第14話 リリアナ
ラフティとミリアは水の神殿の地下深くへと足を踏み入れた。空気は重く、湿った闇が二人を包み込む。彼らの足音だけが薄暗い通路に響き、やがて広間のような空間にたどり着く。
そこに広がる光景は、言葉にできないほど悍ましかった。かつて半魚人だった筈の魔物達が、無惨に食い散らかされ、その血と肉が床を汚していた。異様な咀嚼音が耳に入り、視線をその中心へと向けると、そこにはリリアナがいた。
しかし、彼女の姿はもう、ラフティとミリアの知る優雅な姫君ではなかった。リリアナはサキュバスへと変わり果て、黒い翼と妖艶な身体、そしてその美しさとは対照的に、鋭い牙を持つ口で半魚人の死肉を食らっていた。
「誰?」リリアナが冷ややかに問いかけたが、次の瞬間、その目がミリアに向かい、妖しく笑みを浮かべた。「ああ、ミリアお姉様でしたか。お久しぶりです。相変わらずお美しい姿でなによりですわ」
その異様な光景にミリアの心は揺れた。かつての妹がこんなにも恐ろしい姿に変わり果ててしまったことに、言いようのない悲しみが込み上げる。「リリアナ……その姿は一体……?」
ミリアの声は震えていた。彼女にとって、リリアナは大切な家族であり、こんな運命に巻き込まれることなど考えたこともなかった。だが、目の前にいるのは、もはや人間ではない存在。血の滴る口元に妖艶な微笑みを浮かべたリリアナが、楽しげに返事をする。
「ふふ、美しいでしょ?お姉様。これが私の本当の姿よ」リリアナは自分の新しい体を誇るかのように広げ、闇の中でその姿が一層妖しく輝いた。
ラフティは怒りと悔しさを押し殺しながら、リリアナを睨みつけた。「俺の名はラフティ。リリアナ姫、貴方を助けに来たが、どうやら一足遅かったようだ……」
リリアナはラフティに興味深げに目を向け、妖艶な笑みを浮かべる。「ラフティ、貴方……勇者のような顔をしているわね。強い意志と、私が求める遺伝子を感じるわ」
「遺伝子だと……?」ラフティは困惑しながらも、その言葉の意味を理解しようとする。
リリアナはクスクスと笑いながら、まるで何かを悟ったかのように言葉を続けた。「私は今、子種が欲しいのです。もう栄養は十分取れましたので、後は貴方のような勇者の素質を持つ遺伝子が欲しいのです」
その言葉に、ラフティは心の奥底から怒りが沸き上がった。彼女はもう一国の姫ではなく、欲望に支配された魔物だ。だが、それでも目の前にいるのはリリアナ—ミリアの妹であり、助け出そうとしていた人だ。
「ふざけるな……!そんな事の為に、俺はここまで来たわけじゃない!」ラフティは声を震わせながら叫んだ。彼の心は苦しみで締め付けられていた。リリアナを救いたかったはずなのに、彼の目の前にいるのは、自分をも蝕もうとする敵そのものだった。
ミリアもまた、妹がこのような姿に堕ちた現実を受け入れるのに苦しんでいた。しかし、リリアナの嘲笑に満ちた言葉が、彼女の覚悟を固めさせる。「リリアナ、あなたを救う為に……私はもう迷わない」
ミリアは剣を抜き、炎を纏わせた。その赤い炎が暗闇を切り裂くかのように、神殿の地下に光を灯す。
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