考えすぎと宇宙人
海月あかり
Episode
なぜ、SFに出てくる宇宙ヒーローは、見ず知らずの地球人を助けてくれるのだろう。
今年高校一年生になった僕は、この疑問を毎日真剣に考えている。
いい年して、と思うだろうか。
でもわけがあるのだ。
僕のクラスには、ヒーローがいる。
比喩ではなく、あらゆる脅威から地球を守っている、本物のヒーローだ。
高校に入学したその日、僕は彼と出会った。
「この一年一組の担任になった田中だ。宇宙から来た。今年度の目標は、君たちの名前を覚えることと、地球を守ることだ。長い人生の中で考えりゃ短い付き合いだが、まあよろしく。」
と、そこはかとなく冷めた挨拶をした。
クラス全員、今学期中には名前を覚えてほしいと思った。
田中先生は、銀色の肌をしているわけでも、空を飛べるわけでもない。
いつも、変な柄のTシャツを着崩して、ふらりという感じで教室に入って来た。
そして、まだ騒いでいる生徒に「出席番号4番、休み時間終わってるぞ」とチョップを喰らわし、何の変哲もない授業をする。
これじゃあ、ただの先生じゃないか、そう思うかもしれない。
でも、田中先生は正真正銘のヒーローなのだ。
田中先生が担任になったその日から、僕らの街には毎晩、UFOが出没するようになった。
クラスメイトも、何人もUFOに遭遇した。
中には、不気味な宇宙人に会ったという者もいた。
しかし、一人の犠牲者も、行方不明者もいない。
UFOが現れるたびに、田中先生が追い払ってくれるからだ。
だから、田中先生は人気者だった。
無愛想でも、Tシャツがダサくても、一ヶ月たった今でも生徒を出席番号で呼んでいても、男子は童心に帰って憧れの眼差しを向け、女子は黄色い歓声を浴びせた。
だけど、僕だけは違った。
僕は、小さい頃からSFストーリーを見るのが好きだった。
母に買い与えられたぬいぐるみで遊ばず、テレビの中の宇宙ヒーローに夢中になっていた。
でもある日、ひらひらした服を着た、周りの子たちに言われた。
「なんで、そんなの見てるの?ヒーローって、なんでわざわざよその星から地球を助けに来てくれるのよ?」
その2つの質問に、僕は答えることができなかった。
そういえば、なんでだろう。
その日から、僕はヒーローに疑問を持った。
だけど、それに答えは見つからなかった。
そのまま時は流れ、僕はすっかりSFヒーローを見なくなり、セーラー服を着て高校に通うようになった。
そして、本物のヒーローに出会った。
今こそ、それを確かめるチャンスだ。
僕は、手を挙げて質問をした。
「先生は、どうして地球を助けてくれるんですか。」
しかし、田中先生はこう言った。
「そうだな、地球のメシはうまいからな。」
そして、授業に関係ない質問はしないように、と怒られた。
僕は、納得できなかった。
その晩、僕は塾の帰りが少し遅くなった。
歩いていたら、目の前が明るくなった。
何事かと思って光源を探すと、空に大きな円盤が浮かんでいた。
僕はあっ、と声を上げた。
UFOから、黒い巨人が降りてきたからだ。
僕は息を呑む。
それは頭が一つ、手足が二本ずつあるという外見から、僕の脳は『人影』と認識したが、それは『人』ではなかった。
4メートルほどの身体は何も着ておらず、円盤とそっくりな光沢のある黒色だ。頭には顔らしいパーツの代わりに丸い穴がひとつ、まばたきするようにチカチカと白く光っていた。
僕の頭に、『宇宙人』という3文字が点滅しながら駆け巡る。
初めて目にする異形の宇宙人に、僕は恐ろしくなる。
「謌代???蜉ゥ縺代↓譚・縺溘?縺?」
宇宙人が聞き取りづらい発音でなにかを話しながら、僕に近づいてきたとき――
「危ない!」
どこからか現れた田中先生が、右手で宇宙人を突き飛ばした。
宇宙人は、5メートルほど吹っ飛ぶ。
「こら、出席番号1番。こんな時間にひとけのない道を通るな、危ないだろ。」
『ソーライス』と書かれたTシャツをだらしなく身にまとった田中先生が、いかにも教師らしい台詞を言う。
僕をかばった左手には、まだ湯気の出ているピザまんが一つ、握られている。
つき飛ばされた宇宙人は、まっすぐ田中先生に向かって攻撃をしかけた。
一瞬でよく見えなかったが、火の玉のようなものが、よれたTシャツを目がけて放たれた。
「先生!!」
しかし、田中先生は攻撃を軽くかわしたついでにその攻撃でピザまんの表面を軽く炙り、距離を詰めると宇宙人の脳天に強烈なチョップを叩き落とす。
宿題を忘れた生徒にしているものとは、まるで別物の威力で。
地面にめり込んだ宇宙人は、意識を失ったらしくうつ伏せに倒れた。
僕は、安堵で全身の力が抜ける。危うくへなへなと座り込みそうになったが、意地で踏ん張りながら、真っ先に確かめるべきことを尋ねる。
「……先生はなんで、僕たちを助けてくれるんですか?」
「1番は、理由にこだわるんだな」
と言って、田中先生はピザまんを頬張った。
「だって」
と、僕は、小さい頃にされた質問の話をした。
小学生のあの子から見ても、僕がヒーローを好きなのも、ヒーローが地球を守るのも、おかしなことだったから。
その話を、田中先生は黙って聞いていた。
そして、僕の目をまっすぐ見て、言った。
「好きだからだよ」
突然の言葉に、僕は「年下派です」と答えていた。「違う」とチョップされた。
「俺が地球を守るのも、佐々木がヒーローを見るのも、ただ、それが好きだからだ。それ以上の理由なんて必要ないし、おかしくもない」
僕は、目の前が開けたような気がした。
そうか、あのときの答えは、それだけで良かったんだ。
それ以上の理由なんて……
その瞬間、僕はさっき宇宙人が何かを言いかけていたことを思い出す。
そして、これまで、宇宙人に何か危害を加えられた人間が、一人もいないことも。
一瞬、こんな想像が頭をよぎった。
田中先生が本当は
いや、本当は、さっきの宇宙人こそ、地球を田中先生の手から救いに来た
「どうした、怪我したのか?」
先生の声に、僕は頭を振った。
こんなのは、僕の妄想だ。
第一、さっきの宇宙人は、田中先生に攻撃していた。どう見ても、危険なのはあっちだろう。
「何ともないです。」
「そうか、なら良かった。あとのことは任せて、気をつけて帰れよ、佐々木。」
僕はふっと笑って、頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございました。田中先生、さようなら」
――――――――――――――――――――
佐々木が立ち去った後。
地面に倒れていた宇宙人は、暗闇に佇む田中に向かって、恨めしそうな声を出した。
「まタ1ツ星ヲ滅ボす気カ…」
「人聞きが悪いな。俺の星は、食糧危機で滅んでしまったから、移住先を探しているだけだ。まあ、君たちの星で食べ過ぎたことは、謝るよ。今度、地球の食糧生産を増やしたら、お詫びの品を送るよ。」
田中はあっけらかんとそう言うと、地面で伸びている宇宙人をひょいと抱え、UFOの入口をめがけて放り投げた。
ボスっ!!と、盛大な音を立て、宇宙人は自分のUFOに突っ込まれ、その衝撃でUFOが発進する。
「気をつけて帰れよ〜」
田中は、地球を守りに来たヒーローを、教え子の一人のように見送った。
考えすぎと宇宙人 海月あかり @ramune_no_bin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます