妙義湊の……実力?

「たい焼きが食いてェ」

「は?」


 

 授業が終わり教室内がざわめき出した頃。

 つかつかと歩み寄ってきた湊は、沈鬱な表情で言った。

 俺は思わず気の抜けた声を出してしまう。



「たい焼きよ、たい焼き」

「そりゃわかるけどさ」

「たまに食いたくならねェ?」

「どう……なんだろう」



 日常生活においてたい焼きをあまり食べない。

 それほど食べたくなることがないのだ。



 湊は我慢できぬといった様子で嘆息する。



「てな訳で購買行こーぜ」

「購買にたい焼きが売ってるの?」

「おーよ。マストだからな」



 染められた茶髪を揺らして、彼女は先導して歩いていく。

 腰のあたりで緩やかに縛られた髪が、まるで尻尾のように左右へ。

 テンションの上がった大型犬みたいだなぁ。



 購買にたどり着くと、そこには大勢の生徒が群がっていた。客を捌いているお兄さん――呼び方には配慮した――は忙しそうだ。



 特に俺は欲しいものがある訳ではないので、湊を見送って壁に体重を預ける。

 腕を組みながら人の山を眺めていると、



「本当にヤンキーばっかだな……」



 という感想がこぼれ落ちた。

 彼女らは一様にギラギラとしている。

 


 やはり人が多ければ購入するのにも時間がかかるので、数分ほど待っていても湊は戻ってこない。荒波に揉まれているのが見える。



 少しほっこりしながら佇んでいると、すでに買い物を終わらせたらしき女子生徒二人組が、こちらの存在に気付いて歩いてきた。



「あれ、どーしたのお兄さん」

「暇? ちょっちあーしらと遊ぼーよ」

「いや人を待ってるんで……」



 髪を頭上でお団子にし、サイドには剃り込みが入っている生徒だ。

 陰キャな自分にとっては天敵と言っても過言ではない。



「ダイジョブだって」

「そーそー。あーしらのほうが絶対楽しいぜ?」

「いやほんと、やめてください……」



 見た目は金髪でも、俺の心はピュアな童貞ボーイである。

 制服を着崩して胸元があらわになっている彼女らに迫られれば、さらに顔を伏せて追い詰められるしかなかった。



 そんな振る舞いがなおさら二人を勢いづけたようで、ついに壁ドンまでされて、息のかかる距離まで近づかれる。



 購買の前でこのようなイベントを起こしたものだから、観客の生徒達からは面白がるような声が聞こえてきた。

 なかには「私も混ぜろー!」のからかいまで。



「へへ、観衆が集まってきちまったナ……」

「まァ少し場所変えようや……」



 二人はそう言うと、俺の腕を掴んでくる。



 ついにおしまいか。

 諦めて目をつぶった。

 だが、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきて。



「拓馬」

「……夜宵?」



 まぶたをこじ開けると、そこには満面の笑みの夜宵が立っていた。

 周りからざわめきが聞こえてくる。



「おい、赤城さんの知り合いかよ……!?」

「じゃあ噂の〝お気に入り〟って……!」



 二人はあわあわと視線を巡らせ、やがて「すみませ〜ん!」と走り去ってしまった。俺は呆然として彼女らを見送る。

 まさか登場するだけで追い払ってしまうとは。

 それが番長の格というものなのだろうか。



 夜宵はこつこつと近づいてきて、



「何かされたの?」

「いや、何も」

「そ。よかった〜!」



 純真な子供っぽい笑顔を浮かべた。

 彼女は心配そうに首を傾げて、胴に引っ付いてくる。



 すると無事たい焼きを購入できたらしい湊が、顔を真っ青にしながらこちらを見ているのに気付いた。

 まるで「これから死ぬ映画のキャラ」でも眺めているかのような。

 夜宵のイメージ的にも仕方ないのだろうか。



 俺は苦笑する。



「夜宵」

「んぅ?」

「今日はどうしたの。珍しいね」



 結構な頻度で彼女を学校で見かけるが、浅間さんの話によると夜宵が登校するのは珍しいらしい。

 だからそう問いかけると、夜宵は楽しげに目を細めた。



「拓馬にね、会おうと思って!」

「俺に?」

「うんっ!」



 いつもの教室行こ!

 と彼女は腕を引っ張って、目的の場所へ足を進め始める。



 しかし湊のことがよぎって、俺はそちらへ視線をやった。

 


「……ぁ、拓馬クン」

「――あァ、いつぞや喧嘩を売ってきた女か」



 どうやら夜宵も湊の存在に気付いたようで、ゆっくりと双眸を向ける。

 蛇に睨まれた蛙。

 固まってしまった湊は、ぱくぱくと口を開け閉めするばかりだった。



「お前も来い」

「へ、へぇっ!? 私もですか!?」



 三下全開の口調となった彼女は、全身から媚びたオーラを発し始める。

 ダサい。ものすごくダサい。

 まぁそれが妙義湊という人物の魅力なのかもしれないが。

 俺は口元に微笑が浮かぶのを堪えきれなかった。



 湊は特段文句も言わずに――あるいは言えずに、部活棟までついてくる。最上階まで登ったときには、彼女はすでに気絶しかかっていた。

 白目の端から涙が滲み出している。



 尊大にソファに座る夜宵。

 飴玉を噛み砕いて、残った棒を湊に向けた。



「名前は……何だっけか」

「は、ははぁ! わたくしめは妙義湊でごぜェやす!」

「その口調腹立たしいからやめてね」



 勢いよく床に正座した湊は、プライドをかなぐり捨てたとしか思えない言動でもって、目をそらしたくなる自己紹介をした。

 夜宵は冷たい表情で一刀したが。



「拓馬の友達だから見逃してたケドさ、何であんな雑魚に絡まれるワケ。お前――湊が弱っちそうだから、だよね? 〝妙義派〟とかいうのを名乗ってるくせに」

「……そ、そうなるんですかね」

「そうなるだろうよ」



 背もたれに肘を置いて、夜宵は呟く。



「雑魚に絡まれるのを防ぐにはどうすればいいか。簡単だ。そいつが舐められないくらい強くなるか、後ろ盾があればいい」

「は、はぁ」

「そこで」



 ――赤城派と妙義派とで、戦争ケンカをするってのはどうかね。

 その提案は、俺の知識の中にも存在した。

 ただし漫画では数カ月後の出来事である。



 またもや展開が早まりそうな気配に、めまいがした。

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