新しい勢力に目をつけられた

 千明と湊が話している。

 俺はそれを座って聞いていた。二人の会話はあらかじめ決められたコントのようで、聞いていて飽きないのである。



 すると教室の後ろ側の扉から、見知った影が歩いてきた。

 プリン頭が特徴的な彼女は、相変わらず喧嘩をしている二人を発見すると、露骨に嫌そうな表情をする。

 何もなかったかのように俺のもとへ向かってきた。



「まぁたやってんのアレ?」

「そうみたい。喧嘩するほど仲がいいってやつ」

「たしかに仲はいいんだろうけどサ。さすがに勘弁してほしいわ。私まで巻き込まれたら溜まったもんじゃない」



 高岩日向は肩を竦めながら、現在は空席となっている千明の椅子に腰を下ろす。おっさんのような――この世界においては「おばさんのような」だろうか――声を上げて、彼女は口を開いた。



「赤城さんが呼んでたぜ」

「俺を? 一体どうして」

「久しぶりに遊びたいんだと。あの一件以来顔も見せてないじゃないか、ってご立腹だった。可愛らしい大ボス様がキレる前に、一回行ったほうがいいぜ」



 赤城派に戻るために妙義派として行動していた彼女だったが、夜宵たちが妙義派になったことで、どうやら一緒に過ごすことが多くなったらしい。

 最近の日向は思い詰めた雰囲気を醸し出すこともなく、いつも笑っていた。

 


「わかった。今日の放課後にでも行くよ」

「それがいい」



 しばらく他愛のない雑談を日向としていると、ふと何かを思い出したかのように、彼女は天井を見上げる。

 


「そういやさ、知ってるか? この上……二年七組に、ケッコーな有名人がいるらしいぜ。新しい柴方高校シバコーの番長を狙ってるみたいで、噂がスゲェ流れてくる」

「二年七組……もしかして谷川たにがわうた?」

「あたり」



 日向は指を鳴らした。



「赤城さんから聞いたんだケド、どーもあの人の後輩らしいのよ。一年歳下だから赤城さんの後を継いで中学を締めてたらしい。そんでケッコー柴方高校シバコーに入ってからも有名だったんだ」



 夜宵のこととなると、彼女は勢い盛んになる。

 鼻の穴を膨らませながら話を続ける彼女の姿は、いわゆるオタクのようであった。



「さっきまで赤城さんと話してたら、ちょうど谷川の話題になって。拓馬クンも気をつけろよ? 見た目が軽いからすぐに面倒なコトに巻き込まれそう」

「まったく俺のことを何だと思ってるんだ。ありえないよ」

「ならいいけどサ」



 どこから取り出したのだろう。いつの間にか手に持っていたいちごミルクを飲みながら、日向は静かに唇を尖らせた。

















 考えてみれば、俺の発言はフラグだったのかもしれない。

 漫画の知識があれば面倒事に巻き込まれる可能性などないと、慢心じみた高をくくっていたのである。



 周りにはバチバチにキメた不良たち。よく見なくても傷跡が顔面に走っている。とてもではないが正面から喧嘩をして勝てるとは思えない。

 抵抗をするつもりはないと伝えるために両手をあげた。

 彼女たちは口の端を歪めて、リーダーらしき存在に伺いを立てる。



「へっへっへ……どうします谷川さん」

「赤城クンの知り合いなんだろ。下手に手を出すと後が怖い。適当についてきてもらえ……いや違うから。無理矢理に攫えって意味じゃねェよ」

「違うんスカ」

「穏便にな。穏便にだぞ」



 まるで悪の組織の幹部かのような発言だったが、意味深に捉えたらしい不良たちが腕を伸ばしてくると、谷川と呼ばれた彼女は静止をかけた。

 首を傾げた不良たちに念を押して、さっそうと去っていく。



「俺ってこれからどうなるんですかね」

「谷川さん次第だな。まァ神様にでも祈っとけや」

「うっす」



 学校の中庭から校舎内へ連れて行かれた。

 なぜ放課後にもかかわらず、こんなところにいるのか。

 答えは夜宵に会いに行こうとしていたからだ。

 普段授業を受けている校舎から、夜宵たちが拠点にしている教室がある部室棟に移動するためには、一度外に出る必要がある。



 そこを捕まえられる形で、俺は謎の不良集団に絡まれてしまったのだ。謎というか正体ははっきりしているけれども。



 とくに抵抗をすることもなく連行される。

 下手に暴れてひどい目にあっても嫌だ。

 多分、実際は大丈夫だろうが。



 外に出た意味もなく再び校舎内に戻り、使われていない教室に連れ込まれた。案外丁寧に椅子を差し出され、おずおずと座る。



「よく来たな……」

「来たっていうか連れてこられたんすけど」

「――私の名前は谷川詠だ」



 俺の発言は完全に無視された。

 谷川さんは堂々と足を組み、皇帝のように顎をあげる。

 あまりに存在感の強い姿に自然と唾を飲み込んでしまった。



「お前を呼んだのは、ほかでもない。赤城さんに関することだ」

「夜宵の?」

「……まさか名前呼びとはな。相当親密らしい」



 彼女は少しのあいだ動きを止めて、不敵に笑う。



「単刀直入に言おう。私の仲間になれ。新たに柴方高校シバコーの頂点に君臨することになる私のもとにつけば、お前の地位は盤石のものとなるだろう。男だからと面倒事に巻き込まれる心配もない」



 それは魅力的だな。今朝からよく話題に上がっているように、俺は結構な頻度で巻き込まれる。主要人物と関わっているせいかもしれない。



 俺は数秒ほど考えて、返答した。

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