おもしれー男……

 私立柴方高校。

 このあたりでも有名なヤンキー校である。

 校門を前にして、一人の少女がほくそ笑んだ。



 ――ここから、私の覇道が始まるってわけだ。



 高校デビューに合わせて染めた茶髪を、颯爽と風になびかせる。

 妙義みょうぎみなと、十五歳の春。



  














「ちょっち想定外だワ……」



 湊は肩を小さくしていた。

 意気揚々と入学式に乗り込んだはいいものの、周りには不良しかいないのだ。



 やはり大和撫子――この世界においては「益荒男ますらお」に相当する――らしく振る舞おうと、彼女は中学の頃から突っ張っていた。



 内心は少々ビビりだったが、その頃は無敵だった。

 周りにはナヨナヨとした女しかおらず、学校の顔のような立場にもいたのだ。



 きっと柴方高校シバコーでもやっていける、と確信するのに時間はいらなかった。



 ――間違ってたかもしれねェ……。



 湊は嘆息する。

 


 入学式といえば厳かな雰囲気を伴うものだが、なぜかタバコの煙が充満していた。教員達も注意をしない。

 生徒らは校長の話も聞かずに歓談にふけっている。

 なかには喧嘩をおっ始める者すらいた。



 ますます彼女の肩は小さくなる。



 調子に乗っていたのかもしれない。

 自分でも不良のトップになれるのだと。

 分不相応な願いを抱いてしまった。



 湊は悲しげに鼻をすすりながら、入学式を耐え忍んでいく……。



     ◇



 張り出されたプリントをもとに、自分の教室へたどり着いた。

 そっと様子をうかがってみる。

 


「ギャハハハ! それでさァ――」

「マジィ? バラしちまおうよソイツ――」

「昨日兄ちゃんの単車バイク転がしてさァ――」



「うわぁ……」



 湊は天を仰いだ。

 天井にはタバコの煤が付着している。

 視点を戻した。



 入学式はテンションが上っていたのかと思ったが、教室に戻っても不良は不良である。ファッションヤンキーな湊としては、認めたくない事実だ。



 影を薄くしながら足を進める。

 バレませんようにと。



 運のいいことに無事自分の席に到着した彼女は、息を吐きながら鞄を机に置いた。



 ――やっていけっかなァ。



 未来は暗い。

 そんなとき、担任らしき女性が入ってきた。



「うーす。担任の牛伏うしぶせまことだ。どーせお前らの小さな脳味噌じゃ覚えらんねェから覚えなくていいぞ」



 生徒が生徒なら教師も教師だ。

 牛伏は教壇に登ると、適当に黒板を叩く。



「んじゃ自己紹介しろ」



 彼女は眼鏡を指で押し上げると、一番から順に簡単な名乗りを上げさせた。



 ――どうすっかなァ……。



 湊は悩む。

 ここは女らしく格好いいことを言おうか。

 例えば「自分天下取るんで、よろしく」など。



 駄目だ、死んでしまう。

 ちょうど同じような発言をした不良が、周りの奴らにボコボコにされているのを見て、湊は考えを改めた。



「えっと……」



 思考に溺れていた耳に、不思議・・・な声が染みる。



 発言者を眺めてみると男子だ。

 柴方高校には珍しい。

 例に漏れず金髪でヤンキーっぽいが。



高群たかむれ拓馬たくまです。よろしく」



 意外にもクールな言動であった。

 彼は静かに腰を下ろす。



 見た目とは裏腹な振る舞いに、むしろ興味が惹かれた。



 そしてどうやら周囲の人間もそのようで、揃いも揃ってギラついた視線を、拓馬に向けて投射している。



 思わず呆けてしまっていた湊は、自分の番が訪れたことに気が付かなかった。



「……えっ!? あ、私?」



 慌てて立ち上がり、



「妙義湊ッス。えーと……シクヨロ!」



 完全に失敗したようだ。



 














 妙義湊が肩を落としながら歩いていると、コンビニが視界に入った。

 特に買いたい物があるわけでもないが、自然と足がそちらに向かう。



「入る学校ガッコ間違えたかも……」



 ガラケーで時間を確認しつつ、ペットボトルを手に取った。



「あ、セッターも」

「はい」



 店員が会計をしているとき、背後のタバコが目に入り注文する。

 最初はファッションで吸っていただけだった。

 しかし、最近では普通に吸えるようになったのだ。



 ――まァ、別に好きじゃないケド……。



 ポケットに突っ込んだそれを弄りつつ、さて家に帰ろうとしたとき。



「ん?」



 何か声が聞こえた。

 しかも、知っている声が。



 湊は眉をしかめ、そちらに歩いていく。



「よぉ兄ちゃん」

「そのカッコ、柴方高校シバコーの生徒っしょ」

「ちょっと遊ばない?」

「いやぁ……遠慮しときます」



「んん?」



 あれはたしか……高群拓馬だ。

 同じクラスにいた珍しい男子。

 どうやら絡まれている様子である。



 可哀想になァ、と立ち去ろうとしたところで、湊の脳内に電流が走った。これはもしや、男子と付き合える機会チャンスなのでは……!?



 彼女は踵を返し四人の下へ向かう。



 三人組が腕を伸ばそうとしていたところに、割って入った。



「あ、ダイジョブそ?」

「ありがとう……ございます?」



 拓馬は不思議そうに首を傾げて、それでも感謝の言葉を述べた。

 一見飄々ひょうひょうとした湊であるが、実際は心臓がバクバクとうるさい限りである。



 ――ヤベェー! また喧嘩売っちまったァ・・・・・・・・・・・!?



 彼女は即断即決の鬼だった。

 言い換えると考えなしの馬鹿。

 三人組は苛立たしげに距離を詰めてくる。



「邪魔すんなよ」

「アタシらはこれからお楽しみの時間なんだからサ」

「そーそー。正義漢チャンは引っ込んでろっての」



 もはや、やるしかない。



 湊が腕を構えた数秒後。



「なんだコイツ弱っちいゾ!?」

「全然強くねェじゃん!!」

「ちったぁ抵抗してみろや!!」

「ひぇーすみませぇんっ!?」



 ずいぶんと情けない場面が展開されていた。

 背中を丸めて蹴りを受ける湊。

 抵抗する気力はなさそうだ。



 ファッションヤンキーである妙義湊は、生まれてこの方本気マジで喧嘩をしたことがなかった。

 おかげで連戦連敗。

 挙げた黒星は数知れず、いまだ勝利を知らぬ敗北者である。



「誰かー! 喧嘩でーす!」

「はっ!? ちょ、おい、行くぞ!」

「クソがッ!!」

「覚えてろよ!!」



 しかし拓馬が声を上げたことで、三人組は逃げ去っていった。




「……えーと、ダイジョブそ?」

「………………」



 先程助けに入ったのとは真逆の立場になっている。

 湊は恥ずかしそうに、



「……いやぁ! 私の迫力にビビっちゃって、奴らソッコー逃げてったネ!!」

「違うんじゃないかな」

「いやいや私のおかげだって! 拓馬クンにはわからないかもだけど!」

「あ、名前知ってるんだ」



 その後もしばらく二人は話をし、やがて別れた。



「じゃーねー!」

「じゃあね」



 拓馬は控えめに手を振る。 

 反対に湊は子供のように大げさに振った。



 やがて自分の姿も見えなくなっただろう、という距離まで離れたとき、彼女は思い切りガッツポーズをする。



 これあるんじゃないの!?

 カレシ手に入っちゃうんじゃないの!?



 どうやら無様は記憶から削除されているようだ。

 湊はひとしきり喜びを表現したところで、「それにしても」と呟いた。



「――おもしれー男……」

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