なんか着々と巻き込まれているような

 俺がいつもどおり登校すると、なぜか息を切らした湊が走り寄ってきた。特に関係ないのだが、前世の実家で飼っていた大型犬を思い出した。



「拓馬クンっ!」

「どうした」

「お婿に行けない身体にされてない!?」

「朝っぱらから何を言ってんだ」



 睡眠不足の疑いがある彼女は、一通りこちらの体を調べ終えると、露骨に安心してため息をつく。



「ふぅー……」

「ねぇ湊どうしたの」

「私に聞くなよ」



 隣の席の千明に尋ねてみた。

 冷たくあしらわれた。



 面倒くさそうに顔を歪めて、



「〝妙義派〟とか訳のわからないことを言い出してから、ずっとそうなんだよ。むしろ私が助けてほしいくらい」

「妙義派?」


 

 聞き覚えがある。

『フィスト』に登場する派閥だ。



 お調子者である妙義湊が、まだ誰にも勝ったことがないのに作った派閥。

 案の定主人公である榛名千明は巻き込まれる。

 そんなこんなを経て、どんどんと大きくなっていく派閥だ。



 もう出来たのか。

 だいぶ早いな。



 俺は夜宵のことを念頭に置きつつ、漫画の展開がずいぶんと早く進んでいることに危機感を覚えた。

 後半になるにつれて喧嘩の規模とか危険度が上がっていくんだよなぁ……。



 チャイムが鳴ったことで自分の席に戻っていく湊を見送って、未来に対する不安感を息にして吐いた。



「はぁ……」

「どーよ拓馬クン」

「え?」

「いや実際のトコ。何かされたんじゃねーの?」



 千明は形の良い鼻梁にシワを寄せる。



「赤城夜宵っていい噂聞かないし」

「例えば……?」

「自分を裏切って敵に媚び売ってた奴を、情け容赦なくボコボコにしたとか。機嫌が悪いときに前を横切った奴を血祭りにしたとか」



 たしかに。

 漫画だとそうだった。



 けれども俺の目で見た限りでは。



「いやぁ……うーん」

「何だよその煮えきらない感じ」

「判断しづらいというか」



 想起する。

 そんなこと・・・・・をするような人物とは、到底思えない。



 かといって否定し切ることもできない。

 判断が非常に難しいのだ。



「ふゥん」



 千明は冷めた表情で顎を撫でた。



     ◇



 一応は〝赤城派〟の人間になってしまったようなので、俺は部室棟の階段を登っていた。

 


 緊張に痛くなる心臓を抑えて、扉を開く。



「失礼します」

「おや、拓馬さんではないですか」



 そこには浅間忍さんがいた。

 彼女はソファに座って足を組んでいる。

 片手には缶ビール。



「……飲酒は程々にしとかないと、後々痛い目見ますよ」

「まるで体験してきたかのような語り口ですね」

「いやぁ、あはは」



 前世では結構飲んでいたからなぁ。



 俺は頭を掻いた。



「赤城さん――夜宵はいないんですか?」

「まァ夜宵が学校に来ること自体が珍しいですから」



 昨日は特例ですよ。

 と浅間さんは眼鏡を光らせる。



「拓馬さんこそ大丈夫なんですか?」

「……?」

「ほら、友達付き合いとかもあるでしょう」



 彼女は立ち上がり、慣れた手つきでタバコを咥えた。

 小気味いい音でライターを鳴らす。



「――ふぅ……。何だか面白そうなことをしているそうじゃないですか。榛名千明と妙義湊、でしたか。〝妙義派〟とかいうのを立ち上げたと聞きましたよ」

「……耳が早いですね」

「私の仕事ですから」



 それにしたって一年の情報を――たかが二人の動向まで調べ上げているのは、さすがである。



『フィスト』において浅間忍という男は、直接的な戦闘よりも情報収集や、参謀的な働きをすることが多かった。

 見た目からしてもインテリ眼鏡だから、自然とも言える。



 下手な返答をするとやられる・・・・

 俺は粘つく唾を飲み込んで、



「あたしが来たぞーっ!」



 バン、と思い切り開かれた扉に肩を跳ねさせた。

 浅間さんと見つめ合う。



「……どうやら、本気マジで気に入られているようですね」

「どうでしょう……珍獣とかのたぐいじゃないですか……」

「何であたしを無視するの! ねぇってば!」



 夜宵は腰に手を当て、頬を膨らませた。



「拓馬っ!」

「……ん」

「今日はね、皆に拓馬のことを紹介するの」

「皆?」



 子供らしい言葉足らず。

 いや実際には高校生な訳だが、やはり目前にすると信じられない。



「あたしの仲間! 〝派閥〟って言ったほうがわかりやすい?」



 彼女は首を傾げる。



「今日の夜にね、皆で集合することになったんだ」

「……もしかして俺を紹介するためだけに?」

「もっちろん!」



 ぎゅるるるるるるるぅ。

 と胃がストレスに鳴き始めた。

 俺も泣きたいよ。



 柴方高校シバコーの生徒はだいたい八百人くらいで、そのうちの半分以上が赤城派だ。残りは中立を標榜している。

 つまり、最悪四百人を前にしなければならない。



「あ、人数のこと気にしてる?」

「……うん」

「大丈夫。本気マジで仲のいい子しか呼んでないよ」



 夜宵は楽しそうに飴玉を振った。



「だから……十人くらい!」

「……頑張ります」

「何で敬語なのもーっ!」



 ぽこぽこぽこ、と殴られる。

 しかし子供じみた強さだったので問題なかった。

 


 それ以上に、先行きに対する不安でいっぱいだ。



 俺は喧嘩とかが苦手だから、できる限り漫画の展開に巻き込まれないように行動しようと思っていたのだが。

 気付いたら、なんか着々と巻き込まれていないか?



 自分みたいなモブがなぜか赤城夜宵に気に入られているようだし、もはや指標となってくれる漫画すらも、信用できるか怪しい。



「……まァ頑張ってください」



 浅間さんの、純粋な労いの言葉が染みた。

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