虚の使い手ガウル

ボウガ

悪だくみ

 異界エゴスティラ。南大陸を亜人、中央を人間、二つの種族は、かつて協力し“英雄戦争”で北大陸に魔物の大半をおいこみ、北の島に魔王の残滓(瘴気の遺骸)を封印。しかし今、40年前におわった“英雄戦争”と魔王討伐の痕跡も忘れ、時折衝突がつづいていた。


 ボーデン領領地アヴィレア、アヴの街。

「英雄は死んだ、この街にもう英雄はない」

 夜の闇の中、昼間は荒くれ者たちの集う冒険者ギルドの屋上、街を展望できる円形の高台で、子供の用に背の低く、鼻の高いこのギルドの長アセランはつぶやく。のっぽで中折れ帽、スーツの男が彼の両脇を支える。しばらく夜風にふかれたあと、部下に命じる。

「おい」

「はっ」

〈トットットット〉

 彼は下におり、地下へと向かう。部下は慎重に、額に汗をかきながらこの街の権力者を丁重に扱う。


 地下牢の奥、拷問器具の並ぶ部屋。怪しいベルトや革の服を着た男や上半身裸の男が、椅子の前にずらりとならぶ。

「た、助けて、お願いよ……助けて」

 懇願する女性が、もっとも奥の椅子にしばりつけられている。そほかの拷問器具やら実験道具の前に人はおらず、どうやら実験体は彼女だけのようだった。女性の前影がたち、見下ろすようにたつアセラン。

「お前は、私を裏切った、私の親戚からちょうどよい男をあてがった、なのにお前の亭主も、お前も、私に何をしてくれた?」

「そ、それは……」

「私は恩を売ったのだ、だが返さなかった、お前たちは返さなかった、ただ恩を与えるだけならばそれも許されただろう、だがな」

 アセランは女性に顔を近づける。女性は恐怖におののき、失神しそうに手足を伸ばした。

「一族から見放され、孤児となった私がどうやってなりあがり、冒険者となり、英雄候補とされ、見放され、何十年も命を危険にさらして働き、ようやく今の地位を気づき上げたとおもっている、誰も信じはしないだろうが、この体は呪いだ、呪いで縮んだ、だから冒険者の夢をあきらめざるをえなかった、お前も笑うのか?私の体を“顔付き”と」

 まるで子供の体にがっちりとした男の肉体、鍛えた男の顔がついているその姿は確かに滑稽にも見える。だが、彼女は笑わなかった。

「私も同じです、私も反逆者なのです、ですから夫を紹介していただき、ようやく“一族”に認められた、そうして今ようやく平穏を取り戻した、ダハミール教への信仰も強い、あれがあるからこそ、能力がない人間も、同じ一族の民として生きていける、あれがなければ、この国で我々は押しつぶされ、差別され、排除されていたはずです、私は感謝しています」

「ならば……」

 その言葉を合図に筋骨隆々の男があらわれ、まるで焼きゴテのようなものをとりだすと、その先には光る“魔晶核”のようなものが取り付けられており、それをひと思いに、その女性の背中におしあてた。

「うわああああ!!!」

 女性は緑の髪を揺らしてなきわめいた。女性の頭の中に、森と、ゴブリン、ゴブリンたちが人間たちにされた攻撃や、ゴブリンの復讐の記憶が流れ込んできた。

「なんで、こんな!!なんで!!!」

 アセランはにやりと笑い、女性にこたえた。

「お前に“裏切り”の任務を与える、裏切る人間は、利用するまでだ」

 女性は光につつまれ、アセランの部下がアセランに問う。

「これでよかったのでしょうか?」

「ああ、これからは合理化の時代だ、地下を流れる魔流脈、星の血管ともいえるそれが噴き出す魔流穴を封じる“魔力栓”あれをエネルギーに使わねえ手はない、俺たちは、天地をひっくり返せる、それに、北の“霧の大陸”には魔王の残滓の力を使うものが大勢いるという、我々もある力を存分に使うべきだ」


 英雄の子パシェは、ギルドの不穏な様子を見上げながら、しかし一人では解決しようとはせず、ある相手に連絡をとっていた。

「もしもし、“叔父さん”やっぱりあやしい、うん、うん、こっそりと対処しよう、必ず魔流穴の変化を対処しよう、場合によっては領主様にも謁見をして」




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