英雄不信

 この街が排出し、魔王を封じた英雄ダイド。その娘はパシェ今でも人知れぬ悲しみと苦しみを抱いていた。

「私は英雄を信じない」

 パシェは、毎朝目を覚ますと思い出す。父が死んだその日の事を思い出し、無力感に苛まれる。そして、英雄だった父とは違う仕事を選んだ自分を誇らしく思う。きっとそうすれば、心の傷はふさがっていくだろう。歯を磨き顔を洗い、朝ごはんを食べると、リボンタイ、白いシャツ、黒のスカートですぐにしたくをして家を出た。どこかでつらい記憶に蓋をしていることもきづいていた。10年前、父を失ったあの“事件”に。

【どうやって、どうやってこれから生きていけばいいの、どうやって!!】

 父の墓の前で泣いた。父は亡骸さえ残らなかった。この世界を流れる魔力の地脈、魔力脈が噴出して、公園は大惨事。たまたまそこに居合わせたパシェとハイナ、そして、英雄ダイドたる父がそれを止めるために仕事をした。もちろん、誰もが思うだろう。英雄ダイドだけが仕事をしたのだと。



 パシェの通勤途中には、商店街がある。亜人商店街。かつて多くの人が嫌い、治安がひどかったこの地区は、今ではすっかり活気にあふれていた。そして、人々はパシェに声をかけた。

「よう、英雄子ちゃん!」

「今日も麗しいね!」

「英雄パシェちゃん!!」

 パシェは、苦笑いをする。かつて人々から嫌われ、亜人に対する差別の標的とされ、存続の危機にあったこの商店街。領主でさえ煙たがり、壊されそうになった商店街を立て直す手伝いをしたのは、ほかならぬパシェだった。パシェはかつて英雄として資格をとって、10年前その資格を失ったが、それも別に褒められたやり方ではなかった。


「やさしさを取り柄にするな」


 そう父に諭されていた。いくつも父の言葉を覚えているが、それも重要な言葉のひとつだ。パシェはある作戦を画策した。商店街と表通りの商店一時連合の直接対決。一日の集客がもっともすぐれた方の勝ち。人々は結果は見え見えだと思っていた。なぜならそれほどまでに嫌われていたし、その頃の亜人商店街の評判は地に落ちていた。長い差別といじめに耐えかねて、接客もよくなく、場合によっては乱闘を起こすことさえあったし犯罪者もでた。


 だからこそ、15歳のパシェは画策した。“これに負けたら亜人商店街はこの場所から退去する”パシェは交渉によって商店街の代表を説得したが、数ある商店は猛反発して、パシェに嫌がらせをしようとしたり、英雄像にらくがきをしたりした。それでも、その期間が迫ると、彼らはパシェの本心を徐々に知ることになる。パシェは、亜人商店街で内々の集会を開き、彼らの胸に訴える演説をして、説得した。

「美しくなければ、人々は喜ばない、例え偽装してでも、自分たちの美しさをしめそう」

 亜人たちは反発した、どこかで人間を下に見ていたし、その残酷さにも反論があった。だが、パシェはつづけた。

「あなた方の心は美しい、だが人間との接触でその美しさを汚してどうするというのだろう、例えば人に助けを乞うものが他者の美しさを誉めたら、きっと人は快く心を開く、だがあなた達は、人々を拒否している、あなた方が心を開く必要はない、歩み寄るべきは人だろう、だが、あなた方はあなた方のつながりを守るために、人に心を開いたように見せるべきだ」

 それから、直接対決“商店街決闘対決”は着々と準備がはじめられた。1か月の間にパシェは、亜人商店街を見て回り、直接不公正でないように、表通りもみてまわった。表向きパシェは“亜人商店街をこき下ろし、見下したような態度をとる”だが、商店街の人々はわかっていた。これは試練だという事を。パシェは、ひいきこそしないが、きっとパシェのしたたかさを彼等が盗んで摸倣してくれるとおもったのだ。

 そして、見事その決戦に、亜人商店街は勝利した。だからこそここの人々は、パシェの事を英雄子ちゃんと呼ぶのだ。

「ほら、パシェちゃんもっていきな」

「あら、おじさん」

「いいんだ、一人じゃいろいろ大変だろ?」

「うん、ありがとう」

 亜人商店街の一番端、現代表のヂロンさんがいる。ドワーフの亜人で、がたいに似合わずパン屋をやっている、その店の看板メニューのクリームパンを毎朝くれる。

「いいんだ、お嬢ちゃんには感謝しても感謝しきれない、お嬢ちゃんのおかげで、人間に素直になれたんだ」


 やがて、仕事場である“混合ギルド”についた。ギルド長である神父に挨拶をする。彼にもお世話になっている。天然パーマで中身も少し天然チックではある。


 1時間2時間とたち、午後に差し掛かると、退屈な作業に肩こりを感じる。仕事というのは、どうしてこう苦痛を伴うものなんだろう。いいや、処理可能な苦痛なら問題はないのだが、心労は時に折り重なり、自分でも理解できない失敗を犯すこともある、パシェはそれを恐れていた。受付嬢として、パシェは若干16歳にしてはそこそこの仕事をこなしていた。だが彼女の力は、それだけではない。それでも彼女は本来の力を出そうとはしない。心労といえば、きっとこの仕事に関することではない。


「なあ、頼むよ、いやなんだよ“英雄組”と一緒の仕事は、誰が英雄なんて信じる?必要とされてもいない……おっとすまねえ、“偉人”じゃないんだ、今のおままごとさ、やつら、力もねえし、いや……いいわけしてちゃ悪いな」

「はあ……わかりました、明後日ですね」

「ありがとう!!報酬は弾むからさ!!ごめんな」

「サムさん、それより、このことはできるだけ内密に……」

「あ?うん、わかってるわかってる、そいじゃ」

 サムという青年は頭に赤い鉢巻をしており、傍らにいつも女性をはべらせている。そのコミュニケーション能力があればもう少しなんとかなりそうだが、いつもパシェに助けを求める。本来ギルド受付嬢がそうした手伝いをすることはないのだが、暗黙の了解として、力ある人間は、冒険者パーティに加わり、手助けをすることがあった。


 パシェは、彼がお礼をして帰っていくと、毛先を巻いたボブの髪をみて、綺麗なシャツとタイをみて明後日のヘルプの事を想像した。もちろん専用の服でいくが、どうしても、最近は汚れが気になってしまう。お父さんは悲しむだろうか。土で汚れろ、それが口癖だったから。


 それからも多くの冒険者が来たが、パシェにとっての不安事は、昨日受付にきたハイナのことだ。口喧嘩をしてしまったことと、その依頼がひどく危険なものだったから。

「私には“ガシュフィック・トゥループ”がついている」

「何をいっているの?」

「“ドグマギルド”の人よ、聴いたことないの?」

「知らないなあ」

 ドグマギルドについては、人助けをするとか、都市伝説では“能力を失った人の能力、スキルを回復させる”という噂を聞いたことがあったが、黙っていた。

「“ガシュフィック・トゥループ”は人のスキルや能力を回復させるの、私のこれまでの依頼料をため込んだ貯金をすべて使った」

「なんでそんなこと……確かに優秀なギルドだけど」

 ハイナは、美しい褐色の肌と白い髪、青い瞳でこちらをまっすぐ見つめた。その瞳には、かつて自分の影に隠れて“パシェの騎士になる”というような色は消えて、力強さだけが残っていた。






〈シャキンッ〉

 シャツにリボンタイ、おしとやかなままで、白い肌をみせ、ゆるく内向きに巻かれたかみをゆらす。まるで踊るように、舞のリズムで彼女は、彼女の庭で静かに跳ねていた。


 この手入れされた庭をみれば人は羨むだろう。切りそろえられた庭木、豊に実る果実。涼しく爽やかな池と、ハスがつぼみを見せていた。


 もし庭師がそれをみたのなら、風情をなんてくだらないことで汚すと思うだろうか、しかし敢えて指摘しようとも、彼女の肉体のしなやかさと剣技に心を踊らされるだろう。彼女は時折目をつぶり、曲を演奏する音楽家のように優雅にまった。

〈シュリン、シュリン〉

 もしくは、それは長年修行を積んだ料理人のようだろうか、ゆらりとゆれる枯れ葉をみつけては、それを丁寧に3枚にきりわけていく。剣は両手である。彼女は静かに縁側に座る“自分の影”を連想すると、自分に喝采を浴びせるのを想像して、ようやく剣を収めた。

「はあ……くだらない」


 その夜、自宅で眠りに着こうとするが、広い部屋に一人、父の写真を棚の上に飾っているも、その屈託のない笑顔と栄光に、手をひかれている自分の姿がかすんで見える気がする。

「すう……」

 寝息を立ててみる。それでも眠るには時間がかかるだろう。それに、不安でもある。最近妙な夢をみる。それは予知夢のような気がしている。感受性の高い能力者は《精霊虫の声》を聴き予知夢を見ることがあるという。


 冒険者ギルドからの依頼を受け仕事にでた親友のハイルが、ボロボロになって帰ってくる、街の中央で“庇護魔法”を使えるものがいないかと叫ぶもの。

「誰か!!!能力者様!!冒険者様!!」

 そこで自分が彼女に駆け寄る。担架にのせられ、腹部に深い傷。すぐに縫わなければいけない、もしくは庇護魔法によって、一時的に結界をつくり、血液の流出を防ぐ。

「わ、私がっ!!!」

 急いで近づいていく。庇護魔法程度なら、下級能力である。普通の能力者は使える。彼女の腹を抑える。そして魔法を唱える。

「マナよ、集いこのものの罪を清め、贖罪の機会を与えたまえ」

 徐々に空気中のマナが集うのを感じる。だが一抹の不安があった。いや、もっと大きな不安だ。

「ガンバレ!!英雄の子!!」

「英雄の子なら、絶対安心よ!」

「大丈夫、私は英雄のファンだから!」

 額から大量の汗がでる。もっとも親しく大事な親友の命よりも、周囲からかかるプレッシャーに意識が集中する。そうだ。ぼんやりとした意識の中で、日常の出来事を思い出す。父が死んだ10年前―それ以来自分は安定して能力を使うことができないんだ。

「…………」

 魔法は失敗した。医者がかけつけてきて、一言。

「もう手遅れだ、死んでいる」

 大勢の観衆が、野次馬があたりを囲んでいるが、しばらくの静寂。観衆の一人が叫んだ。

「親父と同じ、役立たずの人殺しだ」

 それに続けて、2,3人がいった。

「人殺し、人殺し!!」

 やがてほとんどすべての観衆が同じ叫びをあげる。

「「「人殺し!!人殺し!!人殺し!!」」」

 地鳴りのような叫びの中で耳を塞ぎながら、大声で叫んだ。

「もうやめて!!!」


 はっと体を起こす。時計はまだ深夜2時、台所で水をのむと再び目をつぶった。今度こそのどかな夢だった。少女二人の幼いころの思い出だった。公園のブランコに並んで座りゆれていた。


「ハイネ、将来は何になるの?」

「冒険者だよ」

「どうして?」

「〇〇〇だから!!!」

 明るく笑うハイネの無邪気さに、いつもおどおどして、いじめられていた彼女を助けたときとは違う、はっきりとした強い意思をもったことに、どこか自分が置いて行かれるような気がしていた。

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