第19話 帰還

ラフティとミリアは、水の神殿での激しい戦いから戻り、共に消耗しきった体を引きずるようにしてアークレインへと帰路につくが、その道中、2人の間には沈黙が続いた。ミリアはリリアナとの最後の対峙を何度も思い返していた。リリアナの変わり果てた姿、そして最後に見せたほんの一瞬の微笑みが、彼女の胸を締めつけていた。


「リリアナとの最後が……あんな形で終わるだなんて……」ミリアは涙を流さぬよう、無理やり顔を上げ、前を見据える。だが、その瞳には苦悩と決意が入り混じっていた。


「ミリア、大丈夫か……?」ラフティは彼女の肩にそっと手を置き、優しく問いかける。ミリアは少し驚きつつも、小さく頷く。


「……ありがとう、ラフティ。でも、私はこの国を守る為に、もっと強くならなければならないの」彼女の声には、リリアナの死と国の未来を背負う覚悟が宿っていた。


二人がアークレインに戻った時、城下町はまだ完全には復興しておらず、多くの住民が怪我や失った家族を抱えていた。それでも、彼らは少しずつ復興に向けて動き始めている様子がうかがえた。だが、宮廷の雰囲気は重々しく、リリアナ姫の消息不明という報せが広がっていた為、城内は混乱と絶望に包まれていた。


ラフティとミリアが城門をくぐると、急ぎ足で駆け寄って来たのは、リリアナの忠実な侍女の一人であった。「姫様は……ご無事でございますか……?」彼女の声は震え、瞳は希望を求めてミリアに注がれていた。


「……リリアナは……もう、帰ってこないわ……」ミリアは、力を振り絞って静かに答えた。その一言が、周囲の人々の胸に深い絶望をもたらしたかのように、城内の空気はさらに重くなった。


だが、この時点でミリアは、自らがアークレインの姫としてこの国を支えなければならないと心に決めていた。


時が過ぎ、生き残った城の賢者や貴族達は、王家の血を絶やさぬため、代わりの後継者を必要としており、ミリアだけがその役割を果たせる唯一の存在であった。リリアナの従姉妹としての立場と、その力強さが宮廷内でも認められていたのだ。


彼女が王位を継ぐことに関しては、反発する者も少なくなかった。特に、他の国との政略的な結びつきを重視する貴族達は、ミリアの側に常にいるラフティの存在を快く思っていなかった。彼は盗賊上がりの冒険者であり、王族の側に立つにはふさわしくないと見なされていたのだ。


それでも、ラフティはミリアを支えることを決して諦めなかった。彼は宮廷内で影響力を持つ賢者や騎士達と接触し、ミリアがこの国にどれほど必要な存在であるかを説得し続けた。


ある晩、ラフティはミリアと城の庭園で二人きりの時間を過ごしていた。月明かりが二人を照らし、沈黙の中でお互いの心情を静かに感じ取っていた。ミリアはラフティに対して、常に信頼を寄せていたが、この夜、彼女はさらに深い感謝を告げた。


「ありがとうラフティ、あなたがいてくれなければ、私はここまでやってこれなかったわ」彼女は少し笑顔を見せたが、その笑顔はどこか疲れ切っていた。


「俺は、ただお前を守りたいんだ。それだけだよ」ラフティは真剣な表情で応じ、彼女の手を取った。


その瞬間、ミリアは少しだけ涙をこぼした。リリアナの死、国の混乱、自身の新たな責任。それら全てを抱え込んだ彼女にとって、ラフティの存在は何よりも大きな支えだった。


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