大将戦の始まり
高岩日向と鳴神命の戦いは、十数分に及んだ。
すでに両者ともに余裕はない。
震える膝を精神力でもって、何とか立たせているだけである。
「ハァ……ハァ……」
「くっ……やる、ッスね……」
「ありがとう……ございます……」
息も切れ切れ。
日向は鼻血を親指で拭って、それでも一歩進んだ。
喧嘩の主導権は日向が握っていた。
しかし、命は引かなかった。
いくら攻撃を受けようと、決して屈しなかったのだ。
おそらく喧嘩の強さでは、日向のほうが勝っているのだろう。
事実、怪我の具合では命のほうが酷い。
とうに倒れていてもおかしくないほどの見た目に、「諦めない」という燃料で、心もとなく立っている。
「はぁ……参ったッス。これ以上腕が上がりません」
なおも戦いを続けようとしたが、彼女は構えが取れない。
どうしても肩より上に腕が上がらないのだ。
さすがの命も苦笑した。
「これが……最後です」
「いやぁ、強いッスね」
日向の拳が弱々しく頬に突き刺さる。
まるでハエでも止まったかのような勢い。
されど命にとっては、重たい一撃だったのだろう。
彼女はゆったりと背中から倒れ込み、日向によって抱きかかえられた。
「……一応敵なんスから、こーゆーコトしないほうがいいと思うッス」
「でも命さんは立派な人です。無様に転がっているところなんて見たくありません」
「〝無様〟って……なかなか言うッスね」
「あ、いや、違――!」
「わかってるッスよ」
命はふっと笑って手を伸ばした。
くしゃりと日向の髪をなで、宣言する。
「ボクの負けッス」
聞くやいなや、その場にいた全員が――気絶している湊を除いて――二人に駆け寄った。皆が心配そうな表情で囲んだせいだろうか、彼女らは苦笑していた。
「赤城さん、そんな
「だって……だってぇ……!」
「命。余計なコトを言うんじゃありません。怪我に響きます」
「ち、ちょっと浅間さん怖いッス……」
「怖くさせているのはあなたでしょう」
浅間さんの顔は俺からは見えないが、命の反応からして相当恐ろしいことになっているようだ。
しかし、それもまた心配ゆえ。
命も満更でもなさそうである。
「これで一勝一敗か」
日向を抱きかかえた千明が、目を細めて夜宵に視線をやった。
抱えられた日向は抵抗しているけれども、「お前実はもう立てないだろ」と言われると黙りこくる。
「あたしの相手は……」
「榛名千明です。よろしく」
「ヤンキーのくせに礼儀正しいね?」
「私はそーゆーの大事にしてるんで」
「へェ。知ってると思うケド、あたしは赤城夜宵」
二人の間に火花が散った。
俺は大人しく日向を受け取って、湊が倒れているところまで歩いていく。
さすがに異性に抱きかかえられるのは恥ずかしいのだろうか。
日向は全力で抵抗してくるが、やはり喧嘩のダメージは大きい。
「――だ、お前はなんでそんな躊躇がねェんだよ!」
「日向は怪我人。介護みたいなもんだし」
「だからってなぁ……!?」
いまだに眠りこくっている湊の横に腰を下ろして、同時に日向も地面に優しく横にする。
固い地面にそのままというのも申し訳ないので、膝の上に乗せて。
俗にいう膝枕である。
「――――――――!!!」
声にならない声が聞こえた。
変な鳴き声をあげたのは日向だ。
彼女は目を回して、「きゅぅぅ」と目を閉じる。
「えぇ……?」
「拓馬さんはプレイボーイでしたか」
「いやいや、浅間さん。俺は純情な青少年ですよ」
「絶対嘘ッス。そんな軽そーな見た目で純情とか大嘘ッス」
命をおんぶして浅間さんが歩いてきた。
彼女は俺のとなりに腰をおろし、静かに嘆息する。
「――まさか最終戦まで
「予想外でしたか」
「えぇ。私の相手も予想外の強さでしたが、それ以上に命が負けたというのが意外でしたね」
「申し訳ないッス……」
「責めているわけではありません」
あなたは最善を尽くしたでしょう。
と浅間さんは優しくほほえんだ。
普段は無表情なインテリ眼鏡である浅間さんの柔らかい表情は、ギャップもあって非常に可愛らしく見えた。
「どっちが勝つと思うッスか」
「夜宵でしょう」
「まぁそりゃそうッスね」
命の問いに、一切の迷いなく答える。
浅間さんは夜宵の勝利を疑っていないようだ。
「今まで夜宵が喧嘩で負けたのを見たことがありません」
「たしか一年の頃から無敗でしたっけ?」
「えぇ。それからずっと
「ひぇ〜ボクには想像もできない世界ッス」
漫画の知識はあるが、やはり信じられない話だ。
あの常日頃から喧嘩をしている学校で、一年の頃から負けなし。
だが――。
「……拓馬さんは、何か異論がおありで?」
「え?」
「考えがありそうな横顔でしたので」
浅間さんは訝しげに尋ねてきた。
どうも思考が表情に出ていたようだ。
俺は苦笑して、
「いや、そう簡単に行くかなと」
「簡単に――?」
向こうでは千明と夜宵の喧嘩が始まろうととしていた。
二人は数メートルほどの距離を空けて睨み合っている。
今にも破裂しそうな風船。
それを思わせる空気だった。
「あたしね、相手の強さを測るの得意なんだ」
「へぇ」
「お前……強いでしょ」
「私が? こんなに面倒くさそうに生きてる人間ですよ?」
「嘘ばっかり。瞳の奥がギラギラしてるよ」
「くは」
さきほどまで
千明は口角を思い切り上げて笑った。
まるで悪魔のような声で。
「――さァ勝負しようぜェ!?」
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