夜の公園での出会い

「だからさァ、こう真正面から突っ込むワケよ」

「絶対に負けるだろ。私は乗らん」

「千明が来なきゃ勝てねェんだって!」



 とある焼肉屋に二人の不良がいた。

 榛名千明と妙義湊である。



 彼女らは網を睨みつけつつ、話を続けた。



「拓馬クン盗られたままなんだぜ? 許せるのかよ!?」

「いやお前のせいだから。そこ抜かすんじゃねェ」

「そりゃ……そーだケド」



 湊は肉を掴み、タレに付ける。



「あ、ちょい私のだぞソレ」

「薄情者に食わせる肉はねェから」

戦争るか……!?」



 落ち着いてサラダを食べていたところ、丹念に育てていた肉を奪われた千明。彼女はがたりと腰を浮かす。



 二人は拓馬がボウリング場に行っている間、湊の提案で焼肉屋に訪れていた。

 千明は嫌々だったが。



「でもさァ」

「おう」

「実際問題どーするよ」


 

 湊は顔を歪めて天井を見上げる。

 考えるのは〝赤城派〟攻略の方法だ。

 とてもではないが、たったの二人では。



「お前がいつものホラ吹けばいいじゃん」

「ホラなんて吹いてないんだが……!?」

「よくーよ」



 今度は奪われないように気をつけながら、千明は肉をトングで掴んだ。



「まず正面から行くのは無理だ。数が違いすぎるし、こっちの戦力は一人きりだし。やるとしたら各個撃破だな」

「そーなるよなァ……ん? 一人?」

「リーダーはお飾りだし」

「私を数に入れてない!?」



 湊は愕然とした。

 しかし千明は飄々ひょうひょうとしている。

 軽々と肉を口にした。



「うまぁ。久しぶりに食ったわ」

「……やっぱ割り勘にしねェ?」

「嫌だよ」



 焼き肉の代金は湊が払うという約束をしているのである。

 でなければ千明はわざわざ足を運ばなかっただろう。



 寂しそうに財布の中を見つめながら、彼女はため息をついた。


 

 無事に友好を深め――終始喧嘩していたが――二人は店を出る。すっかりあたりは暗くなっており、遠くからは愚連隊の声が聞こえた。



「ちょっち公園そこまで歩こーぜ」



 湊は店からすぐの公園に歩いていく。

 自然な動きでタバコを取り出すと、颯爽と火をつけて――。



「ゴホッゴホッゴホッ!」

「カッコつけるから……」



 呆れた様子の千明は肩を竦めた。

 しかし介護の手に淀みはない。

 悲しいことに慣れてしまったようだ。



「もったいねェ」と呟いて、千明は吸い差しを咥える。

 適当にふかしながら、夜の公園を歩き始めた。



「……ん?」



 二人とも無言で足を進めていると、街灯の下に影が見えた。



「うわ酷ェ怪我」

「どっかで喧嘩でもしてきたんかね」

「だろうなァ。柴方高校シバコーの制服着てるし」



 もたれ掛かっている女子は、口元から若干の血を吐いている。

 だからといって同情もしない。

 彼女らは不良である。あまりに慣れ親しんだ姿であった。



 そのまま通り過ぎようとしたところで、湊がニヤリと口の端を歪めた。



「嫌な予感しかしねェ」



 千明は思い切り顔をしかめる。



「おい、ダイジョブか?」

「……ゴホッゴホッ」

「酷い怪我だなぁ誰にやられたんだ」



 棒読みであった。

 むしろ清々しいほどの大根演技であった。

 傍から眺めていた彼女が天を仰ぐ程度には。



「……んだ、お前柴方高校シバコーの奴かよ」

「制服も着てねェのによくわかったな?」

「顔見たことあんだよ。あと肉臭ェ」



 ぺっと唾を吐き出して、女は立ち上がった。



「誰にやられたか、だったっけ?」

「おう」

「まァ私の落ち度ではあるんだが……赤城夜宵だよ」



 彼女は悔しそうに頭を掻いた。

 湊はますます笑みを深くする。



「そいつぁ不運だったなぁ。そこで提案なんだケド、私達の派閥に入らないかぁ?」

「直球すぎるだろ。もうちっと隠せよ」



 千明は思わずツッコんでしまった。



「お前らの派閥ぅ?」

「おーよ」

「んな弱っちそうなトコ入ったらお天道様に顔向けできねェや」

「アァン!?」



 反射的に手を出す湊。

 すかさず繰り出されたカウンターに沈む。



「えぇ……弱……」

「悪いねうちのボスこんな・・・なんだ」

「きゅぅぅぅ……」



 反撃した彼女も困惑していた。

 気持ちは理解できるぞ、と千明は苦笑する。



「まァ派閥の話は置いといてサ。赤城にボコされたってのが気になるから、ここは一つ私達に教えてくれないかね」

「んー……別にいいかぁ」



 女はぽりぽりと頬を掻いて、



「誰が悪いかってったら私なワケよ。冴巻さえまき高校に幼馴染がいてさァ、そいつとは仲いいから遊んでたの。そこを赤城さんに見つかっちゃってねぇ」

「うわぁ……よりにもよって冴巻高校サエコーかよ」



 冴巻高校は、柴方高校に匹敵するヤンキー校である。

 隣の市に位置するのもあり、非常に仲が悪い。

 


「しかもそいつ・・・、知らなかったんだケド結構偉い立場らしくて」

「最悪じゃん」

「そ。んでボコボコにされたってワケ」



 はぁ……とため息をついた。



 不良にとって面子メンツは命よりも大事なものだ。そこから考えれば、彼女の振る舞いは責められてしまう。

 たとえ相手が幼馴染だとしても、である。



 その暗黙の了解を理解している千明は、そっと慰めた。



「いや、まぁ、不運だったな」

本気マジで赤城さんは悪くないのよ。ケーソツな私の行動が原因だったの。あの人敵にはめちゃくちゃ厳しいけどサ、仲間にはびっくりするくらい優しーから」



 彼女は寂しそうに微笑む。



「私は榛名千明」

「え?」

「じこしょーかい。アンタの名前は?」

「いきなりだな……」



 千明の強引な行動に、笑みの種類が変わる。

 照れくさそうに胸を張った。



高岩たかいわ日向ひなただよ。別に長い付き合いになるとは思わないケド、とりあえずヨロシク」

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