浸食体 巨木

「来るべくしてくる……か」

 ガウルが、高い時計台の上から街を見下ろしている。街を一望すると、もはや一都市というレベルではなく小国といっていいほどの広さだ、だがこの領土にはもう一つ離れたところに区画がある。その区画との通路は厳重な警備をしているものの、森を横断するエリアもあり、山賊などが後を絶たない。

「まだかねえ、おっ!!」

 ガウルが見下ろしている場所、隣街への横断する通行路から、一人の人間が巨大な荷物を背負ってやってくる。

「髪がボサボサの女性……間違いない、あとは“力”が発動するかどうかだな」

 女の体をみていると背中の荷物がボコボコと揺れて、体が青く発光する。貧相な格好の老人がそれをみて驚くが、ほかに気付いているものは多くないだろう。

〈ズザッ〉

 老人のすぐ前に人影が降り立った。逆立った毛を持つ巨大な獣かにおもえたが、ただ、マントを着た男、ガウルだった。

「ご老人、俺はあんたを助ける、ついでにあの“慣れ果て”を助けるぜ」

 老人はぱくぱくと口をあける、何かを言おうとしている。

「助ける意味がないって?そいつは違う、貧乏人をなぜ助ける必要があるか、薬中をどうして助ける必要があるか、簡単なことさ、それは、助けることこそが、被害の抑止につながるからだ、悲劇は一人じゃ抱えきれねえ」

 先ほどの女性は目の焦点が合わないらしく、口からごぼごぼとあわをふいている。おまけに鼻先はのびて、まるで馬や犬のようになると、鼻がするどく、長い鷲鼻になり、耳もとがって伸びていき体は緑に変色した。

「変異種誕生ってか……だが問題はねえ……1時間以内にエゴを吐き出させればいいってことよ」

 ゴブリンはこちらを見ると、すぐに逃げるように駆け出した。

「あの女、あの女あ!!!」

 雄たけびを上げながら、全速力でかけていく。まけじとガウルも走るが、一向においつかない。

「しかたない」

 ガウルは、膝と肘を直角に集めると腰をかがめた。

「我,忌まわしき秩序に従うものなり、我は獣なり!!」

 ガウルの背中のマントとフードが盛り上がったと思うと、ガウルは体のあちこちが長い毛並みに包まれた。

「いくぜ!半端物」


 その間、路地裏を速足でまるで病的な人間のように、ふらふら歩く人型。手足をでたらめにうごかし、支離滅裂でつかみどころのない言葉を誰にでもなく呟く。

「あれをしよう、それをしよう、ソウダ」

 目が虚ろで、真っ黒になったり、真っ白になったりする普通と違った様子のゴブリン。ゆらゆらとゆれる、その体の節々、間接はまるで人形のように球体状になっている。言動も妙で、何か心身に異常をきたしている様子がある。

「ソウダ、アレヲしよう、これをしよう…………なぜ私はオコル……奴らがいったんだ、私には冒険者の素質はない、それどころかまともな暮らしをさせることすらもったいないって、あいつはダメなやつだから、私をかばっていたほかの冒険者もそういった」

 ゴブリンじみた体、そのひたいにお面がとりついた。それは女の顔そっくりのお面だったが、目も口も鼻も黒く、ただ、深淵が覗いているだけだった。ゴブリンの顔を不気味に圧迫し捻じ曲げて、お面が顔になりかわる。本来のその目と鼻口は平たくおしつぶされ、深海生物のような奇妙な見た目になった。

《グルルル、シャアアー!!!》

 後ろから、ガウルの化けた人狼がとびかかる、しかし、全てを予期していたかのように、女は素早く体をひねり、回し蹴りを加えた。ガウルは吹き飛んで、ごみ箱にぶつかると噴煙をまき散らした。

「い、いてえ」

 しゃれこうべは、吹き飛ばされた建物のうえから、ガウルをわらっていた。

「奴らがいったンダ、ホトンドの人間も答えた“あいつはダメな女”だって、彼ダケガ、私の恋人だけが私を励まし、私が大地に立つ力を与えてくれた、なのに、それなのニ!!」

 まるで電子音のような、複数の人間の声がまざったかのような声で、彼女は息切れもせずにしゃべり続ける。

「なぜ、あの女を恨む?」

 ガウルが立ち上がる。噴煙が消え去ると、すでに受け身をしていたようで、傷一つなかった。

「私は、私は!!!最愛の人を守れなかった!!!私は、立派になろうとしたじゃないか、私は私の望む世界を自立して作ろうとした!!なのに、なのに世界は、どうしてあの人は“不死のスティグマ”何かと仕事を!!グアアアアアア!!!」

「まずい!!!」

 ガウルはひらりとマントをなびかせて、女性ゴブリンの前にたった。

「虚人……すでに浸食体になっている……それになれば、お前はもうひとには戻れない、それでもいいのか」

 女性は、空虚な黒い眼球のないその仮面から涙をながした。

「生き残って、何の意味があるの……彼がいなければ私は人間ではない、人間扱いなど、されないわ……彼は“死ぬ”意思を決めた、彼はこれから死ヌ……」

 違和感を持つ言葉。過去形ではなく、死ぬ意思をきめた?これから死ぬ?女性のコアがチラリとみえた。それは彼女の肩から延びた“虹色の木”だった。木の突端では、結晶化した実がなっていて、彼女の記憶を映し出していた。

「まずい!!」

 その実が大きく膨れ上がると、次は勢いよくしぼんだ。衝撃派が発生し、ガウルは吹き飛ばされた。

「アウオオゥウ、ガウゥウ!!」

「まだ、準備が……“鉄の意思よ、領域を隔てる壁となれ”」

「うおおお!!!“不死のスティグマ”ハイル!!!」

《カキィイン》

 叫ぶ女の前に開いた傘の形によくにた透明の壁が生成され、女は思い切り頭をぶつける。危うく、ガウルは結界をつくりだしその後方をいく病院施設と、今まさに運ばれていくハイルを守った。

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