第11話

玄関で仁王立ちしている少女は依然としてものすごいプレッシャーを放っていた。私を越える魔力量にこのプレッシャー、この前の女神様の話を踏まえると一つの可能性が頭に浮かんだ。

「もしかして魔王?」

 そう聞くと少女は「クックック」と笑うと背中から大きな黒い羽を広げた。

「その通り!我は魔王ドルチス。我は復活を遂げたのだ!」

 少女、もとい魔王は高らかに笑うと私を指さした。

「前回は油断から負けてしまったがもう油断はしない。かかってこい。」

魔王はかかってこいと言わんばかりに人差し指をクイっと曲げる。私はため息をつきながら魔王に近づき指をデコピンの形にした。

「もう忘れたのか!我には一切の物理攻撃は効かぬ!」

そうガードするそぶりも見せない魔王に全力のデコピンをお見舞いした。


「痛ったあああ!!!!!」

廊下中に魔王の叫び声が響いた。この階に住んでるのが私だけでよかったと心から思う。近所迷惑にもほどがある。

「なんでじゃー。」と額を手で押さえながら玄関を転げまわる魔王の横を通り抜けてリビングに行くと女神様がソファーに座って眠っていた。

「ただいま。」

肩をゆすりながら女神様を起こすと女神様は慌てた様子で立ち上がった。

「黒い服の子を見ませんでしたか?」

女神様は青ざめた様子で聞いてきたので玄関にいると伝えると玄関まで走って行った。



「で、なんで縮んでるの?」

 女神様が魔王をお姫様抱っこして連れてきてから魔王に話を聞くことにした。

「わしは縮んでなどいないぞ?」

魔王は女神様が作ったクッキーをむさぼりながら言った。

「でも戦った時はもっと巨大でしたよね?」

アリシアさんの言う通りだ。私たちが倒した魔王はもっと巨大でこんなちんちくりんじゃなかったはずだ。

「ああ、あれは鎧みたいなものじゃ。儂の体じゃと魔法は出せても力はほとんどないからの。」

 そうだったのか。魔王を倒したのと同時に倒れてしまったから知らなかった。

「それよりもじゃ。どうして勇者の攻撃が我に効いたのだ?儂は物理無効を持っているのだが。」

魔王はデコピンを食らったところをさすりながら言った。

「それは多分、向こうの世界と違うからだと思うよ。私の仮説だけど――」

魔王とアリシアさんに私の仮説を説明した。それは向こうの世界と比べて空気中にある魔力の濃度が極端に薄いから魔法やスキルの効果が下がるといったものだ。ずっと違和感があったけどこの前おじいちゃんの家で魔法を使った時に魔力の通りが悪かったことで考えに至った。


「なるほどのぉ.....ところでこっちの世界、向こうの世界はなんぞや?」

「え、女神様から聞いてないの?」

冷蔵庫からジュースを取り出そうとしている女神様に視線を向けると女神様は気まずそうに視線をそらした。

「いえ、えとちょうど私がお昼寝をしていて気が緩んだ隙にこの子が出てしまったようで.....そういえばドルチスちゃんとも初めましてですね。」

「め、女神......ってドルチスちゃんって呼ぶな!」

そう怒っていた魔王だったけどオレンジジュースを目の前に置かれて恐る恐るそれを口にすると目を輝かせて飲み干した。

「そういえばドルチスちゃん。」

「なに?」

 魔王はずいぶんご機嫌になったようで本当にその体の通りの精神年齢になっている。というか魔王は何歳なんだろう。

「貴女の縛りは消滅しましたよ。」

女神様がそう言うと魔王は驚いた表情をした。

「縛りというと魔族の奴ですか。」

「はい。」

実はこの魔王は他の魔族の操り人形となってしまった魔王で、他の魔族に比べて純粋な心を持っているという理由で魔王を倒した後に女神様が預かっていたらしい。それを聞いた当時は魔王が復活してしまわないか不安だったけどクッキーを食べたりジュースを飲んでいるときの魔王が本当の魔王なのだろう。

「本当だ.....」

魔王は信じられないと言わんばかりに目を見開き、自分の手を見つめていた。

「良かった。」

そう呟くと魔王の目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。落ち着いてから話を聞くと魔王のお父さんがもともと魔王で先代魔王が魔族の策略で死んでしまい、先代魔王の子である魔王が魔王となったらしい。なんだかややこしいな。

「ドルチスちゃん。」「違う。」

泣き止ませようと名前を呼ぶと遮られた。

「ドルチスはお父さんの名前、私の名前はイリス。」

「イリスちゃんか。いい名前だね。」

イリスちゃんの髪は綺麗な銀髪で光に当たった部分はまるで虹のように輝いている。

「イリスちゃんはどうしたい?元の世界で暮らすか、私たちと一緒に暮らすか。」

「いっしょがいい。」

イリスちゃんは涙を拭いてからそう言った。

「アリシアさんもいい?」

「魔王と一緒に暮らすのですか.....まぁいいですけど。」

流石にアリシアさんは抵抗があるようだがそれでもあの戦った魔王とは違うことはわかっているようで葛藤しているようだ。

 イリスちゃんのことは基本的に家にいる女神様が面倒を見ることになった。

「そういえば二人だとあの部屋だと狭い?」

もともと物置として使っていたからスペースがあるわけでもないだろう。しかし女神様は首を横に振った。

「大丈夫ですよ。だって。」

女神様が指をひと振りすると女神様が消えた。

「女神様!?」

辺りを見回しても見当たらない。

「こっちですよー。」

女神様の声がした方、床を見るとそこには小さくなった女神様がいた。

「えええ。」

「これも魔法ですよ。これがあるから小さな箱で暮らせるんですよね。」

流石女神様だ。私も知らない魔法を扱っている。

「私もこの世界の影響を受けるようで大きなものを創り出せないから小さくなってるんですよ。この魔法なら人にも使えるのでイリスちゃんとあの部屋で暮らしますよ。」

「そっか。イリスちゃんもそれでいい?」

女神様のクッキーをすべて平らげていたイリスちゃんは口にクッキーを入れたまま大きく頷いた。

「そういえばイリスちゃんは何歳なの?」

「なんさい?」

「こっちの世界だと8歳~10歳くらいだと思いますよ。」

歳を理解していないのか答えられないイリスちゃんに変わって女神様が答えてくれた。

8歳....私は8歳の子にデコピンをしてしまったのか。一気に罪悪感が押し寄せてくるな。

「あの、なんか、ごめんね?」

「ううん。イリスが悪かったの。えっと勇者のお姉さん。」

「私は沙月だよ。」

「ごめんなさい沙月お姉ちゃん。」

 イリスちゃんはてとてとと私に近づいてきてぎゅっと抱きついてきた。頭を撫でてあげると嬉しそうに私の手のひらに頭を擦り付けてくる。

「じゃあね。沙月おねえちゃんとアリシアお姉ちゃん!」

イリスちゃんは小さく手を振って女神様と一緒に部屋に戻って行った。

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