疑念
ハイナの病院にシスター・ナナルが訪れたのは昼頃のことだった。
「イアナとの約束通り、あなたを助けにきましたわ、ですが治療を早めるわけにはいきません、“計画”を感づかれてもいけないから、今日一日だけ自由に動けるようにします、ですが、必要以上に動けば、傷口が開きますよ?」
ハイナはなぜか落ち込んでいるようだった。傷口はすでに治療され、大きなものは縫合され、回復魔法によって体調もよかったし、あとは失った栄養や物理的な傷を塞ぐだけだった。毎日回復魔法さえうければ、大きな傷を負っても生き延びられるし、最悪の場合首を失った状態でも1日は生き延びられるこの世界では、手足を失ったり腹に穴があいたところで、大した問題にはならなかった。
「はあ……私は、今回のあなた達と行おう“もう一つの仕事”が嫌な相手だとおもっていたけれど、ここまで鬼畜だなんておもっていなかった、もし本当にガシュフィック・トゥループの予想通りだとしても、本当に相手を心から憎めるかはわからない」
ナナルは、ハイナの肩に手を置いて優しく微笑む。
「憎む必要などないのです、粛々と自分の信じることをする、例え命を奪い合う時にも、あなたは、あなたと相手のことを思うべきです」
「ふ……あなたは、不思議なシスターですね、やさしいだけじゃなくて、残酷なこともいうなんて」
「あら、あたしったら」
その夜、ハイナはイアナとの約束通りに“仕事”にとりかかる。衛兵や警察の目をかいくぐり、夜の闇を進んでいく。2,3度危ない場面もあったが、歴戦の戦士であるハイナにとって、街中で潜伏しながら移動することなどお手のものだった。むしろ、手薄な警備に違和感を覚えたところでもあった。
公園近くにたどり着いたときに、ハイナはドローンを手のひらからだした。ふよふよと宙に浮くドローンは、気配を静かに羽ばたきをする。それは“トンボ”に似せた彼女の相棒でもあった。
「ピケ太、いくよ」
彼女がささやくと、ドローンは彼女の後に続いた。周囲を監視するレーダーを利用すると、周囲に人間の気配はなく、ネズミの声が聞こえるだけだ。同時にドローンは、彼女の行為を録画していく。
薄暗い街の中央公園で、英雄ダイドの銅像を眺める。それは噴水の背後、円形に並ぶ歩道の後ろ、結界を貼った鉄の囲いの中にあり、厳重に管理されている。その腰にある〈英雄錠〉は彼の願いにより、本物が置かれていた。最も力ある存在でしかそれを使えない、そして強力な結界がはってあり、盗難もほぼ不可能である。
ハイナはドローンに向けて呼びかける。
「これは、パシェの家から盗んだもの、結界を一時的に無効化する“鍵”」
ごく普通の、装飾の施された鍵をとりだす。それをまるでカメラの向うの誰かに呼び掛けるようにして、英雄像に近づける、一瞬バチリと静電気が駆け巡るような痛みを感じたが、静かな声をたてただけで、なんとか結界を突破した。
「これは……」
銅像の腰から、英雄の武器の小刀を手に取る、数十年ぶりにふれるそれに感動するのもつかの間、違和感に気が付いた。
「裏切ったの?ガシュフィック・トゥループ、これは偽物じゃない」
ドローンを取り出し、連絡役のユミエルに電話をする。
「すまない……情報がいりみだれていて、どうやら……“大側近”が調査をする水曜日にだけ本物に変わるようだ、もうしばらくしてもう一度仕事をたのめないか?」
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