白百合が散る頃

@kuro_neko0726

突然の死、突然の来訪

親友が死んだ。長い夏が終わり、夕焼けが秋の訪れを告げる頃だった。ユリの花びらが風に舞う中、彼女は交通事故で命を落とした。彼女とは中学から高校まで同じ学校に通い、いつも一緒に過ごしていた。そんな彼女が突然、いなくなってしまったのだ。彼女の葬式に参列し、写真の中で微笑む彼女を見つめながら、現実を改めて思い知らされた。涙が止まらず、ハンカチを握りしめた手が震えていた。


しかし、その一週間後の夕暮れ、彼女は幽霊となって私の前に現れたのだ。

「久しぶり、菖蒲(あやめ)ちゃん」

死んだはずの親友『百合』は、焦茶色のボブヘアを揺らしながらニコリと笑った。地面から一メートル程浮かんでいる彼女を見て、幽霊になってしまったことを悟った。膝下まである真っ白なワンピースを着ていて、その姿はまるで天使のようだった。

「百合…!?どうしてここに?」

「わたし、菖蒲ちゃんにお願いがあって会いに来たの」

いつになく真剣な表情で話した。

「あのね、実は死ぬ前にどうしても行きたかった所があるの。やり残したことはたくさんあるけど、それが一番の未練だったんだ」

真っ赤な夕焼けを見上げながら呟く彼女の言葉に、思わず

「死ぬ前に、どうしても行きたかった場所…?」

と繰り返した。

「そこに、菖蒲ちゃんと一緒に行きたいの。いいかな?」

彼女は手を合わせてお願いしてきた。

「どこに行きたいのか教えてくれる?場所によっては一緒に行けるかもしれないから」

少し間を空けてから

「わたしが行きたいのはね…ウユニ塩湖なの」

と口にした。

「ウユニ塩湖!?」

思いもよらない場所の名前に、驚きの声が出てしまった。

「そんな遠い場所に行きたかったの?」

こくりと頷いてから

「小学生の頃にね、おじいちゃんとおばあちゃんがウユニ塩湖に行ったときの写真を見せてもらったことがあるの。空と湖が一緒になっていて、本当にきれいだった。その風景を一度でもいいから見てみたいの!」

と理由を話してくれた。しかし、ウユニ塩湖に行くことは現実的に厳しかった。親友の最後の願いを叶えるためにはどうすればいいのか悩んだ。


翌日の朝、百合は再び私の前に現れた。

「菖蒲ちゃん、ウユニ塩湖はやっぱり無理だよね。ごめんね、無茶なお願いをして」

「諦めるのはまだ早いわ。実は、日本にもウユニ塩湖に似た場所があるのよ。そこは香川県にある父母ヶ浜。そこなら行けると思うんだけど、どう?」

ここなんだけど、とスマホで写真を見せると、百合は驚いたように目を見開いた後に目を輝かせる。

「ウユニ塩湖にそっくりでとっても綺麗!昨日、わたしのために探してくれたの?」

ええ、百合のためだから、と答えると

「ありがとう、菖蒲ちゃん!一緒に行けるなら、ここで十分だよ!」

ぎゅっと抱きしめられた。

「もう、百合ったら…」

でも、ウユニ塩湖に似た場所で納得してもらえてよかった、とホッとした。


直ぐに父母ヶ浜への旅の準備を整え、友人や家族に百合のことは隠して事情を話した。翌日の朝、香川県へ向かった。


父母ヶ浜には朝出発したためお昼頃に到着した。空は雲ひとつなく晴れていた。

「わぁ〜、とっても綺麗!」

子供のようにはしゃいで走り回っている。

「菖蒲ちゃん、一緒に写真撮ろう!」

「その姿だと写真に映らないんじゃない?」

はっとした顔をして

「そうだった…幽霊だと写真に映らないよね」

折角来たのに、と暗い声で呟く。暫くどうすればいいのか思考を巡らせ、一つの案が思い浮かんだ。

「黄昏時…」

「黄昏時って夕方のことだよね?それがどうしたの?」

と首を傾げる。

「黄昏時は死者と繋がることができると言われているのよ。黄昏時なら、もしかすると映ることができるかもしれない。夕方の方が人気みたいだから丁度いいんじゃない?」

「じゃあ、夕方にもう一回来て撮ろうよ!」

近くのカフェでテイクアウトをし、側にある公園で喋りながらお昼ご飯を食べたり、神社を巡ったりして過ごした。


黄昏時になり再び父母ヶ浜を訪れた。

「昼間も綺麗だったけど、夕方もとっても綺麗ね」

「うん、ホントにきれい」

鏡のように夕日が水面に映る風景に目を奪われ、浜辺に立ちすくんだ。しばらくして

「菖蒲ちゃん、そろそろ一緒に写真撮りに行こうよ」

と声を掛けられた。

「ごめんなさい、つい見惚れてしまって」

「大丈夫だよ。それにしても、お昼よりも人がいっぱいいるね」

SNSで注目を集めているからか、多くの人がこの父母ヶ浜の写真を撮っている。周りに人がいない場所を選び、三脚を立てて撮影の準備をした。スマホをホルダーにはめ、タイマーをセットする。

「「はい、チーズ」」

すぐに百合が映っているか確認する。

「ちゃんと映ってるかな…」

百合は心配そうな顔でそっとスマホを覗く。

「大丈夫、しっかり映ってるわ」

と伝えると百合の顔が明るくなった。

その後、ポーズを変えながら二人でたくさんの写真を撮った。


写真を満足するまで撮ってから、しばらくの間沈みゆく夕日を眺めながら浜辺に並んで座り、今日一日の出来事を語り合った。

「今日は本当に楽しかったよ。一緒に来てくれてありがとう」

「こちらこそ、とても楽しい一日だったわ」

百合の方を向くと、足元から徐々に透明になっていた。

「もう行かないといけないみたい」

「そんな…」

と呟くと、私の頬に手を添えて

「大丈夫だよ、菖蒲ちゃん。もう心残りはないから」

と微笑んだ。私はまだ一緒にいたいと思ってしまい

「行かないで…」

と腕を掴んで引き留める。すると、急に強く抱きしめられた。

「わたしも行きたくないし、このままずっと一緒にいたい。でも、幽霊のわたしがずっと居座る訳にはいかないから」

後ろに回していた手を解くと、私の目を見つめながら口にする。

「最後にもう一つお願いしてもいい?」

「何?」

と聞き返すと

「わたしのことを忘れないで。今日ここに来たことも中高生の頃の思い出も」

と真剣な顔つきで話した。

「もちろん。忘れたりなんてしないわ」

と涙を堪えながら答えた。

「今まで本当にありがとう。楽しかったよ」

その言葉と共に、百合は夕闇の中に消えていった。

「さようなら、百合」

と静かに呟いた私の声は、周囲の人々のざわめきやカメラのシャッター音に掻き消された。百合が消えていった場所には、ほんのりと彼女の存在が残っているように思えた。


翌日、香川県からの旅を終えて一人で家に帰った。荷物を片付けてから一息つくためにリビングに向かう。ソファにゆっくりと腰を下ろして、スマホを取り出した。百合と一緒に撮った写真の数々が、目の前に広がる。折角だからと思い、昨日百合と撮った写真を印刷してアルバムに収めることにした。

写真を選び、プリンターで印刷する間、一枚一枚の写真に込められた思い出を噛み締めた。アルバムの表紙には「百合との思い出」と書き、写真を丁寧に貼り付ける。笑顔で駆け回る百合の姿、二人で夕日の中撮った写真、二人で見つめた美しい景色。どれも百合とのかけがえのない思い出だ。

アルバムを閉じて棚にしまうとき、心の中で百合に感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう、百合。これからもずっとあなたとの思い出を大切にするわ」

百合は心の中でいつまでも生き続ける。

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