まぁこうなるとは思っていた

 湊に呼び出され、とある家の前に立っている。

 表札には「妙義」の文字。

 何かヤンキーらしいものがあるわけでもなく、普通の一般家庭のようだった。



「よ、おまたせ」



 車庫からひょっこりと顔を出した彼女は、にししと屈託のない笑みを浮かべる。

 俺は首を傾げて尋ねた。



「『いいもの見せてやる』って何?」

「ふふふ、いいもの・・・・



 手招きをされたので歩いていく。まだ昼だが電気がつけられていないせいで、車庫の中は暗い。

 影に混ざりながら湊は胸を張った。



「じゃじゃーん! どーよ!?」

「……わ、バイク?」

「イカすっしょ!!」



 静かに佇むのは黒いバイクだった。

 ロゴマークの描かれた白い反射が、一部だからこそ目立つ。

 自慢気に向けられた湊の視線に、俺は両手を上げた。



「ゼファー?」

「おうよ!」

「でも高かったんじゃないの、学生の身分には」

「……あー、別に私の単車って訳じゃなくてさ、ねーちゃんのなんだよ」

「お姉さんいるんだ?」

「いけ好かねー野郎だけどな」



 彼女は「ふん」と鼻を鳴らす。

 しかし双眸には柔らかい光が宿っており、言葉に反して深い愛情を感じられた。

 


「拓馬クン」

「ん」

「まァこいつを見せた時点でわかってっとは思うケド、今日呼んだのは他でもない……そう! ひとっ走り行かね!? ってワケ」



 車庫に鋭い風が吹き込んでくる。



「いいよ。俺の方から頼みたいくらい」

「いよっし! じゃあケツ乗ってくれ」

「お熱いラブコールだな……」

「ちげーよ!? 後ろ乗れってコト!」



 反射的に冗談を口にすると、意外にも彼女は純情に頬を染めた。

 焦ったようにバンバンと――もちろん加減して――シートを叩く。

 そっと後ろに失礼したところ、茶髪から覗く湊の耳の先端は、今にも発火しそうなほど赤くなっていた。



「ちなみに聞いとくんだけどさ」

「おう」

「免許とか持ってる?」

「……さァ気張ってこー!!」

「遺書とか書いといたほうがよかったかな」



 体の底から震わせるエンジンの音が、颯爽と車庫から飛び出した――!



     ◇



 バクバクとうるさい血流を聞きながら、妙義湊はハンドルを握る。

 最初は着けていなかったが、ヘルメットを装着してよかったと思う。

 高群拓馬に「髪が痛いから着けてよ。あと心配だから」と言われ着けなければ、真っ赤な耳がバレてしまっていたはずだ。



 ――こいつ、引っ付きすぎだろォ……!?



 湊の神経は背中に集中していた。

 控えめに回された腕と、ほのかに感じる体の前面部分。

 そこから心臓の拍動まで読み取れる気がする。



「風が気持ちいいねぇ」

「だしょ!? 私もこれが好きなんだよー!」



 表面上はいつも通りを装っているが、緊張で声が震えていないか心配だった。

 


 たしかに、期待はしていたさ。

 男の子とのツーリングデート・・・・・・・・

 否応なく接触する。



 期待していないと言ったら嘘になる。



 ――だけどさァ! これは躊躇なさすぎなんじゃないの!?



 拓馬は遠慮していたほうが危険だと知っていたので、しっかりと湊の身体に腕を回していた。

 もちろん異性だから慎ましやかに。

 それでも彼女にとっては大事件だった。



「どこに向かってるの?」

「うーん、特に行き先はねェけど。どっか行きたいトコある?」

「そうだなぁ……」



 そして湊は気付いてしまう。

 カーブの度に抱きつく力が強くなると。



「………………」

「ねぇ何か急に曲がる頻度上がってない?」

「気のせいっしょ気のせい」

「そうかなぁ……」



 ヘルメットで見えないが、彼女は無表情で言った。

 納得いかないように拓馬は首を傾げる。

 


 そのようにして道を走っていると、やがて前に改造を施したバイクが現れた。格好からして旧車會きゅうしゃかいだろうか。



「湊、運転抑えたほうがいいよ」

「おーう……」

「何で車間距離詰めまくってんの話聞いてる!?」

「おーう……」



 彼女はトリップしていた。

 意識はすでにここになく、ただ背中にのみ集中している。



 おかげで拓馬の言葉は耳を通り抜けるだけで、迫りくる改造バイクに気付くのが遅れた。

 湊がブレーキをかけた頃には、すでにプレートに当たるほど距離が詰まっていたのだ。



 こつん――。

 寸前で止まったタイヤが、軽い音を立ててキスをする。



「舐め腐った運転してんじゃねェゾ!?」

「ひぇぇぇぇぇ!?」

「テメェどこんモンだ言ってみろやァ!」



 やかんのごとく沸騰した改造バイクの主は、即座に振り返ってメンチを切った。

 シールド越しに視線が合う。意外にも、彼女の瞳は綺麗だった。



「あ、あ、あ、あ……」



 当然湊には関係ないが。

 白目をむいて気絶してしまいそうである。

 自分が乗っている状態で気絶などされたら、惨劇が生み出されるのは想像に容易い。



 拓馬は慌てて湊の頭を叩いた。



「ちょ、寝るな死ぬぞ!?」

「……はっ」



 起きた彼女は思い切りアクセルを捻る。

 反射のようなものだったのだろう。

 急激に加速した車体は、拓馬の体勢を崩させた。



「おい湊ォ!」

「なぁに拓馬クン」

「変な逃げ方したせいで後ろから追っかけて来てんだけど!?」

「後ろ、って……」



 湊はミラーを見る。

 ミラー越しに合う視線。

 先程ぶつけた相手だった。



「ぴえぇぇぇぇぇっ!?」

「テメェ謝罪もせずに逃げてんじゃねーゾ!!」



 すいませぇぇぇぇん!!!

 と情けない声が響く。



 そんなもので相手の気持ちが収まるはずもなく、この勃発的に発生したバイクレースは、しばらくの間続くのであった。

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