ぬらりひょん
グラスを傾け乾杯したあたしたちは、いい雰囲気で飲んでいた。饒舌になり、自慢話を次から次へとしてくるボンボン。狙い通り、こいつの家は、太い。あたしが入り込んでたんまり金と生気を抜き取っても余りあるほど、ボンボンの親は荒稼ぎをしていると知った。
「うわぁ、そうなんですかぁ。すごぉい」
大抵の男はこのセリフを吐いておけば満足する。チョロいもんさ。
問題はこの、黙々と酒を飲み続ける謎の男だ。
「で、お二人はどぉんな関係なんですかぁ? まさか同居人さんがいるだなんて思ってもみませんでしたぁ~」
探りを入れるも、
「ああ、彼はなんとなく知り合いになってね。いい奴なんだよ。まぁ、どういう関係って聞かれると説明しづらいんだけど」
ボンボンの口からはそんな中途半端な返答しか得られない。しかし、男にいくら質問を投げかけても、のらりくらりと躱されてしまいちゃんとした答えを得ることは出来なかった。
そのうちボンボンが酔いはじめ、ついには潰れてしまったのだ。
なんで!
大して飲んでもいないのに。
あたしはソファで眠りこけるボンボンを横目に、男との直接対決に挑むこととなった。
「お名前、聞いてもよろしいですかぁ?」
「名乗るほどのものではない」
「いつからこちらにいらっしゃるんですかぁ?」
「ちょっと前からだ」
「お仕事とかなさってるんですかぁ?」
「してない」
……ただの居候だということになる。
「彼とはどういう関係なんですかぁ?」
「……さぁ?」
全ての答えが曖昧で、まったく情報を引き出せなかった。
それだけではない。あたしがこんなにくねくねしながら言い寄っているというのに、この男は一切その気になることなく、淡々と酒を飲んでいるだけなのだ。いやらしい目で見てくることもなければ、触って来ることもない。こんな、格好のお近付きタイムなのにもかかわらず、だ!
あたしはサキュバスとしての資質を試されているような気になっていた。このまま何もなく朝を迎えるようなことは、なんとしてでも避けたかった。ボンボンが駄目なら、せめてこの男を落として見せようじゃないか! というおかしな思想に憑りつかれ始めたのである。
「ねぇ……あなたって、すごぉく、ミステリアス」
隣に座り、男の膝の上に手を置く。
「なんだか、人間離れしてる感じ」
そう言って足を撫でると、男が事も無げに言った。
「人間ではないからな」
「へっ?」
驚いたあたしは思わず手を放す。あまりに簡単に認めすぎなのでは??
「ワシはぬらりひょん。人間ではない」
ワシ!?
今この男、自分のことを『ワシ』って言った!!
このご時世に、自分のことをワシ、と……。
あたしはたったそれだけのことになんだかドキドキしてしまった。
ちょっと待って、そうじゃないな。今こいつ、人間じゃないって宣言した。ぬらりひょんって、なにさ? どこかで聞いたことがある。確か……妖怪?
「どういう……ことなんですかぁ?」
キャラが崩れそうになるのを取り繕いながら訊ねると、男……ぬらりひょんは、にぃ、と笑って答える。
「ワシはこの男に寄生するただのぬらりひょんだ。あんたも人間じゃなさそうだ」
飄々とした態度!
あたしに対するいやらしい感情が一切感じられない物言い!
「……ああそうさ。あたしはサキュバス。あんたは東洋の……妖怪、とかいうやつだね?」
あたしは演じるのをやめ、目の前の妖怪に対峙する。
「ほぅ、サキュバス。西洋の悪魔か。なるほどのぅ」
何がなるほどなのかわからないが、ぬらりひょんは納得したように頷いた。
「あたしはこの男をモノにしたい。あんた、邪魔だから出てってくんない?」
腰に手を当てそう啖呵を切る。だが、ぬらりひょんは心外とばかり目を見開き、言った。
「なぜ? ワシの方が先にこの男を見つけていたのに。それに、この男はあんたを連れて来てもワシに出て行けとは言わなんだ。つまり、現時点ではワシの勝ちだ」
カッチ~ン
あたし、こう見えても百戦錬磨のサキュバスなのよ。こんな、顔が長いだけの東洋の妖怪風情に獲物とられてなるもんか、ってぇの!
「あ~ら、随分舐められたもんね! あたしが本気出したらねぇ、こんな男、あっという間に虜にしてやるわよっ!」
「ほぅ。元気なお嬢ちゃんだ」
おっ、おおおお嬢ちゃん!?
なんてムカつく生き物なのかしらっ。ああ、こういうのを老害って言うんだね! サキュバスに向かってお嬢ちゃんとは! 冗談じゃない! 西洋の悪魔を舐められちゃたまんないわっ。
「よぅし、わかった! そこまで言うなら勝負だね! あたしはあんたを追い出して、この家に住むっ。絶対に追い出してやるっ」
こうして、あたしとぬらりひょんの勝負は始まったのさ。
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