1 冒険者ハイナの記憶。

【スティグマ】

 魔王の呪印とされ、世界中にそれを持つものがいるが、中にはただ効果をもたず、肌に模様として現れるものもある。効果を持つものは周囲に負の影響をまき散らすとされ、魔王動揺に人々から忌避されている。



 冒険者ハイナは、数日前、混合ギルドで仕事を請け負い冒険者ギルドの3人とパーティを組んだ。出発前、ハイナは得意の“幻術”で彼らにパシェの偉大さを話した。彼女が英雄の娘パシェのことを狂信的なまでに信じていることは有名で、“冒険者ギルド”ですら有名だ。

街のギルドは冒険者ギルド、混合ギルド、英雄ギルドに分かれているが、彼女はあえて英雄ギルドには近寄らなかった。


 “英雄資格”を持つ彼女が英雄ギルドで仕事を受けない理由は、彼女がそうした自らを英雄などと語る者たちが鼻にかかって嫌いだったからだ。しかし、彼女もまた、他人からみると鼻にかかる人種だっただろう。だが彼女はのんきに彼らに相談をしていた。

「彼女に“英雄としての力”を示せば、きっと彼女は、力を取り戻す、英雄ダイドは後年、魔力神経病を患い英雄の力をうしなったけれど、彼女は違う、きっと違うわ」

 しかし、表面上何も問題はないように思えた。それはリーダーの中年男、ズルが全てをまとめていたからだ。彼女の言葉に頷き、話をきいた。


 彼女のことがよほど気に食わなかったのか、依頼先の森に入りしばらくは一緒に行動をしていたが、1時間もするとハイナはメンバーとはぐれ、森の中で一人とりのこされていた。パーティを組んだ冒険者連中は、中年の男たちだったが、若い少女を置き去りにしたのだ。はぐれてからすでに5時間が経過していた。たった一人でも仕事をしながら、記録は残していたが、3人で行動していなかったことがばれると後々厄介なのだ。森の中、他の三人と離れ心細さがあった。深い霧がかかっており、そのせいか、ぼんやりと記憶をたどっていた。彼女の側には、人間を補佐する魔法科学の魔道具“ドローン”が浮いているだけだった。


 ふと、出発の前日、混合ギルドで幼馴染のパシェとの言い合いを思い出す。そうすると、パシェを深く傷つけたような、彼女の目線から出来事を捉えられるような気がしたのだ。


 パシェは、ハイナにとってまるで物語の主人公そのものだった。その目力に権幕、凛々しさと交渉のうまさ、英雄の娘にふさわしい。物語があるなら、必ず彼女が主人公であるべきだろう。だが彼女は、ことあるごとに冒険に誘うがことあるごとに断られる。出発の前日もそうだった。混合ギルドの受付で、受付嬢の仕事をしているパシェ、それは少なくともハイナが望んだ姿ではなかった。

「いやよ、あなたと一緒に冒険はいきたくない」

「なんで?の依頼を時々手伝ってるじゃない」

 やはり乗り気ではない。

「あれは下級のものばかり、あなたは難しい依頼ばかりをうける、まるで死にたがっているみたいに」

「!!」

 ハイナは、おでこに手を当て、深く目をつぶった。それが頭痛故のものか、相手を納得させる言葉を浮かべているか、他人には分からないだろう。

「違う!!私は、あなたはこんな所で仕事をしている場合じゃないっていってるの!!」

 隣の受付嬢、パシェの後輩のミーシャがこちらをみて、目を伏せた。

「違う、いや、そうじゃない……この仕事のことを馬鹿にしているわけじゃない、お前の輝ける能力は他にあるっていってるだけだ」

 ハイナは、褐色気味の肌に美しい白髪を揺らしながら弁明した。だが甲冑をきた彼女の大ぶりなしぐさに、武力をもたない受付嬢は、引き気味に驚くばかりだ。

「はあ、はいはい、でもいいのよ、私の力はもう使えないしあなたの言葉が宝の持ち腐れというのもわかるけど、宝自体、腐っているんだから」

 あきらめたようにため息をつき、カウンターの引き出しにてを伸ばした瞬間、右手をつかまれ、おおきく上に引っ張られた。青い瞳をこちらにむけ、ハイナは威圧する。

「本当にいってるのか?それは、本当に」

「あなたも英雄の娘はこうあるべきだとかいいたいの?」

「そうじゃない!!お前は、本当にそれで後悔しないのか?」

 強く引き締める手に、眉間にしわを寄せるパシェ、ふと強く握っていたことに気付き力を緩めると、パシェはすぐさま手を引いて、もう一方の手でなでた。

「後悔?あるわけないじゃない」

「10年前の“あの事”を消化するには―」

「しつこい」



 だが、ハイナがあきらめないのには訳があった。冒険者ハイナの5歳の記憶。

「大人になったら何になりたいの?」

 揺れるブランコ、幼い日の少女ハイナは、横でブランコを漕ぐ親友のパシェに尋ねた。優しく温かく、幼いながらその時から母性溢れ慈悲深かった彼女が、どんな夢を持っているのか興味があった。

「英雄……」

「え?」

 意外ではあった。でも、納得もできた。魔王を倒した英雄たち7人は、今も歴史に深く名を刻んでいる。それまではそんな素振りを見せたことはなかったし、その話をすることを嫌がっていたから、でも、幼い日の夢など、儚く不確か。だから大人になれば消える類のものだとおもった。それからたった一年のあの時までは。

「ハイナ、私、英雄資格を手に入れたの」

 この国で、いや、世界で最年少。若干6歳での英雄資格の取得。その偉業にその時は、ただ苦笑いをすることしかできなかった。才能、それ以外の何ものでもなかった。だがその後に彼女が告げたひとことが、ハイナをこの道に引き込んだともいえる。

「もし私が――○○○○」


 それでも彼女がそれを目指すのなら、自分も目指そうとおもった。なぜなら、いじめられっ子で、孤児としてスラムでひどい生活をしてきた過去があったから。かつて英雄と呼ばれた人々は魔王を倒したが、今の敵は魔王の“意思の残滓たる北東島の魔花”そして魔王が巻いた虚種子、それから生まれる“魔物”たち。


 しかし、全ては変わった。二人と父は大事件に巻き込まれた。パシェの父は65歳の若さで死んだ。それでも人々に記憶された。なぜなら、彼女の父は、英雄として魔王を倒した街の英雄だったからだ。


 ハイナは、パシェと一緒に彼から修行をつけられていた。二人で彼が死ぬまで、本気で修業をしていたからだ。二人きりの間、彼にかけられた言葉が今も胸の奥に詰まって、つっかえている。

「君が彼女を導いてくれ」

 その言葉は、逆の意味になって自分の胸を苦しめている。今でも覚えている。彼の死にざまは壮絶だった。

「一流の英雄は、誰であろうと魔物であろうと心を通じさせ、戦わずして勝つ」

 それが修行で耳にタコができるほどに聞かされたことだ。そして最後に、それは実行された。パシェとハイナしか知らない。彼の最後の行動。証拠がないために誰も信じないが、あの時、三人で“魔物”を“三体”倒した。パシェは二体だといいはるが、最後の魔物を倒したのはほかでもないパシェだ。



 ふと、物思いにふけっていた顔を上げると、どこかから声がする気がした。

「助けて……」

 森の奥、小さな少女が、助けを求めているような声が聞こえた。

「あいつら、どこにいったのよ」

 声をやんわりと聴きながらも、それが少女のものだとも、助けを求める声だともはじめはわからなかった。だから通り過ぎようとしたのだ。だが、近づくにつれ、それは確かな声になった。

「助けて……」

 ハイナはその声をやっと聴き分けた。

「助けて、お姉さん」

「!!?」

 自分より幼い少女の姿が見え、ハイナは動揺した。

「どうしたの!?」

 山道の脇に小道があり、その入口で衣服がボロボロの少女が、目をこすってないている。ハイナは、小さかった自分を重ねて、やさしくあゆみよる。しかし、近づくと地面が軋んだ。

「!!」

 “罠”の気配を察して、すぐに後退する。後退しつつ後ろ向きに宙返りをして(その最中に、地面に罠の作動装置と上につながるヒモ、木の上に網が見えた)見事に着地して、腰を落として戦闘に備える。

「見事だな……」

 頭に三角形の配列をした三つの青い点の化粧をした男がニヤニヤとしながら、少女の背後からあらわれる。少女の肩にてをやると同時に少女はきえた。

「幻術……お前たち、何のつもり……こんな下種な幻術をつかって、私を罠にはめようなんて!」

「ふん、退屈なんだよ」

「退屈?どうして、人生を楽しむ努力をしていないのかしら?いい大人が、楽しもうと思わないと、全ては退屈よ」

 今度は左右から、別の中年男が現れた。

「努力?クッ、笑わせるぜ……若く無謀な奴ってのは、努力で世界を変えられると信じてやがる、英雄は魔王を倒して役目を終えたんだ……なんで人は都市をつくり、集まって助け合う、食料も、病気も、一人じゃどうにもなんねえ、だがよう、そんな中に孤独なものたちがいるよな?俺たち冒険者はもう世界から必要とされていない、世界を救った英雄だって“人助け”で余生を追った、そして無残な最後さ、奴は死んだ……“英雄ダイド”は、そして落ちぶれた現代の英雄は配信で金を稼いでる……俺たちのような力なきものたちは、こうして憂さ晴らしをする、それこそが小さな喜びだ」

 ハイナは、地面を見る。落とし穴が点々とあり、そして小さな少女の衣服と、骨が散乱している。

「小さな喜び?大きな代償じゃないの?」

 ガサゴサとして、また一人の背の低い男の影があらわれる。

「なあ、早くしてくれよ、俺はむらむらしてよ……」

 男の後方から現れたドワーフじみた男が、左てでズボンに手を伸ばしている。

「くだらない、こんなところで死にたいの?私には前世の記憶があるわ、友人の英雄と、世界を救ったの」

 リーダーらしきひげの男、門を出るときに泣きながら女房とわかれたパーティメンバー、そこそこいい顔をした男が、大剣をかつぎながらいった。

「はん、まるでおとぎ話だ、お前もそんな年齢じゃないだろう?お前はここで死ぬ、俺たちもいつかつかまるだろうが、先が短い人生なんでな」

「パシェがいれば、きっとなんとでもなったのに……」

「ふん、英雄の子が何だって?まあいいだろう……お前はこの俺“ズル”の名のもとに、自国に埋葬してやる」

 ズルが思い切り剣を横なぎにふった。

「ふん、英雄資格がなんぼのものだ、どうせ大したことなどありはしない、一般冒険者と同じ、お前たちは英雄ダイドの死の側にいながら、何もできなかった、得にあの“パシェ”という娘、お前だって“死のスティグマ”という不名誉なあだ名がある、何度も何度も、敵前逃亡したってなあ!!?」

 ズルという男は、目をかっぴらき、つばをとばしながら前かがみに雄たけびをあげるように叫んだ。後ろからドワーフの男が、いいぞーとやじるのが聞こえた。

「……するな」

「なんだって?」

「パシェを、ばかに、するな!!!」

 その瞬間、小柄なドワーフじみた男が叫びを上げる。

「リーダー!!!」

 ハイナは、にやり、と笑う。

「おい、ふざけるな!!!」

「な、なんだリーダー!!」

 ズルは背中をみる。みると、先ほどの幻術で現れた少女が長い剣でズルの背中を刺している。リーダーのズルは手を振って彼女を掴もうとするが、霧のようにその姿がきえる。幻術である。

「お前!!こんなしょうもない術を見抜けないのか、俺が簡単にこいつを」

 ゴソリ、と森の中からハイナが姿をあらわしたその瞬間、リーダーの男は右手を思い切り振った。彼の巨大な剣が空中をかすめていく。ハイナは後退し、簡単にその攻撃をよけた。ドワーフの男が、空中を指さす。

「なんだ?……まずい!!」

 その時、リーダーも顔を見上げた、の男の真横、先ほど少女がいた空間に“ファスナー”があらわれ、そこから剣が現れた。

〈ブンッ!!〉

 縦に振られた剣、それはリーダーの左肩を切り、またファスナーの中に消えていった。その時、ハイナをみた斧のドワーフはようやく事態を理解した。ハイナが自分の目の前の空間を切り裂いたようなファスナーにてを入れている。ほかの場所にものや体を転送する“転送魔法”だろう。気づかれたと思ったのか、ハイナはファスナーから手を抜き取る。

「うおおお!!!!」

 向かってくるドワーフの男、ハイナは飛び上がり、彼とすれ違い、うなだれるリーダーの肩を土台にするように蹴り上がると、音もたてずズルの首筋にとりついた。しかし、すぐ後ろで物音がしたかと思うと、斧が振り上げられた。位置関係からいって、そこにドワーフがいるはずはなかった。ドワーフは右前にたっていたはずだ。

「くらえ!!」

 ドワーフの残像が消えたかと思うと、今度は斬撃がその真横からとんできた。その時ようやく気付いた。先ほどすれ違い攻撃をかわしたドワーフも、物音をたてたドワーフも、残像。おとりで、最後の攻撃こそ本命だったのだ。

〈ザクリ!!!〉

「うわああああ!!!」

 なんとか攻撃をよけようと、風魔法を使いドワーフをつきとばした。しかしドワーフの斧は、パシェの足にささっていた。すぐに保護魔法を使う。しかし、この魔法は一時間も持たないだろう。彼らから身を隠し、傷口を塞ぎ、添え木をする。動くことはできるが、治療事態はできない。1時間を過ぎれば、大変な事になるだろう。


「あの野郎!!!これがおままごとじゃないってこと教えてやる、これは少女の見るファンシーな夢や空想じゃない、男たちの、まぎれもない現実だ!!!」

 ズルが叫ぶと、頭上から何かが降ってくる、それはズルの肩に再びたち、傷口をふみつけると間髪いれずにかれの右肩に短剣を突き刺した。ズルは情けない悲鳴をあげる。

「ギャアアア!!!」

 しかし、その男の眼があらぬ方向をみたかとおもうと、ハイナをまじまじと見つめると、ハイナはその目に妙な影を感じた。

《シュッ……》

「しまっ……」

 振り返ると同時に、ドワーフが後ろから大斧をもって振りかぶっているのがみえた。だがそれは、空気を裂いた。あきらかに距離がたらないのに攻撃をしてきたことに違和感をもつと、ドワーフは“何か”に右に吹き飛ばされた。

《グシャッ》

違和感の正体、記憶をたどるとドワーフの前に何か黒い影が横切っていた気がした。きっと何か、別の何かが戦闘にわりこんでいた。

〈シュウッ!!ガサゴソ!!〉

 物音がする、重量感のある物音と、獣のの息遣い。その“何か”は木陰に入り、姿がみえなかったが、ハイナにはそれが何かすぐにわかった。このパーティと仲間を組み“混合ギルド”で依頼をうけた。そう本来の調査目標である“モンスター”だ。しかし目的は“調査”である。討伐も、彼らに見つかることも、想定外だ。

「グルルルルル!!!」

「まずい……まさか“リーフベア”」

 ハイナは、すぐにその場を立ちあがり全力で地面をけった。この男たちを“おとり”にして逃げよう。人蹴りで、数メートルとんだ。頭に化粧をしていた男が、ハイナの後を追ってくる。振り返ると、リーダーの男にクマが右手を振り上げとどめを刺している最中だった。

「ついてくるな!!」

「リーダーのズルは死んだ、ドワーフも一撃だった……もう俺は、生き延びることを優先する……お前に勝っても意味がないし、お前も俺をだますなよ」

 男が自白したあとも、“モンスター”は後を追ってくる。煙幕も、爆弾も効果がなかった。

「どういうことだ、あいつら、縄張りの外には出ないはずだ」

「新しい縄張りができたのよ」

 彼らを追っていたのは、リーフ・ベア。頭が魔印に汚染されて、黒光する花弁のような触手をもっている。本来もっと小さな個体、ゆっくりとした浸食をするはずだが、気っと見逃されていたのだろう。人々が気にしなくとも“覇魔の呪い”は未だに世界を覆っている。確かに一度、魔王を倒したが復活の兆しはいつもそこにある。

「はあ、はあ……」

 ふと、男が足をとめる。

「どうしたの?」

「お前、おかしいと思わないか?」

「何が?」

「こんなの、ありえないんだよ“不死のスティグマ”だか何だか、お前にそんな力はない……お前!なんかしただろう、どうしてタイミングよく奴があらわれた?」

「……ふむ」

「俺がさんざん悪い事をしたから、そうだっていいたいのか……返す言葉もないが」

 ハイナは、この男が気弱で、へこへことパーティのいう事を聞いていた小心者だとしっていた。幼いころの自分をみるようだ。だが、やはりここで決断をしなければいけないと思った。

「そうじゃない、でも、私は“特異体質”だから、私が彼らの近くで“危機的状況”で力を使うと、引き寄せてしまうのよ、誰かに助けを求めるとね」

 実は、それは少し違う真実を含んでいた。ハイナ自身というより、彼女の相棒、ドローンこそがその力を持ち、危機を察知すると彼女をまもる。それは英雄ダイドが与えてくれたものだった。彼女は男と語りながら、すでに男の足を切りつけることを考えていた。もし男が、悪い動きをしたのなら……。

「ありえない、ありえない、だが俺は確かめたいことがある……俺はここで、奴らを引き付ける……お前は逃げるといい」

「どうして?」

「ふん、どっちでもいいのさ、この年まで何もできなかった、どっちでも、お前が生き残ろうが、お前の幻術に騙されようがかまわない、だが人間様が、たかが熊に負けるのが気に食わない、都市では科学魔法によって、人々が自由な暮らしをしているこの時代に、ありえないだろう」

「パシェがいたら、私にあなた達を殺されなかったかもしれない、でも私は、半分人生をあきらめているの、諦めているからこそ、おいていくよ」

 ハイナは彼の眼をみる。血走っていて、焦点があっていない。そういえば、薬物を彼等がすっていたのをみた。

「ふう、結局安物のパーティだ、こんなものか」

 ハイナは全速力でその場を離れようとする。だがその背後から、突然その男が、短剣を二つ肩のホルダーからとりだし、勢いよくなげつけた。ハイナは振り返りもせずに、飛び上がってそれをよけた。

「くそ……ここで終わりか、だがこれはきっと幻術……」

 その瞬間、振り返った男は、リーフベア―の巨大な手を叩きつけられ。左足が吹き飛ばされてしてしまったのだった。


 ハイナは森の入り口に向かって全力でかけ続けた。その間もベアは、逃げるハイナを追う。

「私を追ってこないで!!私は平和主義者、穏健で物静か、お願いだから、どこかへ……ちょっと、まってよ」

 思わず立ち止まって叫びたくなる。ハイナの後ろには、ゾロゾロと3体のリーフベア―が近づいてきていた。


 化粧をした幻術使いの男は、熊に襲われなくした足を機にくくりつけた。片足を引きずって、パーティリーダーらしき男の前にたどりつくと片足で何とか立ち上がり、リーダーの巨大な剣をふりかざした。リーダーは息も絶え絶えで、腹部に巨大な穴があいていたが、それでも今から自分に起こることに絶望して、目を見開いていた。だがクマにやられたのか、顔はへこんで、目意外はほとんど原型をとどめていなかった。

「俺はあんたが嫌いだったんだ、小さな楽しみを独り占めしやがって」

 リーダーの首めがけて、大剣は振り下ろされた。


 ハイナは、自分の特異体質について考える。そうだ。きっとあの男は犠牲になっただろう。はじめからわかっていた。こうした危機を迎えるとき、必ず自分をかばって誰かが犠牲になる。彼女が生命の危機を感じるときに、彼女の首にあるスティグマが光る。そしてそれは、モンスターを引き寄せる。


 いつも通りの事なのだ。生き延びなければ。だが、生き残ってどうしようというのだろう。パシェの言う通り、危険な道を選び続け、自分は死にたいのではないのだろうか?いいや、ただ、気づいてほしいだけだ。自分たちの身近には、危険が潜んでいることを。


 彼女にとっての“英雄”としての地位は、憧れは、パシェそのもの、それを支える人生を望んだ。だが、その夢も叶いそうにない。もしかしたら、自暴自棄なのかもしれない。だが生き延びようとするときに、たしかに彼女の中の消えかけた火がもえあがる。

「私が騎士になって、パシェを守る!!」

 資格を手に入れた直後、ハイナはパシェに呼び掛けた。その数年後、パシェは英雄資格を喪失した。そして、過去を哀れみこう告げた。

【もう、私は英雄を目指さないわ】

 取り残されたハイナだけが、敗れた夢の先を歩いていた。それでも彼女は一人で進み続ける。なぜなら、パシェが資格をとり、英雄を目指すといったあと、ハイナにこう約束したのだ。

「もし私が夢に破れ、負けそうになったとき、あなたが必ず背中を押してね」


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