サキュバスとぬらりひょん【こえけん参加作】
にわ冬莉
最強のサキュバス
その異様な姿に、最初は度肝を抜かれたのさ――。
あたしはサキュバス。
悪魔の仲間で、男たちを誑かし、その生気を吸って生きている。
サキュバスの中でもあたしはトップクラスに君臨する、いわば女王のような存在として長きにわたり名を馳せていた。
この国の男たちときたら、ちょいと色気を出そうもんなら簡単に落ちてくれる。
ま、抗えないほどあたしの魅力が飛び抜けてるってことでもあるんだけど。
今回のターゲットは高層マンションを何棟も持つ資産家の息子。
頭はよろしくないけど、見た目と性欲は申し分ないし、何よりこういう男は湯水のごとく金を使ってくれるのさ。美しい宝石も、高級な酒も、あたしは大好き。
黒いドレスを翻し、あたしはやっとこの男の家に上がり込むことに成功したんだ。
あとは美味しく食ってやろう、っていうところまできて、とんだ邪魔が入ったのさ。
「……あの、こちらの方は?」
広いリビング、ソファにちょこんと座っているのは冴えない中年男。異様に長い頭と虚ろな瞳は、人間離れしている。
……いや、こいつ、本当に人間じゃない!
「ああ、彼は……なんていうか、僕の家に居候しているんだ。気にしなくていいよ、悪い人じゃないから」
ボンボンはそう言うが、どう考えたって『人じゃない』だろ!
「でもぉ、私たちこの後……ねぇ?」
あたしは邪魔者を何とか追い出そうとボンボンを促した。できればこのボンボンを落とし、しばらくここで厄介になりたい。人に化けて生活するのには慣れたが、金を稼ぐのは大変だ。簡単なのは、金持ちの男を捕まえて居座ること。そしてつい先日、あたしは前の男の家を出たばかりだった。だからなんとしてでもこのボンボンを落としてここに、
「あんた……」
むさくるしい男が急にあたしを見て口を開く。
「な、なにかしら?」
何を言われるのかと身構えたその時だ。
「あんた……黒じゃなく、赤の方が似合うと思う」
細長い目をカッと見開き、そう言ったのさ。
とんでもない魅惑的なイケボで。
一瞬、気が遠くなるのを感じたあたしは、飛びそうになる意識をぐっと引き戻した。
「え~、赤ですかぁ? 初めて言われましたぁ」
語尾にハートマークを付けて可愛い子ぶる。渾身のあたしの演技を目の当たりにしながら、しかし男はなんの反応も見せやしなかった。
「確かに君は赤も似合いそうだな。今度赤いドレスをプレゼントするよ」
ボンボンは楽しそうにそう言い、キッチンでワイングラスを準備し始める。あたしはスッと席を立ち、可愛い声で言ったさ。
「私も手伝いまぁす」
だけど、
「ああ、いいよ、そこに座って待ってて」
ボンボンはあたしにいいとこ見せたいのか、そう言って冷蔵庫を開け、ツマミなどを皿に盛り始める。台所でイチャコラする作戦は潰えた。あたしは仕方なく、ソファに座った。
目の前には男。
嫌な感じだ。
何の感情も見いだせないその姿に、ただならぬものを感じる。
「……あんた、」
またしても男があたしを見て口を開く。
舐め回すような視線。
異様な頭の形。
イケボ……。
こいつに耳元で卑猥な言葉を浴びせかけられたら、どんな気分になるのだろう、などととんでもない妄想をし、慌ててかぶりを振る。
「あの、なにか?」
二の句を継がない男に、あたしは小首を傾げてみせた。魅惑的なボディを強調したピッタリとした黒のドレス。大きく空いた胸元にぐっと力を込める。
「あんた、可愛いな」
ドクンッ
何が起きたかわからないが、あたしの心臓が何者かにぐっと掴まれたような感じがして背筋がぞわりと冷たくなった。
可愛いも綺麗も、散々聞いてきた当たり前の言葉だ。あたしを見て、それ以外の言葉を掛けてくる男はいない。だから、今更可愛いと真顔で言われたからって、それがなんだって話さ。挨拶と変わらないくらい耳にしてきた。それなのに……。
「はい、お待たせ」
ボンボンがグラスを差し出してくる。
「わぁ、ありがとぉ~」
抜かりなく半音高い声でグラスを受け取ると、そこにシャンパンが注がれる。
……いや、ちょっと待て。
なんでグラスが三つある?
あたしたち、これからいい雰囲気になってベッドルームに移動するんだろっ?
だったらまずはこの変な男を家から追い出してくれないかな、ボンボン男!
「かんぱーい」
しかしそんなあたしの希望を叶える気はないのか、なぜか乾杯は三人ですることになったのさ。
……いや、待てよ?
もしかしたらボンボンは、三人で、と考えているのかもしれない。
あはは、なぁんだそうか! それならそれで構わないさ! あたしにとっては好都合。何人だって食ってやる。なんたって、あたしはサキュバス。しかも最高級の部類にいる女王なんだからね!
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