鍛錬と奇襲 魔晶核 小型魔力炉

 昨日の夜、妙な影をみたと早朝の会議でイアナが話した。このホテルの従業員の動きも奇妙なものがあるとして、警戒していたイアナがホテルを移る提案をする。


 ナナルがホテルをとるというので、イアナはガウルを連れて、郊外へと向かうといったが、パシェがまず病院によりたいというのでイアナは仕方なく、ハイナの入院する病院へと向かう。

「見て……」

 病院の裏手では、何かの影がよこたわっていて、パシェはそれをみて目を疑った。ロジェという青年が、“立って動いている人影のようなもの”と向かいあっている。彼は息をきらし、その前にすでに2体ほどのそれと同じ人影が横たわっている。彼に倒されたあとなのだろう。彼はからみついた腕をやさしくおろすと、最後の一匹と向かい合った。

「街中に、何の御用だい?」

「グルゥウルゥル」

 それは、魔物だった。時折街中に現れ狼藉を働くのは、ゴブリン類の少しずるがしこい者たちだ。漆黒の布を頭と体に撒いた姿、鋭くとがった嘴と足の蹄をもつ“ロウゴブリン”である。森や自然の中では一般的な“悪童”と呼ばれるゴブリンだが、人通りの多い街の中央付近で見ることは珍しい。

「ハイナに何かあったのかも!!それに助けなきゃ」

パシェは加勢しようとしたが、イアナがとめる。

「大丈夫だ、彼は強く……優しい」

 パシェは、何もせずにその戦闘を見守っている。ロジェは、ロウゴブリンを鋭く殴り、蹴とばす。ロウゴブリンは、とっさのことで対処しきれず、ロジェの攻撃を防ぐので精一杯だった。

「すまない……」

 ロジェはロウゴブリンの肩をつかむ。すでにロウゴブリンは力をうしない、うなだれている。戦闘意欲すら失っているようだった。

「彼は……思慮深すぎる」

 イアナがそう語るのと同時に、ロジェという青年は、ロウゴブリンの首に手をかけ、腕をからめると、魔力とともに筋力をこめて、強く引き締めた。

「今、楽にしてあげる」

《ゴキッ》

「ああ……苦しかったね、ごめんね」

 ロジェは、かがみこみ、涙を流して横たえた死体に手を合わせた。

******


 病院前で待つガシュフィック・トゥループのメンバー、パシェはハイナの病室に入ったあと、会話をしたり、抱き合ったりした。その訪問に時間の限界が近づいたころ、パシェはコインを取り出し、ハイナの前でそれをはじいて、机の上にころがったそれを上からふたをした。

「裏ね……これで行かなきゃならない」

「ジンクスが大事なの?表だとあなたの望みが叶うほうなんだ……でもとらえ方の方が重要だわ、あきらめないためにあなたのジンクスがあるんじゃない、私が“スティグマ付き”であることがわかって、落ち込んでいる時に助けてくれたのはあなた、コインの意味を決めるのは、あなた」

「何をくだらないことをいっているの?」

「待って」

「いい、もう行く……あなたがガシュフィック・トゥループを呼んだのでしょ?私は全て解決してみせる、私の力なんて使わずに」


 その30分前、再会したパシェとハイナは抱き合っていた。そして挨拶を交わす。

「病状はどう?」

「十分落ち着いてきた」

「ふっ、好物のバナナが食べられるくらいにね」

「ははっ……痛……」

 縮こまり、背中に手を伸ばすハイナ。パシェが、ハイナの背中をさする。

「大丈夫?」

「ええ、それより、本当にごめんなさいね」

「どうしたの、急に」

 少し驚いたとともに、出発前の事だろうと思いいたる。混合ギルドの天井が懐かしい。

「後輩のミーシャだっけ、仕事のことを馬鹿にしたわけじゃないの」

「なんだ、まだそんな事きにしていたの?大丈夫よ、冒険者は“英雄神話”を信じている、英雄が“予言者”とあってつくった神話を」

「空白の100年の話ね、実際はわからないけど、その間英雄たちが“不老不死”を手にしていたことは事実、パシェだって」

 すっと、パシェは重ねていた手を引いた。

「もうあきらめて、ハイナ」

「二人で英雄になろう、まだ大丈夫、間に合う」

「無理よ」

「でも、私は、それだけが支え、あなたが言い出したのよ、二人じゃないと無理」

「なら、あなたは英雄になれない、諦めて、ハイナ、失うものに比べて得るものが少なすぎる」

「私、もう二度と立てないんだって」

「そう……」

「同情なんてしないで」

「しないよ、だってくだらないウソだもの」

「!!!」


 ハイナはそっぽをむいて、窓をみた、自然に涙がたまってくる。

「私、パシェになりたかった、ずっと幸福の中にいて、皆から幸せをもらえる、おとうさ……ダイドさんを失ったのはパシェだけじゃない、わたしあれからずっと苦労して……でもあなたは優しかった、けれど、あなたほど、私はダイドさんから愛情をうけていない、それは、時間的な問題よ」

「いつも一緒にいたじゃない」

「でも私とあなたは同じ?そうじゃない、私は、私はあなたになりたかった、だってそうでしょ!?幸せな中にいるのに、あなたは道端の子供の境遇に目を向け、勝手に胸を痛めている、自分は満たされているからって、満たされていない人々のために心をいためている、ある意味で高慢で、ある意味で、最も幸せを享受している、どうして、どうしてそんなに高貴なの、どうして」

 うなだれるハイナ。しかしちらりと目だけでパシェの様子をみた。ひどく落ち込んで、悲しい目をむけている。すぐに英雄錠を取り出し、“ゾーン”に入ろうとした。

〈ガシッ!!〉

「!!」

 はるかに下から、目線をかいくぐるようにつきのばした拳を、パシェは完全に見抜いていた。

「パシェ……どうして」

「ハイナ……二度も同じことはされない」

「あの時は一緒にゾーンに入った、そして目覚めた、二人で魔物を倒したじゃない、10年前のあの時!!!!!」

「ハイナ……あなたは、私になりたいといったわね、同じよ、あなたと同じよ」

「あなたは醜い心はない!!」

「あるよ!!あるから、我慢しているの、やせ我慢を、あなたが指摘したように、私は勉強してないっていって、勉強してるような人間」

 ふと、ハイナは昔のことを思い出す。かつて誰よりも努力家だといわれた、パシェが英雄試験を受けたあとのハイナは、周囲から天才のパシェの何倍もの努力家だといわれていた。だがハイナは、あるとき、その秘密を偶然見ることができた。それは、

深夜、一人で練習するパシェの姿をみたときだ。確かに周囲からみれば、数時間の練習だろう、だが彼女は、完全にゾーンの中にいた。暗い球体結界の中にゾーンをつくり、彼女は、現実の時間が及ばないゾーンの中で、過去と現在と未来と対話していた。そこで何十倍もの努力を重ねていたのだ。


「そうだよ、ずるいよ、ゾーンでいっつも練習してたんだよ、天才じゃない、頭脳は常にフル回転してたんだ、努力は時間じゃないといいながら、あなたは何かを隠している、常にそうでしょ、どうして、もう一度私をすくってくれなかったの、あなたを助けるということ、あなたをもう一度英雄にする訓練をすることがしたかった」

「もうやめて、私を解放して」


「まって、パシェ、私は信じてる、危機になれば必ずあなたは目覚める、そのための準備は“あの時”したんだ、あの時、ゾーンの中にいたのは、ガウルとイアナと、ゴブリンだけじゃない、私もいたんだ」


 しかし、パシェは振り向きもせず病院をでていった。しばらくして、白衣をきた医者に化けたイアナが入ってくる。

「なぜないている?」

 うつむくハイナに尋ねる。ハイナは答えた。

「彼女はもう、ハグもしてくれない」

「どうしてだと思う?」

「私の事を好きじゃない、愛していない」

「必要なのは、ショックだ、刺激さ、痛みだ、彼女が独り立ちするための……彼女がすでに心が癒えていることに自分自身で気づくことさ」



******


 予約の取れたホテルの一室で、壁に横たわり座るパシェ、そして、それを見下ろし腕を組んでいるイアナ。彼らに命じられた訓練だ。だがパシェにはやる気がでず、力を持つことに疑問すら抱いていた。


「ほら、ドローンを起動して」

「無理です」

「……練習もしないつもり?」

「いつもは魔力を使うには、小型魔力炉を利用する、自分の力はつかわない」

「怖いから?」

「違う、本当に使えないの、それに、それが何だっていうの、生き方なんてなんでもある、今や冒険者は肉体労働としてばかにされている」

「……10年前、あなたは“英雄資格”をうしなった、でも私は疑っている、あなたは本当は力を隠しているのではないの?」

「……」

 パシェは立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

「どこへいくの?治療と保全をしているとはいえ、あなたの体は万全じゃない、勝手に出歩くと―」

「顔を洗うだけよ」


 洗面所に入って顔を洗うパシェ、顔を上げると鏡ごしに、誰かが彼女の後ろにたっていた。それはユミエル、そして隣り合うようにガウルだった。

《スッ》

 目をこすり、見つめなおすと狼の頭蓋骨に人間の骨格をもつ髑髏が近づいてきた。スケルトンとも違うのは、その眉間に“魔晶核”が埋まっていることだ。人間の魔法能力者しか持たないそれは、人間である証拠であった。

「やあ、またあったな」

「あなたは……」

「イースだよ」

 ふと、今みた映像を振り返ると、奇妙なことに気付いた。奥にガウルがこちらを見て腕を組んでおり、その前にユミエル、二人の間を通るのはむつかしい、間に箪笥がある。それにその奥からきたのならば、ドアが開かないとおかしい。まるでガウルの影からすんなりと現れたようにみえた。

「俺は、ガウルと一心同体、兄弟みたいなものさ……まあ、それはともかく今の状況、俺だったらこうするぜ、イアナにわからないように、魔道具を使うんだ……あんたが越えられないのはプライドだろうし」

「プライド?そんなわけ」

「いや、そんな事は問題じゃない、あんたはどっちも大事なんだろう?俺たちを疑うのと、友人を助けるのと、ともかくイアナにはそこそこの成果を見せて、裏で練習するのさ、いいだろ?隣の部屋がある、物置で、会議じゃ一切話題にならない個室だ、仮眠室なんて呼んでる。そこで練習しなよ、手配してやる……練習さえすればいいんだろ?時間は倍かかるが、俺から交渉するからよ、イアナの前では、“適当に”やればいいのさ」

 練習に戻るとパシェは、イアナの前でいわれたように“適当に”魔力を注入する。ドローンは“魔道具”の一種だ。小型魔力炉などをセットするか、使用者が魔力を注ぐことで使える。やる気こそなかったが、実際力をつかったので、イアナは

「……」

 と、しかめつらでこちらをみていた。イアナにこっぴどく絞られたあと、ようやく練習を終えると、日が暮れていた。イアナが席をはずしたのをみて、パシェは隣室へと向かった。先ほどまでガウルが使っていたといわれる一室だ。

「あいつ……もしかして」

 人のいない室内にたくさんのドローンが浮いていて、中央のドローンがこちらを振り向き答えた。

「やあ、これは全てガウル様の力さ、ガウル様を信じろ」

 ドローンの一体が、ひょうきんにそうガウルの声の録音を再生した。

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