争関係

 綾音と美咲は、互いに意識し合いながらも表向きは友達のように振る舞っていたが、悠真を巡る緊張感は確実に高まっていた。二人の間には、言葉に出さなくても伝わる微妙な競争が存在していた。


 昼休み、悠真が二人と一緒に過ごす時間が訪れた。いつもなら美咲は少し距離を置いていたが、今日は積極的に悠真に話しかけてきた。それに対して、綾音も負けじと笑顔を見せながら悠真に話しかける。


「ねえ、日向君、今度の週末、一緒に出かけない?」


 綾音がそう誘うと、美咲はすぐに反応した。


「え? ちょっと待って、私だって日向君と……」


「え? じゃあ霧崎さんも一緒に行こうよ! みんなで行けば楽しいじゃない!」


 綾音の明るい声が響くが、美咲はどこか不満そうな表情を浮かべていた。彼女もまた悠真との時間を大切にしたいのに、綾音がそれを奪おうとしているように感じていた。


 「……別に、私は一緒に行きたいわけじゃないけど」


 美咲はそう言いながら、視線をそらした。だが、その態度からは彼女の焦りと不安が隠しきれていなかった。彼女が本当に望んでいるのは、悠真との二人きりの時間。それを綾音に簡単に譲り渡すつもりはなかったが、素直に自分の気持ちを表現することもできない。だからこそ、こうして綾音の提案に強く反対することもできず、ただ曖昧な態度を取ることしかできなかった。


 綾音はその様子を見て、微笑みを浮かべながらさらに言葉を続けた。


「美咲ちゃん、気にしないで一緒に来てよ! 日向君もきっとその方が楽しいと思うし、ね? みんなで出かけた方が絶対に楽しいから!」


 綾音の言葉は表面的には優しさと明るさに満ちていたが、その裏には、悠真と二人きりの時間を独占させないという強い意志が感じられた。美咲に対する牽制が、軽い笑顔に隠されていた。


「……別に、一緒に行く必要なんてないでしょ」


 美咲は目をそらし、強がるように言った。悠真は、二人の間に漂う微妙な緊張感を感じ取っていた。綾音の誘いは善意に満ちているように見えたが、美咲はそれを挑発のように感じ取っている。綾音もまた、美咲の反応に敏感に気づきながらも、優しい笑顔を保ったままだ。


「どうしたの? 一緒に行ったら楽しいと思うんだけどな」


 綾音の声には、あくまで柔らかさがあった。しかし、悠真にはその背後にある競争心が感じられた。二人の間には表面には見えない緊張の糸が張り巡らされているようだった。


「……楽しくなんかないわよ。あんたがいると」

 

 美咲はそう言い返し、少しだけ怒りのこもった視線を綾音に向けた。綾音はその言葉を受けてもなお笑顔を崩さなかったが、彼女の目もどこか強い意志を持っているように見えた。


「そんなことないよ。私は、みんなで一緒に過ごすのが楽しいと思うし、日向君もそうだよね?」


 綾音は、あえて悠真に話を振り、その場を和ませようとした。しかし、悠真は二人の間に漂う緊張感を痛いほど感じ取っていた。彼は何とかしてその場をうまく収めたいと思い、少し戸惑いながらも答えた。


「うん、みんなで行くのも悪くないかな……」


 彼の言葉に、綾音はにっこりと微笑んだ。しかし、その笑顔を見た美咲は、さらに苛立ちを募らせていた。彼女は、自分の気持ちを理解してもらえないことに焦りを感じていた。


「……私は別に、みんなで行くなんて言ってないし」


 美咲はそうつぶやき、さらに自分の思いを伝えたかったが、それを口にする勇気が出なかった。彼女は悠真との特別な時間を望んでいたのに、綾音の存在がそれを邪魔していると感じていた。


 その後、悠真と別れた美咲と綾音。今はなぜか2人で廊下を歩いている。


 美咲はついに自分の感情を押さえきれなくなった。彼女は軽く息を吐き、強がるように再び口を開いた。


「……あんた、ずるいわよね」


 その言葉に、綾音は驚いたように目を見開いた。彼女は何がずるいのか理解できず、美咲に問い返した。


「え? 私、何がずるいの?」


 美咲は一瞬、言葉に詰まったが、その後、続けるようにして言った。


「あんたはいつも、そうやって悠真に近づく機会を作って、しかもそれを私にも分け与えるなんて」


 美咲は皮肉を交えて説明する。


「何言ってるの? 分け与えたのは理由があるからだよ」


 綾音は不思議そうな顔で答えた。


「は? 」


「私からの霧崎さんへの挑戦状だよ。絶対に日向君は渡さない。だから一緒に誘った。私の方が日向君に相応しいことを霧崎さんに分からせるために」


 綾音は隣を歩きつつ、美咲に視線を向けながら告げる。


「なるほどね。決して優しさなわけじゃなかったことね。いいわ。その挑戦状、受けてあげるわ。絶対に負けてやるもんですか」

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