第19話 放課後の歩み寄り
ある日、昼休みの教室で悠真が一人静かに座っていると、綾音がにこやかに近づいてきた。
「日向くん、今日の放課後、ちょっと一緒に帰らない? 話したいことがあるんだけど……」
綾音は、いつもと変わらぬ優しい笑顔で話しかけてきた。彼女は、悠真に対して特別な気持ちを抱いていることを自覚しており、それを少しずつ表に出し始めていた。悠真もまた、彼女の好意に気づいていたが、どう応えるべきか迷っていた。
「放課後か……別にいいけど、何かあったの?」
「ううん、ただ少し話したいだけ。それに、最近、日向くんともっと話す時間が欲しいなって思ってたの」
綾音の素直な言葉に、悠真は軽く頷いた。二人で一緒に帰るという約束を交わすと、綾音は嬉しそうに微笑み、その場を後にした。
放課後、悠真は校舎の出口で綾音を待っていた。約束の時間に姿を現した綾音は、相変わらずの笑顔を浮かべていて、その笑顔が悠真にとって、どこか特別なものに感じられるようになっていた。クラスの人気者である彼女が、自分に対してこんなにも親しく接してくれることに、悠真は少し戸惑いながらも、心地よさを感じていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、ちょうど今来たところだよ」
悠真は軽く笑って答えた。綾音はその言葉に微笑んで、「じゃあ、行こうか」と歩き出した。二人は並んで歩き始め、学校の門を出て、静かな帰り道へと進んでいく。周囲に他の生徒の姿はほとんどなく、まるで二人だけの世界にいるような静けさが広がっていた。
しばらくの間、綾音は悠真と肩を並べて歩きながら、何も話さなかった。だが、その沈黙は決して気まずいものではなく、互いに心地よさを感じていた。悠真は綾音が何かを考えていることに気づき、彼女が自分の話し出すタイミングを待つことにした。
やがて、綾音が小さな声で口を開いた。
「日向くん、最近すごく変わったよね。前はもっと……なんて言うんだろう、静かであまり目立たない感じだったけど、今はすごく堂々としてる」
その言葉に、悠真は一瞬戸惑った。自分では特に変わったという自覚はなかったが、周囲が彼をどう見ているのか、そして綾音が自分に何を感じているのかが気になった。
「そうかな? 自分ではあまり気づいてないけど、なんか色々あって、少し変わったのかもしれないな」
悠真は曖昧に答えたが、綾音はその言葉に頷いて、さらに言葉を続けた。
「うん、なんだかすごく頼りがいがあるっていうか……私、日向くんといると安心するんだよね」
彼女の言葉に悠真は少し驚いた。綾音のような人気者に対して、自分がそんな風に感じられているなんて、今まで考えたこともなかった。だが、綾音の真剣な表情から、それが本心であることが伝わってきた。
「ありがとう。でも、俺なんかがそんな風に思われてるなんて、ちょっと不思議だな」
悠真が照れくさそうに言うと、綾音はふわっと笑いながら彼を見つめた。
「不思議じゃないよ。私、日向くんと話すの、すごく楽しいし。前はそんなに話す機会なかったけど、最近はもっと話したいって思うことが増えてきたの」
綾音の言葉には、今までの彼女との関係を振り返るような響きがあった。確かに、悠真と綾音が話し始めたのは、三浦の失墜以降だ。綾音はもともと明るく優しい性格で、クラスメイトにも親しまれていたが、悠真との距離が縮まったのは比較的最近のことだ。それでも、彼女はすでに悠真に対して特別な感情を抱き始めていた。
「最近、話す時間が増えたのは、俺も嬉しいよ。橘と話してると、なんか落ち着くんだ」
悠真が素直にそう言うと、綾音の頬がほんのりと赤くなった。彼女は少し照れくさそうに視線を下げながら、足元の小石を蹴るようにして歩き続けた。
「そっか……それなら、もっと一緒に話したいな。これからも、もっと色々話せたら嬉しい」
綾音の言葉には、どこか期待と希望が込められているように感じられた。悠真はその言葉を真剣に受け止め、彼女の気持ちを少しずつ理解し始めていた。
「もちろん。これからも、たくさん話そう」
悠真がそう答えると、綾音は再び微笑みを浮かべ、少しだけ彼に近づいて歩いた。二人の間にある距離が、少しずつ縮まっていくのを悠真は感じていた。
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