高岩日向の実力

 高岩日向は赤城派に戻るため一緒に行動している訳だが、では何をすれば戻れるのかというと不透明である。

 事実、『フィスト』では彼女は赤城派に戻っていない。

 俺は慣れない日向との二人きりに、体を固くしていた。



「どーよ調子は」

「問題ないよ」



 いちごミルクを飲みながら、彼女は隣に座っている。

 ベンチの背もたれに腕を回して、堂々と大股開きであった。

 実に不良らしい。



「……あー、拓馬クンとは初めてか。二人きり・・・・になるの」

「そっすね」

「敬語やめてくれよ。同い年タメだろ」



 懐からタバコを取り出し、咥える。

 様になった振る舞いで日向は煙を吐いた。



「そーいや、私が赤城さんに追放されたワケ言ったっけ」

「言って……ないね」



 漫画の知識は持っているが、直接本人の口から聞いたことはない。それを知っていると述べれば違和感しか抱かれないだろう。

 俺は素直に首を横に振り、彼女は静かに呟き始めた。



「私立冴巻さえまき高校……ってのが隣の市にあるんだよ」

「知ってる。柴方高校シバコーと張るヤンキー校でしょ」

「なら話は早い。うちと冴巻高校サエコーはめちゃくちゃ仲が悪ぃじゃん。お互いの学生が話すのも駄目、みたいな風潮が流れてるくらい」



 昔っから戦ってばっかなんだよなァ。定期戦とかあるから悪いのかね。

 と日向は灰を落とす。



「んで私の幼馴染が冴巻高校サエコーに通っててさ、別に大丈夫っしょ! みたいな感じで遊んでたら、ちょうど赤城さんと出会っちゃってね。制服着てたから速攻バレた。そりゃもーボコボコよ」



 たしかその幼馴染は二年生で、冴巻高校でもかなり上の方の立場にいたはずだ。

 柴方高校における罪は自然と重くなる。

 俺はただ聞き役に徹した。



「……だー、何言ってんだろ私」

「不満とかストレスとかは、溜めないほうがいいらしいよ」

「それ不良わたしに言うか? 不満とかストレスだとかと対極の存在だろ。今だって未成年喫煙してっし」



 自嘲するように煙を吐いて、彼女はため息をつく。

 まるで粘つく淀みが無理やり喉を通ってきたかのようだった。



「それによぉ、こんな場面で言うことじゃねェよ」



 日向はいちごミルクの空パックを投げ捨てる。

 瞬間、ぐしゃりと音を立てて潰れた。

 圧倒的な存在感の太い脚が、霜でも踏むかのように。



 ふしゅうぅぅ……と漏れ出た息が聞こえる。

 蒸気を伴ったそれは、俺達の未来のようだった。



「どーよ調子は」

「まぁ最悪かな」

「奇遇だな。私も」



 つーか二人きりじゃねェなと、彼女は嘆息する。



「――オォン? いつまで駄弁ってんだアァ?」

「何だよ待ってくれてたのか?」

「ワタシ様は優しいからなァ、遺言くらい聞いてやるさ」

「だってさ。どーする拓馬クン」

「残すものもないしね……」



 俺達は二人して肩を竦めた。

 目の前には不良が立っている。

 見慣れない制服を着て、さぞ自信があるのだろうという立ち姿だった。



「たまたまコンビニで会っただけなのにネ」

「もしかして俺達って運悪いんじゃない」

「しかもあのカッコ冴巻高校サエコーだろ?」

「喧嘩っ早そう」

「早そうってか喧嘩売られてるんだワ」



 日向はおもむろに立ち上がる。

 こちらを守るかのように、背中で隠しながら。



「何か私に用でもあンの?」

「お前、高岩日向だろ」

「あら私ってば有名人?」

柴方高校シバコーの鼠だってもっぱらの噂だぜ」

「照れるね。鼠って可愛いだろ。ちゅーちゅー」



 手でヒゲを作って、おちょくるように頬へ添える日向。

 人間というよりもゴリラのほうが近しいと思われる見た目をした相手は、額に青筋を走らせた。



「どうやら相当死にたいようだ……!」

「何キレてんの。タバコでも切れたか?」

「殺す……ッ!!」



 飄々ひょうひょうとした態度を崩さない日向に、お相手はついに突撃する。太い足で地面を蹴り上げ、彼我の距離をゼロに。



「オラァ!」



 勢い盛んに振るわれた拳は、しかし宙をいだ。

 余裕を持って回避した日向は伸び切った腕を掴む。

 相手が攻撃に体重をかけていたのを利用して、重心を崩し、同時に肘を捻り上げた。



 さすがの相手の顔も歪む。

 日向は躊躇しない。



 思わず下がってしまった相手の顔面に、情け容赦一切なしの膝を叩き込んだ。鈍い音がこちらにまで聞こえてきた。

 俺は自然と痛みを想像してしまい、全身に鳥肌を這わせる。



「あ、が、ぐぅ……!?」

「んだよ。私を殺すんじゃなかったのかよ」



 拘束を解いた彼女は、おまけとばかりに首筋へ蹴りを放った。

 場所によっては大怪我になっていただろうが――あるいは狙い通りか。

 思い切り攻撃を入れられた相手は、立ち上がるのもままならず、ただ膝をついて空咳を繰り返すだけであった。



 仁王立ちする日向の髪が、ぱさりと揺れる。

 姫カットというやつだろうか。

 頭頂部にかけて黒くなっている面倒くさがり屋の象徴的なそれが、不思議と格好良く見えた。



「――普段は面倒くさいから喧嘩とかしねェけどよ」



 彼女はつかつかと距離を詰めていく。

 数度の攻防で心が折れた様子の相手は、ひたすらに震えるばかりだった。



「私、実は強いぜ?」

「ひぃぃぃぃっ!?」



 興味なさげに相手の顔の横――地面を踏みつけると、相手は言葉をなくして動かなくなった。気絶である。



「おーい拓馬クン」

「……ヤバいね」

「あら惚れちった?」

「ドキドキした」

「罪な女で悪いね」



 日向はバチッと片目を閉じた。

 いわゆるウインクだが、異様に似合っていない。

 まるで福笑いのようだ。



『フィスト』における高岩日向は、普段は面倒くさがり屋で喧嘩をしない、ぱっと見怠惰な男だった。

 しかし気に入った相手が窮地に陥っていたりすると、実力を発揮して無類の強さを誇る。



 目の前でそれ・・を存分に見せられた俺は、思わず唾を飲み込んでしまった。前におちょくったこと根に持たれてないかな。

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