第壱章 柴方高校平定編

この世界も不良ばかりじゃないな

「……ナニ、拓馬クン」

「え? あぁ、いや」



 肩のあたりで切り揃えられた黒髪が、千明の傾けられた首の動きに伴って、鎖骨から滑り落ちる。

 俺は「何でもない」と呟いてパンを頬張った。



 貧弱喧嘩事件例のアレから数日。

 俺達三人は、一緒にご飯を食べる程度の仲になっていた。

 相変わらず湊は敵意マシマシだが。



 バラの植えられた中庭の中心にベンチがある。

 そこに座って昼食を取っているのだ。



「やっぱ納得できねェ」

「私もだよ」

「アァン……?」

喧嘩るか……?」

「ストップストップ」



 湊の不満に対し、千明があけすけに返す。

 勃発しそうになった戦いを仲裁し、俺はため息をついた。



 やはり不良漫画の登場人物だからか、あるいは元々の性格か。

 彼女らは非常に沸点が低いのである。



 喧嘩とか苦手だし、できる限り原作の展開には巻き込まれたくないなぁ、と俺は残りのパンを口に押し込むのであった。

















 前世の頃からゲームは好きだ。

 時代がズレているというのもあり、この世界には手軽なゲームはない。

 だから遊ぼうと思ったら、専門の施設に行くしかないのだ。



 ゲームセンターの爆音に飲み込まれる。

 不良達がたむろしている場所を避け、面白そうな筐体を見て回った。



「……ん?」



 奥まったところに、一人の少女が座っていた。

 長い黒髪をツインテールに結い、棒付きキャンディーを舐めながらレバーを倒している。



「ぬがーっ! ナニコレ難しすぎーっ!」



 彼女は思い切り背もたれに体重をかけた。

 周りに親御さんの姿はない。



 ――大丈夫か、あれ……?



 俺は心配になったが、声をかけるほどでもなかった。

 下手するとロリコンだと勘違いされかねない。

 


 ちょうど少女の隣のやつが面白そうだったので、「いや気にしてないっすよ」みたいな雰囲気で椅子に腰を下ろす。



「…………」

「…………」

「…………」

「……じーっ」

「…………」



 なんだろう、集中できない。



 硬貨を入れてしばらくゲームで遊んでいたのだが、隣からの視線がすごくて集中できない。

 構ってほしいのだろうか。

 自分で声すら発するほどに。



 俺はプレイを終了させ、体の向きを変える。



「えっと、何か用があるの?」

「ないよ!」

「そうなんだ……」

「ただ、男の子・・・が遊んでるのなんて珍しいなぁって!」



 前世の感覚からすれば首を傾げたくなる言葉である。

 しかし、この世界は貞操逆転が発生中。

 彼女の言葉通り、自分の他に男性がゲームセンターにいるのを見たことがなかった。



「そうなんだ。一人?」

「うんっ」

「俺が言うのも何だけどさ、こういうところは親御さんと来るのがいいと思うよ」

「ダイジョーブ! あたし、大人の女だから!」



 少女は誇らしげに胸を張る。

 大人に憧れる年齢か。

 思わず苦笑が漏れてしまった。



「あたしの名前はヤヨイ! オニーサンは!?」

「え、名前?」

「そーっ! 自己紹介は大事なんだよ!!」



 歳下を叱るように・・・・・・・・、彼女は飴玉を振る。



「えっと……高群拓馬だよ」

「タクマね!」



 よろしく、タクマ!

 と少女は満面の笑みを浮かべた。



 あまりに純粋な笑みに、呼び捨てだとか些細なことは気にならなくなる。



「ヤヨイ……ちゃんは、いつも一人で?」

「うん。ゲーム好きなんだ」

「俺と同じだね」



 簡単な自己紹介のあと、俺とヤヨイちゃんは一緒にゲームセンターを回ることになった。彼女が「遊ぼうよ!」と腕を引いてきたのだ。



 さすがに断るほど鬼じゃない。



 結構な時間――二時間くらいだろうか、電子の世界に熱中し、気が付くと外は暗くなっていた。



「ヤヨイちゃん」

「んぅ?」

「もう外暗いけど、親御さん心配しない?」

「だいじょーぶ!」



 俺の心配の声にも胸を張る。

 ヤヨイちゃんは大げさに、



「それに友達と約束してるんだ!」

「約束……?」

「そーっ! 十九時に集合ねって!」

「だいぶ遅いなぁ」



 この時代の小学生にしてみたら普通なのだろうか。

 感覚が違うのかもしれない。

 内心首を傾げつつ、俺は手を振った。



「そっか。じゃあ安心だね」

「安心だよ! 心配しなくてもだいじょーブイ!」

「俺は帰るけど、怖い人に話しかけられたら逃げるんだよ」

「ふふーん、あたしがやっつけちゃう・・・・・・・から」

「やっつけちゃ駄目だよ……」



 心残りはあるが、帰らないと親が心配する。

 この世界で育った記憶があるから、心配をかけるのは忍びないのだ。



 ヤヨイちゃんに見送られての帰り道は、転生だとか不良漫画だとかの重たい思考を、不思議と晴らしてくれた。



「なんだ、この世界も不良ばかりじゃないな」



 そりゃそうだ。

 何も全員が全員ヤンキーって訳じゃないだろう。

 ヤヨイちゃんみたいに純粋な子もいるのだ。



 そう考えると、胸の突っかかりが軽くなった。



     ◇



 夜の街に不良達が往く。

 制服から考えるに柴方高校の生徒だろうか。

 数十人の女子らはゲームセンターに入った。



 彼女らに言葉はない。

 しかし、足取りに一切の迷いもなかった。



 やがて建物の奥まった場所――ひと目の届きにくいところで、一斉に頭を下げる。



赤城あかぎさんお疲れ様です!!」

「いやぁ、疲れてないよ〜」



 というか歩いてきたの君達じゃんと、少女――赤城夜宵やよいは笑った。その見た目にそぐわない、成熟した表情かおで。



「……? 赤城さん、今日はご機嫌ですね」

「そー?」

「はい。何か楽しいことでもあったんスカ?」

「うーん……」



 赤城夜宵。

 柴方高校三年・・

 圧倒的な強さで、ヤンキー校と名高いそこのトップを張っている彼女は、数時間前のことを回想するように飴を舐めた。



「そうだねェ――面白い、男には会ったかな」



 今日も夜は更けていく。

 誰も知らないところで、粛々と。

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