割とヤバいことをしている

 夜。植え込みに隠れながら、俺達は警察署の様子をうかがっていた。

 命は前髪から覗く目を引くつかせている。



「……さすがにビビるッスね」

「これ捕まったらどうなるんでしょう」

「多分そこまでッスよ。警察も暇じゃないですし、しかも赤城さんは有名な不良ッス。『またお前かいい加減にせェよ』くらいで済むはずッス」



 変な友好関係ということだろうか。

 夜宵は少し離れたところで、地面に何かを置いて確認していた。



 ペンチ。

 バール。

 ガムテープ。

 ドライバー。

 ライター。

 アイスピック。

 釣り糸。

 他にも〝そういうこと〟に使えそうな品目の数々が、堂々たる趣で佇んでいるのである。この現場を押さえられただけで捕まりそう。



「でもあれだけ用意周到だと、普通に捕まりそうな気もするッス」

「計画的犯行の場合は罪が重くなりますもんね……」

「赤城さんのロリフェイスに期待ッスね」



 命は重苦しく唾を飲み込んだ。

 

 

 そうこうしていると夜宵が立ち上がる。

 決意に満ちた横顔で、実に凛々しい。

 警察署に忍び込む前でなかったらドキドキしていたかもしれない。



「――往くよ」



 彼女は颯爽と歩きだした。

 慌てて俺達もついていく。



 保管所の前にたどり着いたとき、そこに一名の警官が立っているのが見えた。不真面目な態度で、集中はしていない。



「どうするッスか」

「マッポ相手に喧嘩はまずいよね〜」



 命の質問に対し、夜宵は指を顎に添える。

 軽やかな声の調子に対して真剣だ。



「見てください赤城さん」

「んー?」

「あいつ、エロババアに違いないッス。職務中にもかかわらずエロ本読んでるッス」

「しかも今日発売の最新号だね……」



 このあたりは暗いが、警察署のほうは光が灯されているので明るい。監視の警官は片足に重心をかけながら、一冊の本を読んでいた。

 小さくて詳しく見えないけれども、かろうじて男が表紙に載っているのは認識できる。



 コンビニなどに行ったら肌色の男ばっかりがいるのを知って、悲しくなったのを俺は思い出した。



「私にいい案があるッス」

「と、いうと……?」

「拓馬クン」

「えっ俺ですか」

「拓馬クンにしか頼めないコトなんスよ」



 本気マジな眼差しを向けてくる命。

 無意識に一歩後ずさる。

 嫌な予感がしたのだ。



「ちょっとあのエロババアの気を引いてきてほしいッス」

「そういうの得意じゃないですよ!」

「大丈夫ッスよ。拓馬クンはエロいから安心してほしいッス」

「何も安心じゃない!?」



 ぽんと肩に手を置かれて、思い切り払う。

 しかし彼女は満面の笑みを浮かべて、



「こんなこともあろうかと用意してたんスよ」

「……バニースーツ!? 一体どこから!?」

「さァさ観念するッス」

「いやだ俺が着るのは地獄絵図にしかならない!」

「ボクは嬉しいッスよ」

「あたしも嬉しいなっ」



 夜宵まで参戦してきて、いよいよ追い詰められた。

 目前に迫ったバニースーツ。

 俺はとうとう諦めそれを受け取るのであった。



 さすがに異性の前で着替えるのもどうかということで、二人から距離を取り、誰の目もない茂みで着替える。



 サテンのポリエステルという素材のため肌触りはいい。

 男が着るという聞き心地の悪さがなかったら最高だった。

 


 慣れない着衣に四苦八苦していると、バニースーツが恐ろしいほどのハイレグであることが発覚した。

 足の付根まで鋭角に広がり、いくら何でも羞恥心を刺激する。



 一体どこに需要があるんだと辟易しながらストッキングを履き、今まで体験したことのない感覚に襲われた俺は、ため息をついて二人のもとまで歩いていった。



「――おぉ……!」

「完璧ッス拓馬クン! これならあのエロババアも鎧袖一触ッスよ!」

「そっすか……じゃあ行ってきますね……」



 もはや誉れも何もない。

 男の子として大事なものを失ってしまった。

 無表情に警官のところまで行く。



「すみませぇん」

「――む、何かね。本官は絶賛勤務に忙しいので、できれば後にしてほしいのだが……」



 エロ本を閉じた彼女は静かに視線をあげると、驚愕したように双眸を開いていった。やがて最大まで開かれきったとき、



「ば、バニーボーイ!?」

「ちょっと背のファスナーが開けられなくなっちゃってぇ、どーか助けてくれませんかぁ?」



 できる限り甘ったるい声を出す。

 自分で聞いて吐きそうになるが。



「そ、それは非常事態だな! 仕方ない、ここは本官が一つ手を貸そうじゃないか。断じて劣情を催したなどではないが、あぁまったく致し方ない」



 彼女はしきりに視線をあちこちに飛び回らせ、頬を明白に紅潮させて、俺のほうへ歩いてきた。

 気付かれないように夜宵と命の影が滑り込む。



「あーん警察さんったらダイターン」

「ぬおっ偶然にも手が背に侵入してしまった!」

「警察署の前じゃ駄目ですよぉ?」

「じゃあもっと暗がりに行けば大丈夫なのかナ!?」

「ふふふぅ、それはぁ、秘密」



 死にたい。

 なんだこの言動は。

 大和やまと男子おのこの振るまいか?



 俺は瞳を完全に殺しながら、ウフフと空虚な笑みを浮かべていた。

 二人とも早くしてくれ。

 このままでは魂が死ぬ。



 そっと単車を押して二人が出てきたのを認めると、さらに侵入した手を深めようとする警官を――いやマジで変態だなコイツ――押し留めた。



「あー、やっとファスナーが下ろせましたぁ」

「本当に大丈夫かな!? どれ、本官が確かめてしんぜよう」

「遠慮しときますー。ありがとうございましたー」



 さっと頭を下げて立ち去る。

 普通に犯罪に加担しているのだ。捕まったらアウト。



『なっ、鍵が壊されている!?』という声を背中に聞きながら、俺達三人は全力で逃げ出した。

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