浅間忍にサプライズ

 警察署の保管所からバイクを盗み出してきた翌日、俺と命は意味深なやり取りを視線で行っていた。

 違和感を抱いた様子の浅間さんは、眼鏡を開かせ首を傾げる。



「どうしたのですか、悪戯をする子供のような真似をして」

「いやいや何でもないッス」

「そうです。俺達は何もしてないです」



 昼頃に夜宵がバイクを持ってくる手はずになっていた。

 せっかくだからサプライズにしようと、浅間さんには伝えていない。

 


「そうですか――」



 いくら疑問を抱いていても、明確な根拠がなければ詰められない。漫画で頭脳明晰として描かれていた彼女であっても、それは変わらなかった。



 時間が経って落ち着いたらしいが、それでも多少はバイクのことを引きずっているようで、浅間さんは重苦しくソファに腰を下ろす。



 危機を切り抜けた俺達は息を漏らした。

 教室の時計は十二時を指し示している。

 まもなく約束の時間だ。



 すると校舎の外から特徴的なエンジン音が響いてきて、浅間さんはパッと跳ね起きた。さすが持ち主だ。聞き覚えがあったのだろう。



「……まさか」

「どうしたんスか浅間さん」

「あっそーだコンビニ行きましょーよ浅間さん」



 華麗な連携プレイで彼女を外に連れ出す。

 なぜか顔をしかめた浅間さんは、意外に素直についてきた。

 玄関で急ぎ靴を突っかける。校庭に出ると、すでに校門で仁王立ちをする夜宵の姿があった。



 浅間さんは言葉もなく立ち尽くす。

 夜宵の傍らにバイクが佇んでいたからだと、俺は確信した。



「昨日からコソコソしていたと思ったら……」

「え、バレてたんスか」

「目覚めたら教室に誰もいませんでしたから」



 あなた達は私を置いてどこかへ行く人間じゃないでしょう、と彼女は少し恥ずかしそうに視線をそらす。

 


しのぶーっ!」

「はぁ……単車それは警察署に押収されたのでは?」

「だからね、盗ってきたの!」

「捕まったら酷いことになっていたでしょうに」



 バイクを押して夜宵が腕を振った。

 眼鏡を押し上げながら浅間さんが尋ねると、単純明快な答えが返ってくる。



「もしやお二人も?」



 そう言って、彼女は俺達に視線をやってきた。

 命と見つめ合う。どうする? 怒られるやつかこれ?



 しかし浅間さんは額を押さえ、



「夜宵。後輩を巻き込むな」

「えぇーっ!」

「違うッス先輩。ボク達が率先して行ったんスよ」

「なおさらたちが悪い。後輩が危ない橋を渡ろうとしたら、身を呈してでも止めるのが先輩の役目です」



 彼女は夜宵にデコピンをする。

 かなりの音を立てて攻撃された夜宵は、痛そうにしゃがみ込んだ。



「うぅー……相変わらず強い……」

「拓馬クン。先輩は怒らせると怖いッス」

「以後気をつけます」

「失礼ですね。完全に聞こえてますよ」



 ため息をついた浅間さんは、けれども優しい笑みを浮かべる。

 そっと俺達三人に腕を回した。



「ですが……ありがとうございます。正直なところ、単車これは諦めていました。あなた達のような仲間を持てて、私は本当に嬉しい」



 三人で視線を交わらせる。

 誰からともなく花がほころぶように、温かい息が漏れた。

 やがて浅間さんにもそれが伝わり、四人で笑い始めた。



「ごめんねー忍ぅ。あたし免許取るからぁ」

「そのためには頭の出来をよくしなければ」

「んな失礼なっ!」

「実技は完璧なのに、試験で毎回落ちているでしょう。何回くらい落ちました? 私の覚えている限りだと四回は超えていますか」



 最後まで締まりきらないのも、何だか面白かった。



     ◇



 ――四人が校庭でそんなことをしている頃、教室の中では妙義派の三人が話していた。千明は外を眺めながら、



「拓馬クンが女に抱きしめられてるぜ」

「ハァ!? 許せないのだが!?」



 湊は憤った。

 机を思い切り叩き、勢い盛んに立ち上がる。



「お、そのまま突貫か」

「応援してるぜー」



 やる気なさげに手をヒラヒラするのは、プリン頭が印象的な高岩たかいわ日向ひなただ。彼女はいちごミルクをストローで吸いながら、沈鬱そうにため息をつく。



 日向は榛名達とは違うクラスなのだが、せっかく一応の仲間になったのだからと、湊が無理やり引っ張ってきたのだ。

 おかげで肩身が狭そうである。



 弁当を突いていた千明は箸を止め、片眉を上げた。



「やっぱ赤城派に戻りたいかい」

「まァ、そりゃな」

「私は誰かの下につくのが嫌いだから、あんまワカんねェケド」



 彼女は再び校庭を眺める。

 抱きしめられている三人は遠くから見ても楽しげだ。

 


あーゆーの・・・・・が羨ましいってのは理解できる」

「……それって私のことを寂しがりだって言ってんのか?」

「そーとも言う」



 馬鹿にすんな、と日向は手刀を叩き込んだ。

 それを甘んじて受けた千明は、どこか影のある表情で笑う。



「私は、もう仲間と一緒に笑えないからな」

「何言ってんだよ? あいつがいるじゃん」



 日向は湊を指差した。

 まァ馬鹿だケド、と付け加えて。

 目を丸くした千明は噴き出す。



「おいおい、あんな馬鹿の仲間って名乗ったら、恥ずかしくて近所のコンビニにも行けなくなっちまう」

「じゃあ私で妥協しとけよ。期間限定の付き合いだけどな」

「くはは。いーなソレ」



 椅子の背もたれに体重をかけた彼女は、そっと目をつぶって、湧き上がってくる笑みを噛み殺したのであった。

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