昼の事 ナナル

 シスター、ナナルは手を引く子供を見下ろし、昼の事を振り返る。


 ちょうど昼頃……とあるホテルの待合室。右だけ長い髪のアンバランスなショートヘアーの女性が通る。近づいてみると、美しいシスターだ。どうやらハイナを助けたあの時のしっスターだろう。受付カウンターで子共の手を引いている。子供は受付カウンターを登ろうとしたり、文字の書かれた装飾をはがそうとする。シスターは優しくそれを注意して、どうやら母親と娘のようだが、年齢からいってもそれほど離れた感じはせず、姉妹といったほうがしっくりくる。真横を向くたびにふくよかな胸がちらついて、思わず目をそらしたくなる。

(ゴクリ……)

 少し薄汚れた緑色のボロ衣をわざわざ首にまいた、しかしスーツ自体はこぎれいで、清潔感事態はある男、彼が金歯をみせながら、そのシスターに近づいていく。

「あの、“冒険者”の皆さんで?」

「ええ、そうです」

「この町の“冒険者ギルド”の“ヤガム”です……冒険者ガイドをやってまして、未登録の国外冒険者に仕事を斡旋したりしているわけです」

「まあまあ、でも私たちは大丈夫ですよ」

「国際ギルドの方ですか?」

「ええ、まあ、近からず遠からず……ともかく“大丈夫”なんです」

 にっこりとほほ笑むシスター。あまりにも神聖な感じとか弱い感じ、そしてグラマラスな体と、やさしいたれ目がちな目。すべてが人を魅了していた。きっと素晴らしい人なんだろう。


 人とはぐれたというシスターのために、その人たちが行きそうな場所を訪ねた。

「闘技場ですかね?」

 なかなか過激な趣味だ、売れない冒険者同士の生死ギリギリの戦い。シスターは悲しそうな顔をしたので、ヤガムもまあ、彼女の趣味でないことは察した。


 闘技場の近くまで案内すると、奥まで行けないので施設入口でまつという。カフェに入り、シスターがごちそうをしてくれ、お話をしてくれた。


「す、すみません、ごちそうになってしまって」

 文様の刻まれた椅子に座り、優雅な気分に浸る。

「いえいえ」

 外に出てから、ヤガムはずっと杖をついていた。体の弱さは打ち明けたが、その理由まではいえない。

「あらあら、そんな事はしなくてもいいのですよ、お体が弱いのですから」

 シスターは、エスコートして座席を下げたりするのを静して、やさしく微笑む。思わず涙がこぼれそうになる。

「ああ、こんな心の美しい人と一緒になれたら、いいえ、自分のことではございません、その人は、幸せでしょうね」

「でもわたくしは、醜いですから」

「??」

 いくら謙虚といえども、あまりに言葉がすぎる。卑屈にすら感じる。そのまるでかわいらしい小動物のような美しい顔立ち、グラマラスな体。男に言い寄るなという方が無理である。

「わ、私がまっとうな男子であれば、放ってはおけません!」

「え?そんな気を遣わなくても、私は100歳をこえたエルフですから」

「い、いやその……」

「え?」

「その子もかわいいですね」

 ま、まずい。まるで性犯罪者のようなことを口にしてしまった。どうやって年齢をフォローするか、頭が回らなかった。

「この子は、ええ、けれど、あなた男の子が好きなんですねえ、でも、いけませんよ、子供に手を出すなんて、あっ、そんなわけはないわ、あなたみたいなカッコいいひとが、もしかして、気を使ってくださったのですか?“も”だなんて」

「え?」

 どこからどうみても美しい女の子。繊細で柔らかい輪郭、美しく長いまつげ。こんな不平等があるだろうか?ヤガムは自分の顔を鏡でみるたびに、まるでそこらへん野岩をくっつけてつくったほうがきれいにできるんじゃないかと思うものだが。

 やがて、会計の段になり財布をだすと、また声をかけられた。

「あらあら、そんな事はしなくていいですよ。お体が弱いのですから」

 ん?と疑問がわいてくる。支払いと関係があるのだろうか?このシスター……もしや。


 路地裏に隠れたヤガム。顔を真っ赤にしたまま独り言を口走りながら、マンホールのふたをひらいた。それは地下への入り口のようで、そこで自分の頭をひっぱたいて下を見下ろした。

「スラムのみんな……あいつら冒険者がいたから、スラムはむちゃくちゃになった、“姉さん”も、あいつらさえいなければゴブリンの怪物にならずに済んだんだ!!!でなければ……やってられるか、やってられるだろうか、今こそ“エゴ”を目覚めさせよう……我らには残された手段が少ない」

 ヤガムは先ほどの出来事を思い出した。あのシスター、たしかに見た目では綺麗で、やさしい人間だが、自分が食事に睡眠薬を入れようとしたときも見逃さなかった。

「あらあら、そんな事はしなくていいですよ。お体が弱いのですから」

 あのセリフは、きっと、脅しなのだろう。


 ヤガムと別れた後、ヤガムの座ってた椅子に“毒薬”のマークが書かれた忘れ物があった。シスターはそれをひろって、ペロリとなめた。

「コホコホッ」

 シスターは咳払いをする。喉の周囲を光が包み込む。

「あらあら、香辛料、今度あったら、渡してあげましょう」

 子供は、ジーっとシスターのことをみつめていた。

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