第10話 儀式
水の神殿の地下――冷たく湿った空気が漂う、どこか異様な静けさに包まれた空間。
リリアナ姫は、古い石台の上に無造作に縛り付けられていた。彼女の体は力なく横たわり、足首と手首には重い鉄の鎖が食い込み、肌は傷つき、血が滲んでいる。薄暗い光に照らされた彼女の顔は蒼白で、目には恐怖と絶望が宿っている。
目の前には魔術師であるネクロマンサーが立っている。長いローブに身を包み、顔の大半を覆うフードの陰から、冷酷な瞳がリリアナをじっと見下ろしていた。その手には古びた杖が握られ、その先端からは暗黒の魔力がじわじわと溢れ出し、神殿全体に不穏な気配を撒き散らしている。
「始めよう……魂の堕落は、お前の運命だ」
ネクロマンサーの声は冷たく、感情の欠片もない。呪文が低く響き渡ると同時に、リリアナの周りに黒い霧が湧き上がり、彼女の体を包み込むように蠢き始めた。霧は生き物のように彼女の肌にまとわりつき、冷たい感触が彼女の意識を蝕んでいく。
「やめて……お願い……」リリアナはかすかな声で懇願するが、声は誰にも届かない。
黒い霧は彼女の体に染み込むように侵入し、内側から彼女の精神を壊していく。体が硬直し、激しい痛みが脳裏に走る。全身が熱くなり、皮膚が焼けるような感覚が広がる。リリアナは声にならない叫びを上げ、体を必死に捩じらせたが、鉄の鎖は彼女を冷酷に拘束していた。
「苦しめ……その痛みが、お前を解放へと導くのだ」ネクロマンサーは微笑み、杖をさらに強く握りしめた。
彼女の腕には黒い斑点が現れ始め、それは皮膚の下で波打つように広がり、やがて全身に染み渡る。リリアナの髪はブロンドから艶やかな黒に変わり、指先は鋭く尖った爪へと変貌する。肉体が変わるたびに激しい痛みが襲い、彼女の意識は次第に崩壊していった。
「いや……助けて……こんなの……嫌!」叫びは絶望的だが、どこか甘美な響きを帯びている。それがさらに彼女を深い闇の中へと引きずり込んだ。
突然、リリアナの背中が大きく膨らみ、鋭い痛みが走った。その瞬間、黒い翼が彼女の背から裂けるようにして現れ、血の滴る音が神殿中に響いた。痛みは限界を超え、彼女の視界はぼんやりとした闇に閉ざされていく。意識が薄れていく中で、彼女はネクロマンサーの邪悪な笑い声を聞いた。
「お前はもう二度と人間には戻れない。お前の体も魂も、完全に闇の者へと生まれ変わったのだ」
ネクロマンサーの言葉に応じるように、リリアナの顔には薄く妖艶な笑みが浮かび始める。その目はかつての優しさを失い、欲望と破壊に満ちた赤い光を放っていた。彼女の心の奥底に、抑えがたい渇望が湧き上がってくる――それは愛ではなく、魂を喰らい尽くす欲望だった。
リリアナの体はゆっくりと起き上がり、彼女は重い息を吐きながら自分の変わり果てた姿を見下ろす。彼女はもはや、かつてのリリアナ姫ではなくなった。彼女は、自分自身が何か恐ろしい存在に変わり果てたことを理解した。
「さあ、新たな力を受け入れろ。お前はこれから、この世界を闇に染める存在となるのだ」
ネクロマンサーの言葉に従うように、リリアナの瞳は冷たく輝き、最後の一線を超えた。彼女はついにサキュバスとなり、その魂は闇に囚われた。
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