榛名千明の実力

 千明と一緒に自動販売機の前で悩んでいたところ、数人の女子生徒が歩いていくのが見えた。



「……?」



 わずかな違和感を感じる。

 何人かはニヤニヤとしていて、中心にいる女子は顔を伏せて。

 なぜか彼女らから目が離せなかった。



「どーしたよ拓馬クン」

「いや、あれ」

「……イジメかァ?」



 千明は不快そうに首を傾げる。

 チッと舌打ちまでした。

 


 彼女は苛立たしげに自動販売機のボタンを押す。



「私あーゆーの嫌いなんだよな」

「カッコ悪い?」

「そ。ダセェじゃん」



 ゆったりとステイオンタブ――缶の蓋についているやつ――を開いた千明は、しかし噴き出してきた液体をもろに顔に被った。

 ぴた、ぴたと髪から雫が滴る。

 彼女はひたすらに無言であった。



「――イライラするわぁ」

「行くの?」

「おーよ。炭酸が噴いたのもアイツらのせいに違いない」



 それは違うと思うけど。

 と呟いて、俺は彼女についていく。



 女子生徒達がたどり着いたのは空き教室だった。

 卑屈そうに顔を歪めている女子の背中を押して、ぞろぞろと入室していく。

 千明は肩を怒らせ、



「拓馬クンはここで待ってな」

「俺も行くよ」

「巻き込まれたらヤバいから。男子だし」

「友達が喧嘩るってのに自分だけ逃げるのは違うでしょ。……まぁ、力にはなれないかもしれないけど」



 自信はない。

 今まで一度も喧嘩などしたことがないのだ。



 それを聞いた千明は苦笑して、こちらに手を伸ばしてきた。

 ふさりと頭をなでてくる。



「じゃあ私が拓馬クンを守るぜ」

「ありがと。騎士ナイト様とか呼べばいい?」

「ヤンキーにそれは似合わねェな」



 無意識に繰り出されたナデポを回避しつつ、俺は千明と肩を並べて歩いていき、堂々と教室の扉を開いた。



「……アァん? んだよお前ら」



 中心格と思われる女子生徒が、眉をしかめて立ち上がる。

 千明はまるで俺を守るかのように一歩出ると、芝居じみた口調で言った。



「イジメなんてダセェことしてんじゃねェよ」

「……あぁ、何だ、こいつ・・・の友達かなんかか?」



 彼女はニヤついて指を指す。

 服を剥がれて涙をこぼしている、眼鏡をかけた女子を。

 あまり露出はないが、それでも見える青あざなどが痛々しい。



「いんや? 知らねェ」

「……じゃあ何で教室に入ってきた」

「ジュースが噴いたんだよ。なけなしの金を突っ込んだコーラがさァ」

「だから何だよ!」



 言葉を発しながら、相手は殴りかかってきた。

 傍から見ているだけでも速い。

 しかし千明は余裕を持って受け止める。



「それにさァ、後ろで王子様が見てるんだワ」

「好きな男の前でカッコつけようってか?」

「そのとーり。どうよ、イカしてるだろ」

「おめでたい頭がイカれちまってんなァ!」



 止められた手とは逆の拳を振るう。

 正面から向かい合う形だ。

 俺からは千明の表情は見えない。


 

 けれども、落ち着いているのだろうと確信できた。

 歯磨きをするがごとき自然体で、彼女はそれも打ち払う。



「なっ!」

「寝ぼけてんのか? 喧嘩するには、ちと遅すぎるぜ」



 千明は搦め手も何もないパンチを放った。

 直線的な攻撃に、相手は反応できない。

 しっかりと頬に入った拳は、相手を立てなくするのに十分だった。



 白目をむいて彼女は倒れる。

 教室に顔を巡らせた千明は、悠々と腕を組んだ。



「で、他には」

「う――うぉぉぉぉ!」



 髪を染めた女子が突貫する。

 顔色は真っ青で、まるで死地にでも飛び込むかのような。

 そして実際のところ、彼女にとっては同義だった。



 勢いを乗せて飛んできたストレートパンチを躱して、千明は右フックを放つ。

 こめかみに入ったそれは相手の動きを止め、やがて沈黙させた。

 下半身から力が抜けて相手は沈み込む。



「…………」



 そこからは一瞬だった。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す彼女ら。

 なかには骨のある奴もいたが、迫りくる攻撃をカウンターでもって返す千明。

 俺は眼前で繰り広げられる光景を、黙って見ていることしかできなかった。



『フィスト』において榛名千明は最強格のキャラだ。

 転校する前の地域を締めていた、生え抜きの不良。



 それは女の子になっても変わらない。



「……ふゥ」

「千明大丈夫? 怪我とか」

「してるように見える?」

「無傷かな」



 不敵に笑った彼女は拳を向けてくる。

 一瞬困惑するが、すぐに理解した。

 俺も拳を向けてフィストバンプをする。



「あ、あの……」



 そこにイジメられていた女子生徒が、おずおずと声をかけてきた。

 一応は制服で身を隠しているけれども、十分目のやり場に困る。

 さり気なく目をそらした。



「あ、ありがとうございました!」

「礼なんていらねェよ。さっきも言ったと思うケド、私は炭酸飲料の恨みを晴らすために喧嘩しただけだから」

「それでもです! 本当に、ありがとうございました!」



 千明は困った表情で頬を掻く。

 眉を下げてこちらに助けまで求めてきた。



 かといって俺がすることもない。

 肩を竦めて、彼女の背を押す。



「あー……慣れねェな、こーゆーの。さっきの奴らはしばらく関わってこねぇと思うけど、もしまたイジメてきたら私に頼ってくれてもいいぜ」

「はい!」



 女子生徒の目はキラキラとしていた。

 憧れの英雄でも見つめるかのように、光り輝いて。

 気まずそうに千明は口の端を歪める。



「……行こーぜ拓馬クン」

「仲間になりたそうにこっちを見てるよ」

「〝いいえ〟だ〝いいえ〟」



 足早に教室を去る彼女の背中を見送って、俺は苦笑した。



「……あの子、実は恥ずかしがり屋なんだ」

「……そ、そうなんですね」

「……服だいじょぶ?」

「……だ、大丈夫です」



 今さら自分の格好に気付いたのか、眼鏡をかけた女子生徒は、握りしめた制服でなけなしの遮蔽を作り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る