ミーシャ、急変


 夕日が沈み始めるころだった。パシャは街の正門前が嫌に騒がしいのに目を向けていた。

「先輩!!パシェ先輩」

 みると、白いリボンと飾りのついたカチューシャをつけた目が真ん丸でまつげの長い天真爛漫、驚いた様な表情の少女がたっていた。

「ああ、ミーシャ」

「ハイネさんが、今門の前で倒れているって……!!」

 パシェは鼓動が止まるような感じがした。それよりも早く、彼女を押しのけて体が勝手に動き、親友のもとへと急いだ。門にはひとだかり。それで一つのことに気付いた。

(夢の中の光景と全く同じ)

 映像の視点、人の並び、時計台の上の鳥たちの様子すら寸分違わず同じだった。

「ありえない、こんな、ありえない」

「先輩!!」

 すぐにかけつけたミーシャが、背中をなでる。

「大丈夫です、先輩、いつもカッコいい先輩がこんな事で焦ることはありません、私がついてますから、先輩はできることをしましょう?」

 自分の顔を覗き込み、彼女は手を握ってくれた。爽やかな優しい花の香がして、いくぶん落ち着きを取り戻した。

「そうだ、妄想なんかに捕らわれている場合じゃない」

 人込みをかき分けると、囲んでいたヒーラーが叫んでいる。

「処置が!!庇護魔法が必要!!すぐにでも傷口を塞がなければ」

「これは……リーフベア、それも一匹じゃない……」

 老人がぽつりと言った一言に絶望を感じた。S級冒険者ですらてこずる相手である。それが群れとは、見たくもない傷口に目を向ける。ぱっかりと開いた傷口に思わず痛々しく、ハイネの顔を見ると、苦痛にゆがんでいた。

「そうだ……私が、私がやらなきゃ」

 そうつぶやいてしゃがみ込んだときだった。

《コロン》

 パシェのポケットからコロコロと何かが転がり落ちた。それは父親からもらった小型ドローンだ。しかし、古いもので用途がわからず、ただ透明で青く綺麗なので、二つの大事な形見のうちの一つでいつも持ち歩いていた。それが、勝手に動いたようにみえた。

『どうして英雄資格を取り戻そうとしないの?』 

 幼い日のハイナの声がこだまする。

『私は……もう、嫌な事をしってしまったから』

 ふと意識が現実にもどり顔を上げるとその先で、一人のシスターがそれを拾い上げて笑った。ハイネのところに現れた。見眼うつくしい、慈悲深い優しげなシスターだった。彼女はこちらの動きをさとり、私に任せてというように会釈をすると、しゃがみ込んだ。

「少し、みせていただけますか?」

 ハイネに呼び掛ける。

「意識は大丈夫ですか?」

 ハイネはシスターをみると、安心したようにつぶやく。

「ああ、あなたか」

「はい、助けにきました……」

 シスターはすぐさま、魔法を念じると、みるみるうちに傷口がふさがっていく。あわてていた看護師らしき人も、落ち着いてシスターに感謝をつげる。そして処置を続けるうちに、パシェもいつの間にかハイネの手を握っていた。その間にこの場の英雄たるシスター、彼女はいつの間にか姿をけしていた。顔はよく見えなかったが、ふと思い出すと、糸目のシスターでニコニコしていた気がした。



 すぐにヒーラーやクレリックが駆け付けて緊急治療を行っているようだった。ドクターが駆け付けると、ようやく騒ぎが落ち着いた。


「“不死身のスティグマ”また助かったってよ」

「あら、まあよかったじゃない」

「だが本人は哀れだよ、同情され、うたがわれ、噂を流すなっていうのが無理だろうがよ」

「あの子は美しいからね、でも、いやなら正式に英雄ギルドで仕事をうければいいのに」

「そりゃ、いろいろあんだよ、会費が高かったり、本当の貴族やタレントの卵と仕事をすることもある、資金力がたりない低クラスの英雄は、つらい思いをする、最悪死ぬぞ」

「ふぅん、そんなもんかねえ」


 “不死身のスティグマ”スティグマというのは、英雄崩れや英雄離反者につけられる称号だ。ただでさえこの世界、ベリアリアでは英雄の価値が低い。荒くれものというイメージや承認欲求の強い人間というイメージもあるし、見下される職業でもある。その中で、英雄にも慣れなかった人間は、育てた英雄としての力を制御するための“スティグマ”をつけられる。


「はあ……」


 パシェはその秘密を知っている。だからこそ“不死身のスティグマ”というなんとも折り合いが悪い二つの言葉がつながっていることに反感を覚える。最もそんな事はおくびにも出さないが。


 こういう時パシャはいかに自分が完璧とはかけ離れているかを考える。他人もそうだ、世界もそう。頭が混乱し動悸がとまらない。間違いない。この町で“不死身のスティグマ”と呼ばれるのは要するに彼女だ。本当の意味ではなく比喩。彼女がいつも、危険な状況で生還するから。


「どいて!!どいてください!!」


 野次馬をかき分ける。しかしその間にも、親友は担架にのせられ、病院へと向かうようだった。ちょうど数メートル先に彼女がみえたとき、彼女は仰向きになりながら笑った。

「ハイル……」

 美しい褐色の肌と、真逆の白い髪。その瞳は、いつ見ても清廉潔白、精白という言葉がふさわしい。彼女は汚れるべきではない、傷つくべきではない。なのになぜ、彼女は危険を冒すのか。


 何もできず立ち尽くす。野次馬も散り、広場に一人のこってしまった。また何もできなかった。自分は、彼女を守れない。人が彼女を何と呼ぼうと、自分は彼女を守りたいのに。

「魔物と目を合わせるな、魂を死にとわられるぞ、長くその場所にいれば、お前もとらわれる」

 その言葉が投げかけられたとき、パシェは動揺した。同じことを父がいっていたが、その声が女性のものだった。この大事な瞬間に、どうして同じ言葉がなげかけられたのだろう。

「なぜその言葉を?」

「故郷の言葉だ、同じ故郷なのかもな」

 左に気配を感じた直後、突然話しかけられ顔を上げるとサングラスをかけた女。そのグラスの奥は、派手な赤い目と赤いアイラインが姿を隠していた。

「自分がいかに不器用で不完全か考えているの?それもいいけど?人ってのは不完全よ、不完全を教訓にして、ようやく正しく取り扱うことができるんだ」

 イアナは、パシェに手を伸ばした。

「私はイアナ、これから、すべきことを教えよう、これを渡すから、あんたがやりな」

 それは、“英雄錠”と呼ばれるものだった。錠とは名ばかりで、小さな箱錠のものだ。名刺大のサイズ。だがこれは正式に英雄と呼ばれるものにしか扱えないはず。それに触れてわかった、これは明らかに偽装品。それにもまして驚いたのは、これに本物と同等の機能があることだった。

「試してみな、あんたの可能性を、まだあきらめてないんだろう?これを成功させれば、英雄になれる、英雄だ、英雄しか使えない技、ゾーンだ」

 言葉を残して女は文字通り消えた。

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