赤城派の集会場

 寂れたボウリング場。

 そこに夜宵の先導で訪れていた。



「…………」



 思わず息を呑み込んでしまう。

 まるで幽霊でも出るような。

 そこまでは言わなくても、何かしらは潜んでいるだろうと確信させる外観だった。



 建物の中に入ることを躊躇していることを見抜いたか、夜宵は相好を崩して、握りしめる手の力を強くする。



「なぁに拓馬。ビビってんの?」

「……ちょっとね」

「可愛いーっ!」

「……」



 男としてプライドに来るものがある。

 けれども、この世界では彼女の反応が当然なのだ。



 俺は苦笑した。



「本当にここに皆が?」

「うんっ。いつも集まるときは〝ここ〟か〝ゲーセン〟なんだ!」



 夜宵は手を引いて走っていく。

 リードに引きずられるように、否応なく飲み込まれていく。



 この先にいるのは不良達だ。

 自分のような陰キャが下手したら・・・・・、酷い目に遭うだろう。

 気合を入れなくてはならない。



 扉をくぐり、しばらく進んだ先には――。



「赤城さんが来たゾ!!」

「うーす!!」

「夜宵クンお久しぶりッス!」

「ほら、お前いつまでも遊んでんじゃねェ!」

「あっすみません! こんにちは!!」

「隣のやつ誰だ……?」



 髪は色とりどり。

 黒髪もいれば茶髪もいるし、金髪などカラフルだった。

 そして一様にギラついている・・・・・・・

 不良らしい目付きをした彼女らは、一斉に挨拶をする。



 俺はそれだけでも萎縮してしまったのだが、夜宵は慣れたように語尾を揺らし、ゆるやかに中央へ足を進めていった。



「ちゅうもーく!」



 彼女の言葉で周囲は沈黙に包まれる。

 痛いほどのそれに、喉がカサついた。



「あのね、面白い男がいたから皆に紹介しようと思って!」

「名前は高群たかむれ拓馬さんです」



 眼鏡を光らせながら、浅間さんが出てくる。



「もー何で言っちゃうの! あたしが言おうと思ってたのに!!」



 地団駄を踏んだ夜宵を宥めすかして、彼女はこそっと耳打ちしてきた。

 急に女性が近づいてきたから体が硬直する。



「拓馬さん」

「は、はい」

「いい感じの自己紹介をお願いします」

「え……いや〝いい感じ〟って」



 背中を押された。

 無表情で浅間さんは腕を組む。

 


「可愛い子には旅をさせよ、です」



 背中に集まる視線に、俺は汗が流れるのを感じた。

 ブリキのような動きで振り返る。

 不良の群れ。横からは夜宵の期待の目。



 とにかく何か言わなければ。

 ひっくり返りそうな声を抑え、



「ご、ご紹介に与りました、高群拓馬と申します。本日はたいへん月が綺麗な夜で、この出会いに相応しい日かと存じますが――」

「拓馬かたーい!」



 夜宵が思い切り肘を入れてきた。



「拓馬は緊張しいでね、いつもはもっと面白いんだよー! 皆も話しかければ理解わかると思うけど!」



 やはり自分は陰キャである。

 首に手を回してくる彼女に、変な笑いを浮かべるしかできなかった。



 どうやら紹介は済んだようで、堅苦しい空気がなくなる。



「拓馬よろしくッス」

「……鳴神さんとは面識あるじゃないですか」

「ふふふ、気分ッスね」



 優しく肩を叩かれたので、そちらに視線を向けると鳴神さんが立っていた。

 前髪の隙間から覗く瞳が輝いている。

 意外にも悪戯好きらしい。



「拓馬に任せとくと日が明けそうなんで、ここは先輩である私に任せるッスよ」

「え、ちょ……結構力が強い!」

「女の子ッスから」



 彼女は手首を掴んで、見慣れぬ不良のもとへと歩いていった。



「見るッス。いかにも男慣れしてなさそーな面子メンツでしょう」

「何だゴラァ!」

「テメェ調子乗ってんじゃねェぞ!!」



 鳴神さんは彼女らを指差す。

 ご丁寧に鼻で笑いながら。



 すると一人の女子が寄ってきて、大きな口で告げた。



「こんなコト言ってっけどねェ! 鳴神あきらっつー女は今まで彼氏の一人もいたことのねェ恋愛クソ雑魚なんだよ!!」

「なっ」

「そーだそーだ!」

「男の子の前だからってカッコつけてんじゃねぇゾ!」

「このメンクイ!!」



 取り消すッス〜!!

 と鳴神さんは顔を真っ赤にして拳を振り上げる。

 彼女らはニヤニヤとして「してやったり」顔だ。



 阿呆あほうみたいなやり取りだが、おかげで力が抜けた。

 さっきまで持っていた先入観がなくなっていく。

 


「……どーッスか。緊張は解けました?」



 ひとしきり騒ぎが収まったところで、鳴神さんは振り返ってきた。



「……俺のためだったんですか」

「やつらを馬鹿にしてやりたい気持ちもあったッス」



 普段から背丈で馬鹿にされてきましたから。

 と不満げに自身の足元を見つめる彼女。

 たしかに俺よりも二十センチは低いだろうか。



「まァ私はオネーサンですから」

「学年が一つ違うだけでしょう……」

学生あなたにとっては、大事ッスよね?」



 どこまでも見透かされている。



 前世のことを考えれば、こちらのほうが年齢は高い。

 けれども勝てる気がしなかった。



 俺は無言で両手を上げる。

 降参の合図だった。



「拓馬は不思議ッス」

「何がですか?」

「わざわざ柴方高校シバコーに入学してきたのに、そこまでヤンチャ・・・・な感じがしないッス。しかも金髪なのに」

「あはは……」



 まさか入学式直前に転生に気付きました、なんて言えない。

 誤魔化すようにして頬を掻いた。



「でも何とかなりそうでしょう」

「……鳴神さんのおかげで」

「うーん、やり直しッス」

「え?」



 彼女はしばらく宙に視線を彷徨さまよわせ、



「赤城さんみたく、私のことも名前で呼ぶッス」

「……あきらさん?」

「『さん』も要らないッス。呼び捨てでドーゾ」

「………………あー」



 さすがに恥ずかしい。

 しかし輝く片目に勝てなかった。



「――命」

「……くは、照れるッスねこれ」



 俺達は見つめ合って頬を赤くした。

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