自業自得
「あの女はつよい、お前には倒せないだろう、それに、英雄の子がついている」
思わぬ言葉が、ガウルの口をついてでた。ガウルはまるで布の様にひらひらと舞う。
その言葉に反応して、奇妙にも女性は顔をゆがませた。その目には、薄い青い膜があらわれ瞳のように見え、うるんだように思えた。だがその女性の体は先ほどより数倍大きくなり、背中の木は小さくなったものの、より輝きをまし、黒い根が体全体を回り、しっかりとはっていた。浸食された根は、まるでひび割れの様に、模様をつくっていた。
「ダガ……やらなくてはならない、でなければ、何も変わらない、私が知らせなくては、誰かが彼女を狙うダロウ」
「???」
ガウルは息を吸い込むと、自分の手首にかみついた。ぷくりと膨れていくと、魔法陣があらわれ、奇妙にひらひらと布の様だった彼の体が重みをとりもどしていく。
「なら、お前は覚悟しているんだな……この騒乱が大きくなることを!」
その時、ちょうど病院の後方から顔を出すサングラスの女性と、パシャの姿が見える。パシャは動揺して、だがすぐに自分が何をすべきかを考えて、見定めたようだった。左腰に手を回す。
《シャキンッ!!》
常に腰をさげている刀剣を取り出し、怪物に向き合う。怪物はそれに気づくと口元をゆがめ、口角を高くあげる。
「シシシシシシィ!!!!」
とびつくように飛び上がると、右手、左手をしなるようにつかい、パシェの頬にふれようとする。だがパシェは鋭い剣戟で、その手を切り刻む。しかし、いくら切り刻もうと、切ったり裂けたりしたそばから、相手の傷は修復されていく。そして、それは、相手の力を増幅させるかの様にみえた。
「まずい!!やめろ!!無意味に戦うな!!」
ガウルが叫ぶが、その言葉に、パシェは勢いよく返答をした。
「だったら、この状況何とかしてくれるの!?親友が、親友がいるのよ!!あの病院に!!!私が、私がなんとかしなくちゃ!!」
そう言いながら、パシェは“英雄錠”をガウルに投げる。受けとるガウル。
《シュィンッ》
一瞬、世界の白と黒が反転し、彼女の周囲から見えない波紋が放たれたようなイメージが生まれた。
「なるほど……ゾーンか、やはり君は英雄らしい」
ガウルはそれから物も言わず、目で追えないほどのスピードで、敵のゴブリンにくみついた、そして、その後頭部を思い切り殴りつけた。そして、それを守るように“木”が結晶をつくると、パシェはその意図にきづいて、先ほどサングラスの女から受け取った“英雄錠”を彼に渡した。受け取ったガウルは、パシェごと抱きかかえて、こう叫んだ。
「これは君の試練だ、君がやらなきゃ、意味がないだろう!!」
ガウルは英雄像をパシェに渡そうと手を伸ばすが、パシェはそれでも受け取らず、ゴブリンの突きを刀で防いだ。ゴブリンの脇腹を刺すも、ゴブリンは痛みを感じないようだった。そしてパシェの口を掴み、ささやいた。
「死ね!!」
その時、パシェの脳裏にある言葉が浮かんだ。トラウマ故に忘れていた記憶。何度も父に聞いていた英雄についての言葉。
「カリスマの~○○~に気をつけろ」
その言葉が発せられると同時に、パシェはガウルに向けてゴブリンが鋭い爪をつきたて、脇を引き締めて突き出す準備をしていることにきがついた。パシェは刀の峰でガウルの肘の内側を殴ると、ガウルは
「いてっ」
としびれを感じながら英雄錠を空中になげだした。それを刀の先でつかむと、パシェはガウルをけとばし、突きを外したゴブリンの腕に英雄錠もろとも突き刺した。
殴る用に木にさしこまれた英雄錠は、結晶と反応し、結晶を石化させると、周囲が光につつまれる。
《シュワアアアアア》
二人の意識は暗闇の中につつまれていった。それは、その区画全体を包み込むほどに強大なエリアだったが、実質的にはガウル、パシェ、ゴブリンの三人のいるエリアだけが、暗黒に包まれる形式の結界だった。
「ゾーン……“共鳴!?”英雄錠の力だ!!」
ガウルが叫ぶと、耳鳴りするほどの音無き音が世界を包んだ。その瞬間パシェは、何年かぶりに“ゾーン”に入った。それはエゴスキルの初期段階とされ、意識が極度に集中し、魔力の流れのひとつひとつにすら目が向く状態のことだ。そしてそれが、ガウルと、ゴブリンすら包み込んだと思った。そして世界が俯瞰状態からみた“点”のような状態になった。自分も、建物も、街も大陸も星さえも、小さく感じるほどに、意識が肥大化した感覚に陥る。
「まさか!?」
と思った。それでも実際そうなった、その意識は彼らとつながり、彼らと同じ“意識”の空間に、ゾーンの中に入っていった。ゾーンは、英雄錠を媒介に肥大化し、人を飲み込む結界型ダンジョンを形成することがある。それは一説にそれ自体が“異世界”だとされる。
人々は驚いた。まるで彼らがいた街道が蜃気楼のようなものにつつまれ、その中にそびえたつ、巨大な塔が現れたのだった。物理的な干渉はないのか、魔力の電線は、
その中をとおってもまるで異常がなさそうだった。
パシェは、その塔をのぼっていく、ゴブリンを追いかけ、部屋をぬけ、外階段をのぼり、広い部屋にはいると、まるでかくれんぼをするように柱から柱へ飛び移るゴブリンを人影が後ろから捕まえた。だが捕まえたのはパシェではなく、ガウルだった。
意識は長い間途絶え、目を覚ますと、うす暗い空間の中に、パシェとガウルはたっていた。やがて街の一角に洗われた結界が狭まり、野次馬や衛兵や警察が、自分たちを取り囲んでいる。衛兵の一人が叫ぶ。
「そこの旅人、一体何があった?」
ガウルは尋ねられると、首をひねりお手上げのジェスチャーをする。だが、次の瞬間、ガウルは理解する。
「驚いたな、解決しちまった」
ガウルが目線をさげると、先ほど“虚人”化した女性が、意識を失って倒れていた。すぐに衛兵と警察がかけつけてきた。
「あなたは?」
「ああ、今は、そうだな……サングラスの女の友人ってところで、名はガウル、お前は?」
「パシェ」
「ほう、悪くねえ響きだ、見事な“共鳴ゾーン”だ、英雄錠があっても、俺たちは、彼女の意識の中に入り込み、“虚人化”をとめたんだ、並の英雄じゃこれはできないぜ」
絶妙な褒められ方をして、パシェは口元をゆがめた。
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