なんで展開がこんなに早いんだよ

 赤城あかぎ夜宵やよいという敵キャラがいる。

 柴方高校の三年で、筋骨隆々な肉体の持ち主だ。

 


 偶然にも昨日出会ったヤヨイちゃんと同じ名前だが、貞操逆転の影響で女子になっていたとしたら、絶対にあんな小さくならない。



『フィスト』で彼との戦いが始まるのは序盤だ。

 言わば序盤のボスである。



 榛名千明と妙義湊が色々な喧嘩に巻き込まれ、その名が学校に広まった頃。

 トップを張っている赤城は彼らの様子を伺いに行く。

 気に入った赤城は二人を傘下にしようとするが、誰かに下に付くことを嫌う千明は拒否する。

 そこから戦いが始まるのだ。



「大体一ヶ月後くらいか……?」



 俺の記憶によれば、赤城戦が始まるのはそれくらいの時期である。

 ということは、しばらく余裕があるな。

















「私は天下取るつもりなワケよ」

「おん?」



 授業が終わり――柴方高校では授業なんて飾りだが――湊が近寄ってくる。

 加えて意味のわからない言葉。



「負けっぱなしじゃあ、いられんよな?」

「千明に喧嘩売るってこと?」

「……それは、ちと早いっしょ」

「怖いんだ」

「怖くないが!?」



 彼女は千明の背中に向かって中指を立てた。

 バレないようにするのがこすい。



「ま、まずは地盤を固めるトコから」

「つまり?」

「私の派閥を作る!」



 湊は腕を組む。

 自信あり気な表情だ。

 嫌な予感しかしない。



 漫画でも同じような行動をしていたが、大体失敗していた。それは彼の実力不足というのもある。しかし、より悪いのは妙義湊の運の悪さだ。



 じゃんけんをすれば負ける。

 自販機にお金は持っていかれる。

 外を歩けば鳥のフンを食らう。



 とにかく彼は運が悪かったのだ。



「具体的にどうするつもりなの」

「まず弱っちそうなのに喧嘩売るだろ? ボコボコにするだろ? 負けたやつは家来になるのが暗黙の了解ルールだから、私の派閥が増えるってワケ」



 無理だと思うけどなぁ。

 とは言わなかった。

 俺は優しいからね。



 面倒くさかったとも表現可能。



「頑張ってね」

「なぁに言ってんのよ拓馬クン。君も付いてくるのサ」

「なんで??」

「強そうじゃん!」



 湊は満面の笑みで拳を握る。



柴方高校シバコーじゃ珍しい男子を隣に侍らせる……要は特別な存在ってコト! 私がスゲー強そーに見える!」

「短絡的思考回路かっけー」



 不良とかは怖くて上手く関われない俺だが、彼女には普通に対応できるようになった。

 主な理由は湊の残念さだ。

 なんか、大型犬みたいな印象がするんだよね……。



「馬鹿にしてる??」

「してないしてない。湊さんちょーかっけー」

「……ふっふっふ、まァ私だからな!?」



 適当におだてれば調子に乗る。

 この子いつか騙されるんじゃないだろうか。



     ◇



 このあたりでも有名な不良高校である柴方高校シバコーは、基本的にいつでも誰かが喧嘩をしている。



「おいゴラァ!!」

「んじゃボケナスゥ!!」

「何だテメェ貧乳のクセしやがって!」

「それは言っちゃあ駄目だろうが!!」



 理由はどうでもいい。

 彼女らは喧嘩が存在理由アイデンティティーなのだ。



 俺は隣に立つ湊に視線をやる。



「ほら、あれに介入すれば?」

「……いやァ漁夫の利はネ」



 女の子としてのプライドが許さんのサ。

 と彼女は全力で目をそらした。



 その後も校舎内を回ってみたが、いざ勝負が始まりそうな雰囲気になると、湊は必ず逃げ出した。



「……派閥を作るんじゃなかったの?」

「弱いものイジメは好みじゃないから」



 俺はため息をつく。



「お、拓馬クン。あれとかいいんじゃね?」



 そうこうしていると、湊が程よく弱そうな相手を発見したようで、露骨に明る声を出す。

 面倒くささを押し殺して視点を移すと――。



「……ヤヨイちゃん?」

「っしゃー勝負だゴラァッ!!」



 昨日見た背中だった。

 長い黒髪ツインテール。

 小学生であろう身長。



 どうして柴方高校シバコーの制服を着ているのかは気になるが、それよりも湊が意気揚々と勝負を仕掛けてしまったほうが問題である。

 いくら何でも子供相手に喧嘩するのは。



 情けない姿を引き留めようとするが、間に合わなかった。

 彼女の拳はヤヨイちゃんの背に当たり――、



「ぐはぁっ!?」



 湊がこちらに吹き飛んできた。

 距離にして数メートルを。



「…………は?」



 思わず声が漏れてしまう。

 現実感に乏しい光景だった。



 向こうには、無表情のヤヨイちゃんが立っている。



「――オイオイ、まさか……あたしに喧嘩を売る現実が見えてねェ奴が、まだこの学校にいたとはな」

「ひ、ひぇぇぇぇっ!」



 嘆かわしい声を発して、湊は全力で後ずさった。

 さもありなん。

 ヤヨイちゃんの表情かおは、それほどまでに凄まじかった。



「……あァン? タクマじゃん」

「あ、どうも」

「本当に柴方高校シバコーの生徒だったんだぁ」



 こちらの存在に気付くと、彼女の言動は目に見えて幼くなる。きゃるるんと首を傾げ、ツインテールが揺れた。



「……それを言うならこっちの台詞だよ」

「んぅ?」

「ヤヨイちゃんってば小学生でしょ? どうして高校に?」

「えぇーっ!!」



 心外だー!!

 とヤヨイちゃんは叫ぶ。



「あたしは高校生コーコーセーだよ!」

「……え、マジ?」

本気マジ!!!」



 嘘だろ。

 だって明らかに小学生じゃん。

 振る舞いだって子供っぽいし。



 俺はそこで、ふとした疑問にぶち当たる。



 ――おや、ヤヨイちゃんが高校生だとすると。

 しかも、柴方高校の生徒で。

 ずいぶんと驚異的な力の持ち主のようだ。



 事実の点が結ばれていく。

 


「ま、まさか……」

「どーしたんタクマ?」

「ヤヨイちゃん……その、名字を聞いてもいいかな」

「名字? おかしなことを聞くね」



 でもいーよ! 答えたげる!

 と彼女は満面の笑みを浮かべた。



「あたしの名字は……赤城。赤城夜宵だよ」



 俺は目の前が真っ暗になった。

 ボスの登場が早すぎる。

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