虚の使い手ガウル

ボウガ

1 冒険者ハイナの記憶。

 冒険者ハイナの5歳ごろ、幼少期の記憶。

「大人になったら何になりたいの?」

 揺れるブランコ、幼い日の少女ハイナは、横でブランコを漕ぐ親友のパシェに尋ねた。優しく温かく、幼いながらその時から母性溢れ慈悲深かった彼女が、どんな夢を持っているのか興味があった。

「英雄……」

「え?」

 意外ではあった。でも、納得もできた。魔王を倒した英雄たち7人は、今も歴史に深く名を刻んでいる。それまではそんな素振りを見せたことはなかったし、その話をすることを嫌がっていたから、でも、幼い日の夢など、儚く不確か。だから大人になれば消える類のものだとおもった。それからたった一年のあの時までは。

「ハイナ、私、英雄資格を手に入れたの」

 この国で、いや、世界で最年少。若干6歳での英雄資格の取得。その偉業にその時は、ただ苦笑いをすることしかできなかった。才能、それ以外の何ものでもなかった。


 それでも彼女がそれを目指すのなら、自分も目指そうとおもった。なぜなら、いじめられっ子で、孤児としてスラムでひどい生活をしてきた過去があったから。かつて英雄と呼ばれた人々は魔王を倒したが、今の敵は魔王の“医師の残滓たる北東島の魔花”そして魔王が巻いた歪種子、それから生まれる“魔物”たち。


 しかし、全ては変わった。二人と父は大事件に巻き込まれた。パシェの父は65歳の若さで死んだ。それでも人々に記憶された。なぜなら、彼女の父は、英雄の一人ダイドだったからだ。


 ハイネは、パシェと一緒に彼から修行をつけられていた。二人で彼が死ぬまで、本気で修業をしていたからだ。二人きりの間、彼にかけられた言葉が今も胸の奥に詰まって、つっかえている。

「君が彼女を導いてくれ」

 その言葉は、逆の意味になって自分の胸を苦しめている。今でも覚えている。彼の死にざまは壮絶だった。

「一流の英雄は、誰であろうと魔物であろうと心を通じさせ、戦わずして勝つ」

 それが修行で耳にタコができるほどに聞かされたことだ。そして最後に、それは実行された。パシェとハイナしか知らない。彼の最後の行動。証拠がないために誰も信じないが、あの時、三人で“魔物”を“三体”倒した。パシェは二体だといいはるが、最後の魔物を倒したのはほかでもないパシェだ。



「助けて……」

 森の奥、小さな少女が、助けを求めているような声が聞こえた。

「あいつら、どこにいったのよ」

 16歳ほどの戦士の格好をした少女が近くを通りかかった。声をやんわりと聴きながらも、それが少女のものだとも、助けを求める声だともはじめはわからなかった。だから通り過ぎようとしたのだ。

「助けて……」

 少女が、その声をやっと聴き分けた。

「助けて、お姉さん」

「!!?」

 自分より幼い少女の姿が見え、少女は動揺した。

「どうしたの!?」

 山道の脇に小道があり、その入口で衣服がボロボロの少女が、目をこすってないている。ハイナは、小さかった自分を重ねて、やさしくあゆみよる。しかし、近づくと地面が軋んだ。

「!!」

 “罠”の気配を察して、すぐに後退する。後退しつつ後ろ向きに宙返りをして(その最中に、地面に罠の作動装置と上につながるヒモ、木の上に網が見えた)見事に着地して、腰を落として戦闘に備える。

「見事だな……」

 頭に三角形の配列をした三つの青い点の化粧をした男がニヤニヤとしながら、少女の背後からあらわれる。少女の肩にてをやると同時に少女はきえた。

「幻術……お前たち、何のつもり……こんな下種な幻術をつかって、私を罠にはめようなんて!」

「ふん、退屈なんだよ」

「退屈?どうして、人生を楽しむ努力をしていないのかしら?いい大人が、楽しもうと思わないと、全ては退屈よ」

 今度は左右から、別の中年男が現れた。

「努力?クッ、笑わせるぜ……若く無謀な奴ってのは、努力で世界を変えられると信じてやがる、じゃあなんで人は都市をつくり、集まって助け合う、食料も、病気も、一人じゃどうにもなんねえ、だがよう、そんな中に孤独なものたちがいるよな?俺たち冒険者はもう世界から必要とされていない、世界を救った英雄だって“人助け”で余生を追った、そして無残な最後さ、奴は死んだ……“英雄ダイド”は、そして落ちぶれた現代の英雄は配信で金を稼いでる……俺たちのような力なきものたちは、こうして憂さ晴らしをする、それこそが小さな喜びだ」

 ハイナは、地面を見る。落とし穴が点々とあり、そして小さな少女の衣服と、骨が散乱している。

「小さな喜び?大きな代償じゃないの?」

 ガサゴサとして、また一人の背の低い男の影があらわれる。

「なあ、早くしてくれよ、俺はむらむらしてよ……」

 男の後方から現れたドワーフじみた男が、左てでズボンに手を伸ばしている。

「くだらない、こんなところで死にたいの?」

 リーダーらしきひげの男、門を出るときに泣きながら女房とわかれたパーティメンバー、そこそこいい顔をした男が、大剣をかつぎながらいった。

「はん、お前はここで死ぬ、俺たちもいつかつかまるだろうが、先が短い人生なんでな」

「パシェがいれば、きっとなんとでもなったのに……」

「ふん、英雄の子が何だって?まあいいだろう……お前はこの俺“ズル”の名のもとに、自国に埋葬してやる」

 ズルが思い切り剣を横なぎにふった。

「ふん、英雄資格があんぼのものだ、どうせ大したことなどありはしない、一般冒険者と同じ、お前たちは英雄ダイドの死の側にいながら、何もできなかった、得にあの“パシェ”という娘、お前だって“死のスティグマ”という不名誉なあだ名がある、何度も何度も、敵前逃亡したってなあ!!?」

 ズルという男は、目をかっぴらき、つばをとばしながら前かがみに雄たけびをあげるように叫んだ。後ろからドワーフの男が、いいぞーとやじるのが聞こえた。

「……するな」

「なんだって?」

「パシェを、ばかに、するな!!!」

 その瞬間、小柄なドワーフじみた男が叫びを上げる。

「リーダー!!!」

 ハイナは、にやり、と笑う。ハイナの得意とするのは幻術である。そして、もう一つは“武器の転送”。

「おい、ふざけるな!!!」

「な、なんだリーダー!!」

 ズルは背中をみる。みると、先ほどの幻術で現れた少女が長い剣でズルの背中を刺している。だが幻術である。

「お前!!こんなしょうもない術を見抜けないのか、俺が簡単にこいつを」

 その瞬間、リーダーの男は右手を思い切り振った。巨大な剣が空中をかすめていく。ちょうどハイナの首の高さだった。しかし、それは首筋に当たることなく、ズルの前傾姿勢を崩しただけだった。

「なんだ?……まずい!!」

 その時、リーダーの男の真横、先ほど少女がいた空間に“ファスナー”があらわれ、そこから剣が現れた。その時、ハイナをみた斧のドワーフはようやく事態を理解した。ハイナが空中に浮かぶファスナーにてを入れている。先ほどまで剣を持っていた右手で。あれは亜空間魔術なのだろう。

「うおおお!!リーダー!!!」

 向かってくるドワーフの男、ハイナは飛び上がり、彼の肩を土台にするように蹴り上がると、音もたてずズルの首筋にとりついた。間髪いれずにかれの右肩に短剣を突き刺した。ひげのズルは男は情けない悲鳴をあげる。

「ギャアアア!!!」

 しかし、その男の眼があらぬ方向をみたかとおもうと、ハイナをまじまじと見つめると、ハイナはその目に妙な影を感じた。

《シュッ……》

「しまっ……」

 振り返ると同時に、もう一人の男が後ろから大斧をもって振りかぶっているのがみえた。だがそれは、空気を裂いたにしては距離がたらず違和感をもつと同時に、男は“何か”に右に吹き飛ばされた。

《グシャッ》

 その“何か”は木陰に入り、姿がみえなかったが、ハイナにはそれが何かすぐにわかった。このパーティと仲間を組み“混合ギルド”で依頼をうけた。そう、本来の調査目標である“モンスター”だが、目的は“調査”である。討伐も、彼らに見つかることも、想定外だ。

「グルルルルル!!!」

「まずい……」

 ハイナは、すぐにその場を立ちあがり全力で地面をけった。この男たちを“おとり”にして逃げよう。人蹴りで、数メートルとんだ。頭に化粧をしていた男が、ハイナの後を追ってくる。振り返ると、リーダーの男にクマが右手を振り上げとどめを刺している最中だった。

「ついてくるな!!」

「リーダーのズルは死んだ、ドワーフも一撃だった……もう俺は、生き延びることを優先する……お前に勝っても意味がないし、お前も俺をだますなよ」

 男が自白したあとも、“モンスター”は後を追ってくる。煙幕も、爆弾も効果がなかった。

「どういうことだ、あいつら、縄張りの外には出ないはずだ」

「新しい縄張りができたのよ」

 彼らを追っていたのは、リーフ・ベア。頭が魔印に汚染されて、黒光する花弁のような触手をもっている。本来もっと小さな個体、ゆっくりとした浸食をするはずだが、気っと見逃されていたのだろう。人々が気にしなくとも“覇魔の呪い”は未だに世界を覆っている。確かに一度、魔王を倒したが復活の兆しはいつもそこにある。

「はあ、はあ……」

 ふと、男が足をとめる。

「どうしたの?」

「お前、おかしいと思わないか?」

「何が?」

「こんなの、ありえないんだよ“不死のスティグマ”だか何だか、お前にそんな力はない……お前!なんかしただろう、どうしてタイミングよく奴があらわれた?」

「……ふむ」

「俺がさんざん悪い事をしたから、そうだっていいたいのか……返す言葉もないが」

 ハイナは、この男が気弱で、へこへことパーティのいう事を聞いていた小心者だとしっていた。幼いころの自分をみるようだ。だが、やはりここで決断をしなければいけないと思った。

「そうじゃない、でも、私は“特異体質”だから、私が彼らの近くで“危機的状況”で力を使うと、引き寄せてしまうのよ、誰かに助けを求めるとね」

 そう語りながら、すでに男の足を切りつけることを考えていた。もし男が、悪い動きをしたのなら……。

「ありえない、ありえない、だが俺は確かめたいことがある……俺はここで、奴らを引き付ける……お前は逃げるといい」

「どうして?」

「ふん、どっちでもいいのさ、この年まで何もできなかった、どっちでも、お前が生き残ろうが、お前の幻術に騙されようがかまわない、だが人間様が、たかが熊に負けるのが気に食わない、都市では科学魔法によって、人々が自由な暮らしをしているこの時代に、ありえないだろう」

 ハイナは彼の眼をみる。血走っていて、焦点があっていない。そういえば、薬物を彼等がすっていたのをみた。

「ふう、結局安物のパーティだ、こんなものか」

 ハイナは全速力でその場を離れようとする。だがその背後から、突然その男が、短剣を二つ肩のホルダーからとりだし、勢いよくなげつけた。ハイナは振り返りもせずに、飛び上がってそれをよけた。

「くそ……ここで終わりか、だがこれはきっと幻術……」

 その瞬間、振り返った男は、リーフベア―の巨大な手を叩きつけられ。左足が吹き飛ばされてしてしまったのだった。


 ハイナは森の入り口に向かって全力でかけ続けた。その間もベアは、逃げるハイナを追う。

「私を追ってこないで!!私は平和主義者、穏健で物静か、お願いだから、どこかへ……ちょっと、まってよ」

 思わず立ち止まって叫びたくなる。ハイナの後ろには、ゾロゾロと3体のリーフベア―が近づいてきていた。


 化粧をした幻術使いの男は、熊に襲われなくした足を引きずって、パーティリーダーらしき男の前にたどりつくと片足で何とか立ち上がり、リーダーの巨大な剣をふりかざした。リーダーは息も絶え絶えで、腹部に巨大な穴があいていたが、それでも今から自分に起こることに絶望して、目を見開いていた。だがクマにやられたのか、顔はへこんで、目意外はほとんど原型をとどめていなかった。

「俺はあんたが嫌いだったんだ、小さな楽しみを独り占めしやがって」

 リーダーの首めがけて、大剣は振り下ろされた。


 ハイナは、自分の特異体質について考える。そうだ。きっとあの男は犠牲になっただろう。はじめからわかっていた。こうした危機を迎えるとき、必ず自分をかばって誰かが犠牲になる、いつも通りの事なのだ。だが、生き残ってどうしようというのだろう。彼女にとっての“英雄”としての地位は、ナンバー2だった。ハイナにとっての、憧れであり、自分の為に輝いてくれる人はもういないのだ。自分が輝ける場所は、もうないのだ。彼女は前年、英雄資格を手に入れたが、もう遅い。

「私が騎士になって、パシェを守る!!」

 資格を手に入れた直後、ハイナはパシェに呼び掛けた。その数年後、パシェは英雄資格を喪失した。そして、過去を哀れみこう告げた。

【もう、私は英雄を目指さないわ】

 自分ハイナだけが、敗れた夢の先を歩いていた。

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虚の使い手ガウル ボウガ @yumieimaru

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