囚われのお姫様ってワケ
漫画の赤城夜宵は筋骨隆々である。
目の前のヤヨイちゃん――夜宵はロリである。
月とスッポン。
表現の仕方は何でもいいが、とにかく違いがありすぎた。
俺は開いた口が塞がらない。
夜宵は不思議そうに首を傾げる。
「どしたんタクマ?」
「詐欺ってこういうことか」
「どゆこと??」
ますます首の傾きが大きくなった。
「――まァそれはそれとして、
「ピエッ」
一瞬にして表情のなくなった彼女は、いまだ無様に床に転がる湊を指差す。
「あたしに喧嘩売るとは、いい度胸じゃねェか」
「いいいいいやすみませんまさかその赤城夜宵大先輩でいらっしゃるとはつゆ知らず、
柴方高校の番長、赤城夜宵は有名だ。
こうして入学してから一ヶ月少々の一年生でも存在を把握しているくらいに。
よりにもよって勝負を仕掛けてしまった湊の顔は真っ青である。今にも死んでしまいそう。緊張のし過ぎで言葉遣いまで変になっていた。
「拳を振るったってのは、
「あっ、そのっ、違――」
夜宵は歩を進めて、湊の目の前にたどり着く。
「アッアッアッアッ」
「――別に、馬鹿は嫌いじゃねェ」
「アッアッ…………?」
そして、膝を折った。
涙に濡れる湊の頬を撫でる。
撫でられた彼女の頭のなかには疑問符がたくさん舞っていることだろう。
「ずいぶん殴りかかられることもなかったからなァ」
「す、すみませぇぇん!!」
「許してやる。あたしは心が広いんだ」
夜宵は満面の笑みを浮かべた。
「――が、まァそれは置いといて」
「エッ」
矛先が俺に向けられる。
まるで肉食動物のような視線。
「
「え???」
「負けた奴はすべてを失う。
にやり、と。
見た目にそぐわない冷笑だった。
「行くよタクマっ」
「え、俺?」
「当たり前じゃんっ」
何のために面倒くさい
と夜宵は棒付きキャンディーを振る。
「昨日タクマ
「……捕まえる?」
「捕まえるっ!」
がしっ。
俺の腕は彼女に抱きしめられてしまった。
加減してくれているのか痛みはない。
「あたしの派閥に入ってよ!」
拒否権は、なかった。
◇
「どうも、
そう言って、彼女は眼鏡を指で押し上げた。
ここは教室がある棟とは別の建物――部室棟の、最上階に存在する一室である。中にいるのは四人。
浅間忍は『フィスト』に登場するインテリ眼鏡だ。
例に漏れず女の子になっている。
「えーっと……
前髪で顔が覆い隠されているのが特徴的な、鳴神命がプチプチを潰しながらこちらに視線をやってきた。
どうしてプチプチをしているのかは不明だ。
俺はボスの本拠地に単身乗り込んで――というか連れてこられてしまったせいで、肩身の狭い思いをしている。
ソファに寝っ転がった夜宵は、八重歯を光らせて飴玉を噛み砕いた。
「どーよ!? 面白い男でしょ!」
「まァ……面白くはあるんですかね」
「〝面白い〟ってか〝珍しい〟じゃないですか?」
二人は首を傾げる。
本来、漫画では赤城夜宵との戦いが始まるまで、作中で一ヶ月の期間があった。
その間に榛名千明達は仲間を増やしている。
しかし現在の俺の状況は、一切合切をすっ飛ばしての囚われのお姫様である。
ウケる。
いやウケねぇ。
いつ夜宵をキレさせて、血みどろ肉ズタ袋にさせられるか。
怖くて怖くて仕方なかった。
「拓馬っ!」
「……何でしょう」
「もー! さっきから何で敬語なの!?」
「いや、やっぱ先輩なので」
「あたしが許す!」
彼女は頬を膨らませる。
「……夜宵?」
「うむ! それでよし!」
こわごわと呟いてみたが、どうやら問題なかったようだ。
満足そうな表情の夜宵。
「遊びに行こーよ」
「え? 今から?」
「うん!!」
教室の壁にかけられた時計を見る。
現在時刻は十二時を少し過ぎた頃。
昼休みだけれども、外出が許されるわけではない。
「怒られると思うよ」
「え、拓馬
「そりゃあ学生だし」
「可愛いー! さすが男の子!」
おーよしよし、とまるで犬でも撫でるかのように、夜宵の小さな手が俺の頭を撫で回した。
正しいのはこちらのはずなのに。
納得できない。
「拓馬さん」
浅間さんの声が聞こえた。
眼鏡がきらりと光る。
「気にしなくても、皆やっていることですよ。皆でやれば怖くない」
「赤信号理論だ……」
「ビールとか飲みます?」
「何であるんすか!?」
「不良の嗜みです」
冷めた表情で彼女は缶ビールを差し出してくる。
さすがに冷たくはなさそうだ。
別に冷たければ飲んだということもないけれど。
真面目な性格をしていそうな見た目に反して――『フィスト』のことを考えれば当然だが――堂々と浅間さんはビールを呷った。
「もしかして下戸ッスか?」
コソコソと、鳴神さんが囁いてくる。
前髪の隙間から覗く瞳が嬉しげだ。
「実はボクもなんスよ。お仲間ッスね」
「…………あっはい」
いや、普通に法律的に駄目でしょ。
なんて言葉は喉に引っ掛かって出なかった。
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