〝妙義派〟の誕生秘話?

「真っ昼間からゲーセンか……」

「拓馬はそーゆーの嫌い?」

「ちょっとドキドキ」



 俺は緊張に乾く唇を舐めた。

 


 夜宵に手を引かれて、ゲームセンターへ。

 大音量のBGMが耳に飛び込んでくる。



 ひょんなことから拉致――と言うには優しすぎるが――されてしまい、なんと学校から抜け出して遊びに来てしまった。

 たしかに他の生徒は結構な割合でやっている。

 けれども、まさか自分までも行ってしまうとは。



 罪悪感と高揚感で鼓動が変になっていた。

 静かに後をついてきていた鳴神さんが、「ごめんね」と舌を出す。



「ボクらは不良ッスから。早いうちに拓馬も慣れておくといいッスよ」

「いつも抜け出してるんですか?」

「うーん、たまにッスかね」



 黒髪の隙間に宿る双眸が、悪戯に細められた。



「実はボクも興味あるんスよ」

「というと?」

柴方高校シバコーに男子は全然いませんから。異性と遊んだことがないんスよ。だから楽しみにしてるッス」



 期待が重い。

 俺は微妙な苦笑を返すしかなかった。



 腕を引かれながら結構進み、夜宵が振り返ってくる。



「拓馬! あれ!」

「……レースゲームか」



 前世の感覚からしてみれば、レトロゲーという部類に入るだろうか。

 椅子がやけに大きいのが特徴だった。

 先に座った彼女は座席を叩いて、



「早く早くっ」

「……失礼します」



 正直なことを言うと、隣の少女と『フィスト』の赤城夜宵が結びつかない。自分でも疑ってすらいる。

 純朴そうな少女と、荒っぽい大男。



「?」



 にっこりと夜宵が笑った。

 湊が襲いかかったときに見せた冷酷な表情が、重なってブレる。



「俺やったことなくてさ、教えてよ」

「うん! もっちろん!!」



 彼女が硬貨を入れると、いきなり画面に男が登場した。

 それも薄着の。

 いや、むしろ全裸よりも酷い。



「…………えぇ」



 貞操逆転の影響だろう。

 頭では理解していても、目の当たりにすると気持ち悪い。

 何が悲しくて男のそういう姿を見なければいけないのか。



「やっぱ男の子ってこーゆーの苦手?」

「積極的に視界に入れたいものではないかな」

「ふぅん」



 夜宵は唇を尖らせて、不思議そうにプレイを開始した。



     ◇



 妙義湊が走っている。

 自身の教室に到着し、一目散に彼女・・のもとへ。



「――千明ッ!」

「何」


 

 プリンを口にしようとしていたところを邪魔されて、榛名千明は不機嫌そうであった。気にせず湊は続ける。



「拓馬クンが攫われた!」

「ハァ?」

「ほら、赤城夜宵だよ! 柴方高校シバコーの番長の!」



 あぁ、と千明は宙に視線を彷徨わせた。

 実際に見たことはないが、噂のあれか。



「それで?」

「それで、って……」

「私には関係ないだろ」



 気にせずプリンを頬張る。

 ぱーっと花のような笑みを浮かべた。

 ヤンキーでも中身はやはり少女のようだ。



「関係大アリっしょ!」

「何で」

「だって拓馬クンは私達〝妙義派〟の一員で……!?」

「ちょいタンマ。え?」



 千明は目を閉じる。

 頭痛を抑えるかのように額を押さえ、



「まず〝妙義派〟ってのは」

「文字通り私の派閥だケド……」

「入った覚えがねェな」



 もはや先は見えた。

 見えたが、質問せねば話が進むまい。



「しかも〝私達〟ってのは何だよアァン?」

「そりゃここにいるのは二人しかいないっしょ。私と、千明。あと今はいない拓馬クン」

「どうして私がそのアホみたいな派閥に入れられてんだ、って話をしとろうが……!」



 空になったプリンの器を握りつぶす。

 脳裏をよぎるのは以前のことだ。

 喧嘩を売ってきた湊。

 勝ったのは自分だったはずだが……?



「だって私が勝ったし……」

「世界線ちごうトコで育ったんけワレ」

「ぴえぇぇぇぇっ!?」



 言葉遣いがおかしくなるほどキレた・・・様子の彼女は、腰を抜かした湊に詰め寄っていく。



「お? 調子乗ってんじゃねぇゾ!?」

「すみませんんん!!」



 相変わらずの弱さであった。

 湊は情けなく土下座をした。



 さすがにきまりが悪くなった千明は、視線をそらして頬を掻く。



「……んで」

「……?」

「さっきの話の詳細を話してみろ」



 はぁ、と嘆息した。

 何だかいつもこんな・・・な気がする。

 気が付くと、湊のペースに巻き込まれている。



 千明は乱暴に椅子に座ると、



「――ふゥん。お前が弱っちそーなのを見つけたから、喧嘩を売ったら不運なことに赤城夜宵で。一発で負けたから拓馬クンを取られちまいましたと」

「おう! 早く取り戻さなくちゃ……!」

「いやお前のせいだろ十割で」



 これ私が何かする必要ある?

 と肩を竦めた。



「赤城の言うことも尤もじゃねェか。負けた奴は何かを失うのがルールだろ」

「ぐ、ぐぅぅぅ……!」



 湊は悔しそうに歯噛みする。



「だって……!」

「だってもヘチマもねェだろ」



「あー、もう」と髪を振り乱して、千明は勢いよく立ち上がった。

 床にへたったままの湊はぽかんとしている。



「行くんだろ」

「え」

「『え』じゃねぇよ『え』じゃ」



 彼女はさっさと廊下に出ていってしまったため、慌てて追いかける湊。先に歩いていた千明はふと立ち止まると、ゆったりと振り返った。



「〝妙義派〟とか名乗るんならサ」

「……お、おう」

「もちろん矢面に立つのはお前なんだよな?」



 だったら協力してやるよ。

 


 それは完全な善意からの言葉だっただろうか。

 いや、そうではない。



 後に妙義湊は回想した。



 ――あれは、私を赤城との戦いの全面に出させて、憂さ晴らしをしてやろうと思っていたに違いない、と。

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