作戦

 作務衣ってぇのは……厄介だな。

 あたしは風呂場でそう感じていた。


 着崩せない……。


 着物と違って、胸元を大きく開けて強調するには向いてない代物だってことを知ったのさ。

 それでも精一杯後ろに引っ張りなんとかうなじを強調した。胸元も開けたいのはやまやまなんだけどねぇ。鎖骨すら見えない状態さ。これでどうやって迫りゃいいってのよ。


「お待たせぇ~」

 ほくほくの体。高く上げた髪はほんのり濡れて、うなじを見せる。

「あれ、ズボンは?」

 ボンボンにそう言われ、

「緩くてぇ、落ちちゃうんだもん」

 口を尖らせ言う。

「そっかそっか」

 ボンボンはスラリと伸びたあたしの足に釘付けになっていた。ああそうさ、胸を出せないなら足を出せばいいじゃない、と言ったのはどこのサキュバスだったか。


 あたしはわざとらしくソファに膝を立てて座る。黒い下着が足の隙間からチラチラ見えるって寸法さ!

 ほら、ぬらりひょんがあたしの下着を凝視してやがる。どんなもんさ! これであんたも少しはっ、


「……黒か」

 溜息と共にボソッとぬらりひょんが呟いた。


 はっ?

 なに?

 なんか文句でもっ!?

 あたしは頭に血が上ったね! あたしの下着を見て溜息ついた男なんか今まで一人もいやしなかったんだっ。しかも、なんだ? 黒は嫌いか? セクシーといえば黒に決まってるじゃないかっ。


 ムカムカしているあたしのことなど気付きもせず、ボンボンはツマミをローテーブルに置き、二本目のワインを手にあたしに向けてきた。

「どうぞ」

「ありがとぉ~! 嬉しい~!」

 あたしはわざとらしく足をばたつかせ、下着を見えやすくした。


 ええい、なんて面倒な! パンツで男を誘うなんて、低レベルにもほどがある!

 とはいえ今は、今出来ることをするしかない。


「ワイン、美味しい~」

 頬に手を当て可愛いポーズをとる。ボンボンはそんなあたしをいやらしい目でジロジロ見てくる。いい感じだ。あとは酔ったフリで寄りかかり、キスまで進めば簡単にベッドインだろう。

「ねぇ、お休みの日とかはなにしてるのぉ~?」

 ずりずりと寄りかかりながら上目遣い。ボンボンはあたしの胸の谷間を見ようと必死で目を凝らしながら鼻の下を伸ばす。そうそう、それでいいのよっ。あたしの色気に抗える男なんかいないんだからそのままデレデレしてたらいいのよっ。

 あたしは攻めた。

 ボンボンの足をさすり、とろんとした目でボンボンを見つめ、近付く顔。もうちょっとで唇がくっつくというところで、またしてもぬらりひょんの邪魔が入った。


「アイスが食べたいな」

「はぁぁぁぁぁ?」

 あたしは思わず素が出てしまい、慌てて口を押える。まさかこのタイミングでアイスの話なんか、無視でいいわよねっ? 無視すべきでしょ? なのに、

「ああ、そういえばアイスは買ってなかったなぁ。確かに、ちょっとアイス食べたいかもな」

 と言い出したのだ。


 あんたバカなの?

 そう言いかけて、飲み込む。

 このボンボン、ぬらりひょんに何か弱みでも握られてるわけ?


「ちょっと待ってて! そこのコンビニに行って買ってくる!」

「あずきバー」

 抜け目なく、食べたいアイスを言うぬらりひょん。

 知らんがな!!

 あたしは立ち上がったボンボンに向かって

「私も一緒にぃ、」

 と縋った。が、

「着る服ないのにあんたは行けないだろ」

 とまたしても邪魔をされてしまう。

「だよねぇ。大丈夫! すぐ戻るよ」

 ボンボンはそう言い残し、大急ぎで部屋を出て行った。


 あんたさぁ、金持ちの子なんだから、冷凍庫にアイスくらい入れておけばっ?

 あたしは拳を握りしめ、ボンボンの背中に声を出すことなく叫んだ。

 そして振り返る。


 目の前のぬらりひょん。こいつのせいでちっとも話が前に進まない。なんであたしっていうイケてる女を前にして、ぬらりひょんの言うこと聞いてんだあいつは! あたしはぬらりひょん以下かっ!

 はぁ、と息を吐き出し、ソファの上に胡坐をかいた。


「ったく、あんたさぁ、どういうつもりよっ!」

 ガリガリと頭を搔く。これでは、今日中にボンボンを手中に収めるのは無理かもしれない。あんな男一人落とすの、超絶簡単だと踏んでたあたしの計画を!


「……あんたの作務衣姿、悪くない」

「ほえっ?」

 急に褒められ、ドギマギする。

「そっ、そりゃそうでしょっ! あたしはどんな格好してたって完璧に色っぽいんだからっ」

 ドヤ顔でそう言うと、ぬらりひょんが微笑んだ。


 その微笑みを前に、あたしは何故か、全身に鳥肌が立ったんだ……。

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